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チェスター

 『本当にアヤに興味はないのか?』とクロードから再度確認されたロスウェルは、『俺の好みは出る所が出た豊満な体型の女性だ!』と力説する羽目になった。そこを女性騎士に見られていたらしく、ゴミを見る様な目で見詰められたのは些細な出来事だと思う。心の中で泣いたけど!!!


 領主の執務室にロスウェルが顔を出すと、アルフィがクロードは応接室だと隣の部屋を指し示す。応接室は執務室の扉を一枚隔てただけの隣室だが、意外な事に大きな声が聞こえて来た。防音魔法を使わない相手だとしても、クロードの大声が漏れ聞こえるのは珍しい。

 それでロスウェルはピンと来た。クロードが苦手とする人物は、それ程多くないからだ。

「もしかして、チェスターか?」

「ええ、ロスウェル様も、何か御入用のものがあれば、頼むと良いですよ」

 チェスターは、バドレー一族の中で遠縁にあたる人物で、アイゼン商会の会頭だ。貴族の端くれだが、商人らしく腰は低い。ウラール地方商業組合の組合長もしていて、その影響力は計り知れないと言われている。バドレー領では、主力商品の木工製品、魔物素材、海産物、貝製品や宝飾品の販売や管理の一角を任されており、信頼も厚い。アイゼン商会の会頭自ら度々城に赴き、御用聞きに勤しんで様々な商品を納入しているのだ。バドレー領の経済が上向いたのは、彼の功績が大きいというのは周知の事実であった。

 ウラール地方では彼の把握していない商品はないと言われるくらい、あらゆるものに精通しており、その他の地方の商品にも詳しい。伝統的な物だけでなく、新商品への嗅覚も鋭いのは、商人の勘とも言うべきものなのだろうか。

 何故か、クリストフやメルヴィルと仲がやたら良い。それは、大した特産もなかったウラール地方を導き、経済面で支えたチェスターと、クリストフやメルヴィルは戦友のようなものだからだ。

 信頼関係は勿論だが、同年代と言う理由だけでなく、面白がりな性格が三人の共通点だろう。


 ロスウェルは執務室から続く扉のドアに手を掛けそっと開く。ソファに対面で腰掛けている人物二人は、話に夢中でロスウェルに気付いていない。


「ーーだから!隠し子などいない!赤ちゃん用の商品はもう必要ないと言っている!このカタログは持ち帰ってくれ!」

 手渡されたカタログを突き返すクロードの姿が、ロスウェルの目に入った。

「隠し子でないとしたら、ーーまさか子持ちの女性に懸想を!?」

 チェスターは、濃いめの灰色の髪にサファイアのような青い瞳は涼しげで、整った顔からは気品が感じられる。五十代には見えない若々しさだが、それが自由に生きている証のように感じるのは、ロスウェルの気のせいだろうか。

「クロード様!道ならぬ恋は身を滅ぼしますよ!」

 真面目な顔で忠告しているチェスターだが、面白がっている雰囲気は隠せていない。

「違う!!」

「ーーもし、どうしてもと言うなら、女性の夫を亡き者にする、最後の手段の入手はお任せください!」

 物騒な言葉がロスウェルの耳に聞こえた気がしたが、聞こえないふりをした方が良いだろうか。

「は?待て!早まるな!毒とか求めてないからな!?」

 クロードがここまで手玉に取られるのは珍しい光景だが、いかんせん相手が悪い。

「安心しろ、クロードの想い人は独身だ」

 とうとう、ロスウェルは二人の会話に口を挟んだ。見るに見かねたとも言う。

「これはロスウェル様、ご機嫌麗しゅう」

 そう、にこやかに挨拶したのも束の間、チェスターはぐりんとクロードに向き直り、更に詰め寄っている。

「は!もしかして未亡人!?それは不憫な!未亡人を慰める商品ならーー」

「子持ちから離れろ!!」



「あーいたいた。こっちに来てるって聞いたから探してたんだ」

 こちらの雰囲気などお構いなしの、呑気な声が聞こえてロスウェルが振り向くと、紅玉の瞳にクセのある金髪の少年、エメリックがドアノブに手を掛け、にこやかに笑っていた。そのまま歩を進めチェスターの前に立つ。

「エメリック様、どの様な商品をお求めで?」

 チェスターは相変わらず、切り替えが早い。

「人気のお菓子でオススメある?女性に喜ばれるものが良いな♪」

「ーーそうですね、日持ちするものならナッツ入りのパイでしょうか…ハート型で大変可愛らしいですよ。バラのジャムを挟んだクッキーも人気ですね。後は日持ちしませんけど、華やかな印象のイチゴのタルトなどは喜ばれると思います」

「じゃあそれで頼むよ。いつもの紅茶も一緒に、三日後で」

「畏まりました」

「エメリック、誰の為の菓子なんだ?」

 菓子をドニではなく、チェスターに注文するのを珍しいと思ったのか、クロードはエメリックに訊ねた。

「アヤに」

「は!?アヤにって、何でだ!?」

 あからさまにクロードは狼狽えた。チェスターのサファイアの瞳がキラリと光る。

「ケンケツには、お菓子と飲み物が必須なんだってー」

 クロードの様子を意に解さないエメリックは、淡々と返す。

「は!?ケンケツ!?おい!それは何だ!?どこかで聞いた気が…」

 クロードの質問には答えず、エメリックは用は済んだとばかりに踵を返し、さっさと部屋を出ていった。綾がらみだとクロードは面倒臭いからだと、背中に書いてある。至極正しい。


「は!もしや、三角関係!?」

 口に手を当て、驚く顔をしているものの、チェスターが楽しんでいるのは明らかだ。食えない性格は、ロスウェルの父メルヴィルと仲が良いのも頷ける要素である。チェスターの餌食にされるのは遠慮したいが、被害が自分に来ないならそれでイイのだ。最近の生贄はクロードだし…。

「ーークロード様、魔族にも効くモノが御入用ではないですか?即効性のものと、遅効性のものが…」

「要らん!!!!いい加減、物騒なモノを勧めるのはやめろ!!」

 チェスターに最後まで言わせず、クロードは断った。


「本っ当に、御入用のものは有りませんか?」

 真っ直ぐにクロードの瞳を見つめるのは、澄んだサファイアの瞳だ。

「う…」

 クロードは口籠り、アクアマリンの瞳を逸らした。

「う?」

 チェスターは逃さないとばかりに前のめりになり、視線を逸らせたクロードの言葉を待つ。

「ーーう、美味い菓子だ!エメリックに勧めたものより、美味い菓子を頼む…」

 最後は力無く告げたクロードの言葉には、敗北感が滲んでいた。

「畏まりました!お任せください!」

 満面の笑みのチェスターは、恭しく胸に手を当てて優雅な所作で一礼した。

 

 帰り際に、若い女性用のプレゼントに良さそうなカタログを、さりげなくクロードに手渡すのも忘れない。あの短い会話でそう察したのだとすれば、さすがの観察眼だと言わざるを得ないだろう。ちゃっかり物騒なモノのカタログも忍ばせている辺り、侮れないというか怖い。


 嵐の去った応接室では、すっかり疲れ切ったのか、クロードの纏う雰囲気が気だるげだ。気持ちはわかると、ロスウェルはポンと、クロードの肩に手を置いた。


 クロードって、何故か、癖のある性格の奴に気に入られるんだよな…。

 いつもお読み頂きありがとうございます。

 年末年始も、毎週土曜日の8時に投稿する予定でおります。

 では、また⭐︎良いクリスマスを♪

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