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エメリック先生の魔法講座

 始めに言葉があった

 言葉は力

 思いを魔力に乗せ、言葉で発動させる


『魔法を使用する者は、言葉に誠実でなければならない』

 魔法の教本に始めに書いてある言葉だ。綾はエメリックに渡された魔法書の文字を目で追いながら、彼の声に聞き入る。

 場所は、彫金棟の裏の広場。ちょっとした果樹と、ドニが料理に使う葉野菜やハーブが植えられている小さな菜園があるだけの場所で、綾とエメリックは向かい合っていた。

 サワサワと梢が揺れる音が辺りに漂い、風に乗って訓練場の方から騎士の声が微かに聞こえるだけだ。


 発動させる言葉に力を持たせることが出来るのは、常日頃から言葉に力があるものである。言葉の力を知る者が、魔法を極める。

 例えば嘘を吐く癖がある者、その言葉には力がない。同じ魔力量でも発動条件である言葉に力があるかないかで、その威力や効率、制御などで差が出てしまうのだ。それは発動条件である言葉を省いた、無詠唱でも同じ。

 エメリックから魔法の講義を受けながら、綾は嘘をつかないように気を付けようと

決意をしていた。確かにこの領城に来てから、他人から嘘を吐かれた覚えのない綾は、魔法と言葉の結びつきが強いこの世界の根幹とも言える精神に、畏敬の念を覚えた。


「だからかな、クロードがお世辞が苦手なのは。嘘をついている気分になるんだろう。人間は、魔族ほど嘘をつくのを厭わないものだけどね」

 魔族は基本嘘をつかない。魔法の力が強いという事は、その言葉に嘘がない証拠でもある。魔力量が似通っている場合、発動条件である言葉の力の有無が、威力に作用するのだ。人間は、その辺の認識が甘いとエメリックは言う。

 バドレー三兄弟は魔族であるソフィアから魔法を習っているので、そこは徹底されている。それが王国の貴族社会では、上手く立ち回れない原因にもなり得るが、クロード達は沈黙を守ることと最低限の意思表示でなんとかこなしていると言って良い。


「魔族って嘘つかないんだ?」

「基本的には、そうだね」

「それを、逆手に取られたりしない?」

「嘘をつかなくても、いくらでもやりようはあるんだよ」

 エメリックは紅玉の瞳を細め、ニヤリと笑う。いくらでもやりようがあるの意味は綾には判らないが、初対面(正確には二度目らしいのだが)で綾の血が飲みたいと言ったエメリックは、なるほど正直だ。

「そう言えば、クロード様も正直な方だよね」

 自分の興味に忠実だし…。クロードの行動が純粋な興味から来るもので、悪意がないからこそ、憎めないのだと綾は思う。

「クロードから好きだと言われたら、それは本心だと思って良いよ?」

「例えが、有り得なさ過ぎない?」

 突飛な事を言うエメリックに、綾は思わず苦笑してしまう。二人で過ごしても、甘い雰囲気など欠片もないのに、どうしてそんな発想になるんだか…。

「…あれだけ、花やお菓子の贈り物を貰っているにも関わらず、そういう認識のアヤを俺は、ある意味尊敬するよ…」

 力なく言われたエメリックの言葉に、納得できない綾は反論する。

「研究対象に対する謝礼でしょう?メッセージカードにはお礼しか書かれてないよ?愛の言葉なんて一言も書かれていたことがないのに…」

 流石にそんな勘違いはしない!と思う綾だった。

「…手強い。俺関係ないけど、ちょっとアイツが不憫…」

「…花を贈る時点で、特別だと思うんだけど…。アヤの世界では、常識が違うのか?」

 ボソボソと首を傾げながら、呟くエメリックの声は綾には聞こえていなかった。


「それより練習!」

 綾は気持ちを切り替えて、エメリックに向き直る。

「とりあえず、この石の形を変形させてみようか?」

「石?」

「うん、その辺に転がってる石だよ」

 濃灰色の何の変哲もない、ただの石を掌に乗せて、エメリックは綾に見せる。

「手本を見せるからやってみて」

 まずエメリックが石を蛙の形に変えた。青白い魔力の光が、美しくて綾は食い入るように見詰めていたけれど、具体的にどうやったのか謎だった。

 今にも動き出しそうな、リアルな蛙だ。…でも綾の知ってる蛙は、角は生えていない。…どうしよう、蛙に会うのが怖くなってきた!

