クラデゥス帝国からの親書
国王の執務室の隣室の豪奢な会議室に、九人の人物が揃っていた。小規模な集まりの場合は、ここが使われる場合が多い。国王陛下と、二人の王子殿下、それから五大地方を治める領主達である。
少数とはいえ公式の会議なので、書記官はいないが魔道具で会話は録音されている。近衛騎士が部屋の内と外に配置されているが、防音魔法の効果で話している内容を聞かれることはないのだった。
エナリアル王国には公爵家が四つある。アラバスター公爵家、カルヴァート公爵家、マヴァール公爵家、チェンバレン公爵家だ。王家と親戚関係にある四家はそれぞれの地方の代表者でもある。唯一侯爵家が治める土地、ウラール地方の領主であるクロードも会議に参加していた。
バドレー侯爵家が北方のウラール地方を治めているのと同じ様に、アラバスター公爵家は東方のカトラル地方、西南のカルヴァート公爵家はグラント地方、マヴァール公爵家は東方のシスレー地方、チェンバレン公爵家は東南のルウェリン地方を治めていた。それらの地方は五大地方と呼ばれ、それぞれの領主の才覚で統治されている。
それ以外にもマヴァール公爵は宰相の地位についており、チェンバレン公爵は軍務大臣、アラバスター公爵は魔導大臣、カルヴァート公爵は財務大臣を担っている。
バドレー侯爵は中立だが、他の公爵四家は、第一王子派と第二王子派に分かれていた。アラバスター公爵とカルヴァート公爵が第一王子派、マヴァール公爵とチェンバレン公爵が第二王子派だ。
普通は雑多な色合いが見られる髪や瞳の色が、王家と親戚関係にあるからか、金髪碧眼の者が多い。クロードを除けば、この場では黒髪のマヴァール公爵と第二王子フレデリックが異様に見えてしまうが、同じ髪色が集うこの状況こそ異様なのだとクロードは思う。
「ーークラデゥス帝国から、親書ですか…」
口を開いたのは、財務大臣であるカルヴァート公爵だ。優しげな目元と、少し出っ張ったお腹の五十代の男である。第一王子妃であるステファニアの父親なので、ベリスフォードからすると舅になる。
「魔王が、一方的に我が国を訪れたいなど…迷惑な!」
細身の身体を魔導大臣の証であるローブに包み、怒りを露わにしている男が、魔導士の称号を持つアラバスター公爵だ。国王の正妃の兄であり、ベリスフォードの伯父である。
「『魔王』は蔑称ですから、使われない方がよろしいですよ?アラバスター侯爵閣下。それより、そもそもの原因は、異世界人召喚のせいでは?」
漆黒の髪に琥珀色の瞳を持つ宰相、マヴァール公爵が冷静に指摘した。
「確かに、我が国が和平条約を破棄すると疑惑を持たれても、仕方がない状況ではありますね」
武人らしく引き締まった身体に騎士服を纏い、精悍な顔つきで頷いているのが、チェンバレン公爵だ。彼はクロードの兄メイナードの上司に当たり、メイナードの妻であるシェリーの父でもある。バドレー家とは親戚付き合いをする間柄だ。
彼が第二王子派なのは、チェンバレン公爵の末娘とフレデリックが婚約しているからなのだった。
「なぜ、皇帝が召喚魔法を気にする?内政干渉ではないか!」
アラバスター公爵は不快そうに吐き捨てた。
「今までは戦争中に行っていた召喚の儀を、和平の最中に強行すれば不信感も持たれるでしょう」
マヴァール公爵は淡々と話す。
「召喚後、クラデゥスへの説明も怠っていたのでしょう?」
チェンバレン公爵も、こちらの不手際だと認識しているようだ。
「召喚をクラデゥスに報告する義務はない!」
アラバスター公爵は頑なな態度を崩さない。
「そういう訳には行かないでしょう。大規模魔法を行使する場合は、自国はもちろんのこと、他国にも事前に通知の義務があったはずですが?魔導大臣であるアラバスター公爵閣下が、誰よりもご存じの事でありましょうに…。もしかして、気付かれなければいいと思っておられたのか?」
マヴァール公爵の指摘に、図星なのかぐっと喉を詰まらせるアラバスター公爵。何ともお粗末な反応である。そこで第一王子に責任転嫁しないのは、褒められたものかも知れない。
「召喚の意図を説明せよとの事だと思って、間違い無いだろう。アラバスター公爵閣下、どのようにするおつもりか?」
チェンバレン公爵も眉間に皺を寄せて、アラバスター公爵に詰め寄る。
「異世界人に会いたいとも書かれておりますが?」
