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領主との面会3

「一応私が君の雇い主となるのだから、『鑑定』を受け入れてもらいたいのだが、良いだろうか?」

 クロードは徐に口を開き、改めて綾に訊ねた。能力や身辺調査は普通の雇用関係でも必要だろうし、自分を受け入れてくれた相手なので綾に否やはない。

「構いません、どうぞ」

 と言ってもどういう状態になるのか、さっぱり綾には理解出来ないのだが。身構えてみたものの、全く違和感がない。本当に魔法を使われているのか怪しく思うくらいだ。

「…流石に魔力が高いな」

 じっと綾を見詰めている様に見えて、少し手前の虚空をクロードは見ている。

「え、私に魔力があるのですか?」

 それはもしかして、魔法が使えるようになる可能性があるという事ではないだろうか。自分の手をじっと見つめるが、実感が湧かず不思議に思う。憧れのファンタジーな展開に、綾の心は好奇心で一杯になった。

「異世界人は魔力が高いと文献にあった。アヤもそうみたいだな」

 アルフィに差し出された紙の乗ったバインダーの様なものに、クロードがサラサラとペンを走らせて何か書いている様子を綾はただ見詰める。殆ど表情が変わらないので、別にそれ程特異ではないのだろう。時々ペンを止めてこちらをチラリと見るが、口を挟むのは憚られたので大人しく待っていた。


「君の能力は大体把握出来た。彫金師とあるが、それが職業で合っているか?」

 ペンを置き、紙を見つめながらクロードは綾に問いかける。面接に挑む様な気分で、綾は背筋を伸ばし身構えた。

「はい、間違いありません」

「…これは、こちらとしても都合がいい」

 形の良い顎に手を当てて、何か考えているクロードは、ふっと視線を綾に向けた。そして説明を始める。

 バドレー領は材木が豊富な土地なので、家具や木工細工の職人を多く抱えている。それは先先代の領主が主導で行っていた事業だが、先代の領主が交流のある別の領地から材料を入手し、宝飾関係の新事業を始めたそうだ。売上単価が高いのと、持ち運びが容易なのが魅力で、貴族たちの受けも良く新参にも関わらず王都で店を構えるまでになっている。元々職人が多く集まる土地柄だったため、手先が器用なものが多く十数年前から始めた新事業だが、順調に進んでいて今はより多くの職人を育てている最中らしい。

「彫金師として、雇おう。君も異存はないか?」

 綾としては願ったり叶ったりだが、どこまでの精度を求められるのか気になって仕方ない。だがそれ以上に嬉しかった。希望が潰えたら、師匠との約束が果たせなくなる。それだけは何としても避けたかったのだ。

「ございません。ですが腕を見ずに決めて良いのですか?」

「ふむ、確かに。その事業の代表者は前領主、私の父だが腕を見た上で彼に判断をしてもらおうと思う」

 試験があるのだろうが、綾としては望むところだ。組織内で認識に齟齬がある方が、やりにくいと思う。綾の待遇は二人で相談して決めるが、試験方法は前領主に一任すると説明された。

 異世界とやり方が異なる場合もあるだろうからと、事前に話を通しておいてくれるそうだ。こちらとしても有り難い。

「私もそれで構いません」


「ああ、それから君は私と同じように鑑定魔法が使えるようだ。自分で試してみるといい」

 何でもないことの様に告げるクロードに対し、綾は困惑を隠せない。

「…あの、どうやって?」

 なんせ魔法に関して、右も左も分からない初心者なのだ。そういえば魔法のない世界の者だったと今更思い出したのか、クロードはお手本を見せる様に自分の手を自身の目の前に差し出す。

「初心者は『鑑定』と口に出してみるといい」

 慣れればイメージだけで、詠唱は省略出来るらしいので是非ともそこを目指したいものだ。

「『鑑定』っわぁ、凄い!」

 自分の手を見詰めて呪文を唱えると、目の前の空間にウインドウが開き名前や年齢などが表示された。凄い!紛れもなくファンタジーだ!