 綾が密かに別の意味で狼狽えている事に気付かないエメリックは、綾の背後にまわり、その腕を取る。綾の背中とエメリックの胸が密着した状態で、綾が石を変形させようと魔力を動かすのと同時に、エメリックの魔力が綾に流れ込んできた。フワフワとした酩酊感が綾を襲うが、綾は力が抜けそうになる足を、必死に踏ん張り耐える。

「変形」

 吐息がかかる程近く、綾の耳元でエメリックが詠唱する。ぞくりとする程良い声だ。

「へ、変形」

 綾も詠唱し、エメリックの魔力の流れを掴むように集中しながら、自分の魔力を動かし、石を見つめた。

 ぐにゃりと溶けるように石が変形していく。だけど、その速度はエメリックのそれより、はるかにゆっくりだ。

「自分のしたい形を想像して?」

「くっ、難しい!」

 綾は手の中の石に集中していて、背後のエメリックを気にする余裕も無くなっていく。

「初めてにしては、器用に形を変えられてるじゃないか。良い感じだよ!」

 エメリックは、綾の背後で魔力の流れを補助しながら、綾を励まし続けた。



「で、これ何?」

 綾の手の平の上に乗ったモノを見て、エメリックは首を傾げる。

「キリン」

 時間は少し掛かったが、良い感じに出来たのではないかと、綾は自慢げにエメリックに見せた。

「この尋常じゃない首の長さ…魔物?」

「動物!」

 そもそも綾の住んでいた世界に、魔物なんていないのだ。

「嘘!?」

 驚くのそこなの!?蛙に角が生えてるより、普通だと思うのだけど!?


「それにしても、細かい細工が出来ないなぁ…」

 形はうまく出来たけれど、目も鼻も口もぼんやりしている。エメリックの蛙に比べれば雲泥の差だ。

「それは仕方ないよ。まだ糸みたいな細さで魔力調節出来ないでしょ?」

「…それ、出来る気がしないのだけど!?」

「大丈夫!これ、ミスリルの針。魔力を込めて使ってみて」

 エメリックはそう言って、銀色で青緑色の光沢を放つ針を綾の手の平に乗せた。15センチぐらいの長さの太めの針だが、針先は鋭く尖っている。

「え、どこに忍ばせてたの!?何に使うの!?」

 エメリックはにっこり笑って答えない。企業秘密な感じですか?確かに嘘を吐かなくても、なんとかなっている。

 やっぱり、必殺仕事人的なアレですか!?アレですよね!?

 綾は、用途が気にならないわけではないのだが、今はそれより細工である。

「あ、凄い!」

 針先でなぞる様に動かすと、綾の作ったキリンの立髪に、すっと細かな線が入った。綾は夢中になってキリンを仕上げていく。

 その出来栄えに、にんまりと笑みが浮かぶ。綾は、満足げに吐息を吐き出した。


 エメリックによると、街の工房の職人は道具に魔力を流して、細工をする者が多いのだと言う。確かにこの方法の方が、効率的かも知れないと綾は思う。クリストフに相談してみようか…。


 その後、数個の他の動物を作って、その日の講義は終了となった。


「あ、そうそう、今度その腕輪が光ったら、俺に血を吸わせてね」

 講義のお礼を言い終えた綾に、エメリックはそう言った。

「そう言えば約束してたね。いいよ。でも、何でそのタイミングなの?」

「魔力が多いと、効率が良いんだよ。それから、しばらくは不摂生禁止だよ!」

「え、何で?」

 魔力操作の練習で、綾が夜更かししていたのがバレたのだろうか!?綾は内心狼狽えた。

「血が不味くなるから」

 血が不味くなるから!?食べるからには、良い状態でと言うことですか…。そう言えば、寮に移った綾に、好き嫌いしちゃいけないとか、髪はすぐに乾かせとか、お母さんみたいにエメリックに世話を焼かれていた。

「…私って、エメリックの食糧だったのね」

 そっかぁ、なるほど、納得。

「ははは、おいしく食事が出来るの、期待してるからね!」

 それって、責任重大!?暫く、夜更かしは止めようと綾は誓った。


「ねぇ、エメリック」

「何?」

「ーーこの世界の蛙って…全部角生えてるの?」

「全部じゃないよ、角蛙だけー」

「ーーはぁぁ、よかったーー!エメリックのチョイスが問題だっただけだったー」

 綾は盛大に、安堵のため息を吐き出す。

「ちょっと!問題って何?角蛙カッコイイだろ!?」

「………」

 綾は黙ってにっこり微笑んだ。だって、嘘はつけないのだ。

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