マヴァール公爵は、今度はベリスフォードに向かって話す。異世界人の責任者は、第一王子である彼だからだ。
「到底受け入れられん」
ベリスフォードは、取り付く島もない。
「でもそうなると、逆に不信感を持たれませんか?ただでさえ、外聞が悪いのに…」
カルヴァート公爵が、恐る恐るといった風に国王に進言した。
「無闇に波風を立ててしまったのは、我が国の落ち度である」
国王陛下が口を開いた。ベリスフォードはハッとした顔をして、国王を見つめた。
「バドレー侯爵は、どう思う?」
国王陛下からの問いに、それまで沈黙を守っていたクロードは、軽く会釈して口を開いた。
「親戚の立場から言わせていただくと、皇帝陛下は無闇に戦争を嗾けたりされる方ではございません。和平条約の持続を確認するのが、主な目的かと思います」
国王は鷹揚に頷く。
「ただ好奇心は強い方なのは確かですから、異世界人に会いたいと思われているのは本心でしょう」
「ふむ」
顎に手をやり考えている国王を皆が見つめていた。
「陛下、質問をよろしいでしょうか?」
クロードはこの機会を逃すまいと、国王に直接疑問をぶつける事にした。
「許す」
「皇帝陛下に会わせる以前に、国内の貴族達への披露目も済んでいないのはどう言う事なのでしょうか?もちろん彼らが、我が国に慣れるのを待っているという事情はあるでしょう。しかし環境の変化が彼らにどういう影響を与えているのか、何を望んでいるのかの噂さえ耳に入ってきません。配慮が必要ならば、通達を出すなりあっても良さそうですが、それもありません。彼らを取り巻く環境が、悪いとは思いませんが、身体的な特徴以外、全く何の情報も公開されていないのは、単純に不思議な気が致します」
なぜ情報が公開されないのか、どうして噂さえ出回らないのか…。
「意図的に隠されている様に感じている者も、多いかと思う。何か不都合な事でもあるのかと、国内の貴族達に疑われている状況は、私も憂慮しているのだ」
国王はそう言って、髭を撫でた。クロードはその言葉から、召喚後順調に物事が進んでいない事を察した。
綾と話すことで、その知識の多くを得たクロードからすると、成果を誇示したいと思っているであろう第一王子が沈黙しているのが解せない。もしかしたら、彼らと上手く信頼関係が築けていないのではないのだろうか…?クロードは、そんな疑念が湧いてくる。意気揚々と召喚を行ったくせに、沈黙を貫いている第一王子が、不可解過ぎるのだ。
「ベリスフォード、説明致せ」
「ベリスフォード殿下、お願い致します」
クロードはベリスフォードに対し目礼した。
「全く問題なく順調だ。バドレー侯爵の懸念は、杞憂だと断言できる。彼らがこの国に慣れるのを最優先にしているだけだ」
「それならば、無駄に横槍を入れぬよう、貴族達に通達を出すべきでは?浮き足立っている者が、いないとも限りません」
「他との交流を、邪魔すべきではない」
それは、彼らを守る立場としてはどうなのか…とクロードは思わずにはいられない。
「そうですか。公式な場での、お披露目の予定は?」
「…未定だ」
どうしても宙ぶらりんな印象を受けてしまうのだが、クロードは第一王子ベリスフォードではなく、国王と第二王子フレデリックに視線を送る。国王陛下は苦笑を浮かべていた。
「近いうちに、少数から面会させていく方針だ。彼らが興味を持った貴族達と交流させようかと考えている」
国王の言葉に、ベリスフォードが目を見開いた。
「父上!異世界人の処遇は、私が責任者です!勝手に決めないでください!」
「少数とはいえ、ここは公の場だ。ベリスフォード、陛下と呼びなさい」
どこまでも冷静に、国王陛下は第一王子に呼びかけた。
「ーー陛下、私は反対です!」
ベリスフォードが、強い口調で叫んだ。
「彼らから信頼を勝ち取る事が出来なかったのは、誰だ?成果を出せぬ者は、交代する。当たり前のことだ」
「ーーもう少し時間を…」
唸るようにベリスフォードは陛下を見つめるが、国王はその視線を受け流した。
「彼らの頑なな態度が今後、変わるとは思えぬ。お前は失敗したのだ。異世界人達の管理の権限を、今をもってベリスフォードからフレデリックに移行する」
キッパリとした威厳のある声が、会議室に響いた。
「国王陛下、謹んで拝命いたします」
ずっと事態を見守っていた黒髪の王子が、金色の瞳に覚悟の色を浮かべ、国王陛下に向かって首を垂れた。