【名前】石黒彩

【種族】人間『異世界人』

【年齢】25歳

【性別】女

【職業】彫金師

【魔法属性】光 水 火 土 風 空間

【固有魔法】アイテムボックス 鑑定

【履歴】以下略


 自分の履歴など見たくもないのでそれは良い。でも数値が出ないとは、意外と情報が少ないのではないだろうかと、綾は思う。

「魔力量の項目がありませんが、クロード様には見えたのですか?」

 不思議に思った事を、綾は質問してみる。

「ああ、『鑑定』は人によって差があるらしい。人によって興味の対象が違うというのが大きな理由だ。見たくないことは省く事も出来るし、精度も魔力量によって差がある。あまり人と比べたことはないが」

 元々『鑑定』はレアな魔法なのだそうで、五百人に一人ぐらいしか発現しないらしい。それは綾が思っていたよりも少ない数だった。

 もしかして数値が出ないのは、魔力という概念が元々綾にはないからではないかとクロードは言うが、どちらかと言うと理数系の考え方が苦手なせいかも知れないと綾は思う。美大の試験内容に数学があったなら、きっと合格していないと断言できるからだ。ただそんな残念な申告をするのもどうかと思うので、構わないだろう。沈黙は美徳である。

 基本マナーとして、対人間の場合は事前に本人の許可をもらってから使用するものだから、気をつける様にと教えてもらった。

「そうなのですね」

 残念、クロードやアルフィを鑑定してみたかったのだが、流石に自重しないと拙いだろう。クロード自身も綾の許可を得て使ったのだから、納得だ。プライバシーには気を付けて使おう。


「それにしても魔法って不思議ですね、能力なら親から受け継ぎそうな気がするのに、どうやって得るのでしょう?」

 いつの間にかお茶を入れ替えてくれたアルフィに礼を言って、カップを受け取り口をつける。先ほどまでとても緊張していたからだろう、喉が渇いていた。一口飲んで、ほぅと息を吐けば、アルフィが柔らかく微笑む。

「もちろん親から受け継ぐものもあるし、後に開花するものもある。後天的なものは本人の努力の結果だったり、祖先の能力が突如現れたりもするので、人によるとしかいえない。ただ異世界人は多少違うらしい」

 クロードも先ほどよりはリラックスした表情で長い足を組み、優雅にカップを傾ける。こういう何気ない仕草が絵になるのだから、美形は素晴らしい。

「どのように違うのでしょう?」

「異世界から召喚されたものに関する記述で、古い文献で読んだ話だから確証がある訳ではないが…それによると、能力や持ち物などその人物が執着しているものが反映されるらしい。召喚時にそれが付与されると言うのが、今の所の定説だ」

 知りたいという欲求とかが、鑑定魔法として発現したのだろうか。そういえば、宝石の鑑定とかが出来たら良いのになと、仕事中に何度も思ったことがある。ルーペを片目に当て、宝石の透明度や屈折率などを確認をしている師匠や社長の姿は格好良かった。実は綾も持っているのだが、様になっているかどうかは微妙なところだ。


「アイテムボックスにも何か入ってるかも知れないので、確認しておいた方がいい。ああ、中身の申告は必要ない」

 クロードはそう言うと、先程の紙をアルフィに手渡した。

 もしかして、自分がこの能力を持っている理由は、某人気アニメ青色猫型ロボットの影響だったりしないだろうかと綾は考える。子供の頃からの刷り込みって、魔法に影響するのかしら?とか考えながら呪文を唱えた。

「『アイテムボックス』」

 先程の『鑑定』と同じ様に、ウインドウに所持品一覧が表示された。目当てのものがあったので歓喜に震えた綾だったが、次第に表情が曇り、哀愁を漂わせはじめた。

 工具類や素材一式、画材に、宝石図鑑、仕事のお供の保温ポットに入ったコーヒーとお菓子、お気に入りのカップ、手のケアの為に必要な爪切りやハンドクリームはあるのに、基礎化粧品や服や靴、下着類は全くないなんて…!

 くっ!なんて事だ!異世界で、女子力を試されるとは思わなかった!

 ガックリと項垂れる綾を、眉尻を下げて気の毒そうに見ているアルフィに気付き、自分が誤解させてしまったのだと悟る。誤解させたままなのは申し訳ないので、恥ずかしながら申告しておく。

「あ、違うんです。ほぼ仕事に関するものしかアイテムボックスに入っていなかったので、自分は女としてどうなのかと…」

 プッと吹き出した音が聞こえ、綾は顔を上げる。視線を逸らし、肩を震わせるクロードとアルフィの姿が見えた。この締まらない雰囲気は何だろう…、自分のせいです、ハイ。

 クロードが目を細めて笑うと、少年みたいな可愛さがあると綾は思った。もちろん、そんな事は口が裂けても言えないが。エリスはクロードを無愛想だと評していたが、意外と表情豊かじゃないかと綾は認識を改めたのだった。


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