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乗馬訓練

 丁度白馬の隣の房が、漆黒の馬ヴァイスの場所だった様で、長いまつ毛に縁取られた黒曜石の様な瞳が綾と白馬を見つめていた。

「ヴァイス?」

 綾がその名を呼ぶと、漆黒の馬は小さく鼻を鳴らす。首を撫でると嬉しそうに目を細めた。ヴァイスにも林檎を進呈して、食べさせると嬉しそうに咀嚼している。どうやら二頭とも、林檎が好物らしい。

 綾がヴァイスに気を取られていると、白馬が抗議の声を出し、前足で地面を引っ掻くように鳴らす。綾が慌てて白馬の方を撫でると、次はヴァイスの方が綾の肩に鼻先を擦り付けて来た。綾が仕方なく両手でそれぞれの馬を撫でていると、エメリックがクククと肩を震わせる。

「モテモテだな」

「私じゃなくて、林檎がね」

 秋に収穫した林檎を時間を止める倉庫に入れておくと、鮮度を保つ事が出来るらしく一年中食べられるのだとエメリックが言う。

「保存に魔力を使うから、季節外れの食べ物ほど値段が高くなる。だから、馬達にとっては今の時期の林檎はご馳走だと思うよ?」

「馬用の賄賂を、用意した甲斐があったよ」

 自分の思いつきに自画自賛の綾は、得意げにエメリックに胸を張った。


「ところで、この白い馬の名前は何て言うんですか?」

 綾は厩番の男性に訊ねた。

「実は決まってないんです。何個か候補をあげてみても、どれも気に入らないみたいで…。良かったら思いついた名前を仰ってみてください。この馬が気に入ったら採用しますよ?」

 厩番の男性が綾とエメリックを見て、どうですか?挑戦してみませんか?と勧めてくる。もしかして、名付けに困っているのかも知れない。


 エメリックは『シロ』とか『ユキ』とか候補を出しているが、白馬には鼻で笑われている雰囲気だ。…結構厳しい。

 改めて綾は白馬をじっと見つめた。綺麗な琥珀色の瞳が美しい。牝馬なので、綺麗な名前が良いと綾は漠然と考えながら、頭の中で候補を挙げていく。瞳の色が、向日葵みたいだと思ったんだ…、あ、そうだ!

「ソレイユはどう?」

 フランス語で『太陽』の意味を持つ名前は、響きも美しいし綾はこの白馬にピッタリな名前だと思えた。

 綾は白馬に『ソレイユ』と呼びかけてみる。

 白馬はヒヒンと返事をして、綾に鼻先を擦り付けて来た。これは肯定と捉えて良いのだろうか。綾が厩番の男性を見ると、彼は気に入ったみたいですねと笑った。実は決まらなくて困っていたのだと白状した男性は、良かったと胸を撫で下ろしていた。ソレイユは、なかなか気難しい性格なのかも知れないと綾は思う。

「ソレイユ、名前が気に入ったのなら、私を乗せてくれる?」

 ヒヒンと返事をするソレイユを見て、男性は少し困った顔をした。

「…気に入らないと全然言うことを聞かないのですが、ここまで懐いてたら大丈夫かも知れません。ですが、初心者相手で大丈夫かどうか…」

「大丈夫。俺が教えるし、万が一の時も対処出来るから」

 エメリックはそう言って、厩番の男性に請け負って見せたのだった。


 綾がソレイユを連れて出る時、ソレイユがヴァイスの方を見て得意げにヒヒンと鳴いた。ヴァイスが不満げに見詰めていたが、エメリックに宥められて落ち着いたようだ。この二頭は仲が良くないのだろうか…?綾がそんな事を考えていた時、エメリックがヴァイスの手綱を引いて、綾の後に続いて厩を出た。

「エメリックはヴァイスに乗るの?」

 並んで歩きながら、綾はエメリックに訊ねた。

「うん、不満そうだし」

「何でだろうね?」

「綾が、ヴァイスを選ばなかったからだよ。ヴァイスは綾にもう一度会えて嬉しかったんだろうね」

 エメリックはよしよしと、ヴァイスの首を撫でる。

「え、もう一度って、初めましてのはずだけど?」

「ああ、アヤは意識なかったからね。ヴァイスはクロードの馬なんだけど、森から城までアヤを運んだのはヴァイスとクロードなんだ」

「…そうだったの。ありがとう、ヴァイス」

 綾がそう言うと、ヴァイスはヒヒンと返事をしてくれた。幸い買った林檎はまだ数個あるので、後でもう一度林檎を進呈させて頂こうと、綾は心に決めた。


 乗馬する際の注意をエメリックに教えてもらいながら、綾達は馬場にやって来た。

「それしても大丈夫かな?」

「何が?」

「乗馬。乗馬自体初めてだけど、こんな大きい馬だし…」

「軍馬は頭が良いし、安心していい。動物は魔力を感じる力が強いから、強さの目安となる魔力の高い人間には、従順な傾向があるんだ。アヤなら問題ないよ」

「へぇ、面白いね」

 エメリックに鞍を付けてもらいながら、綾はあることに気付いた。

「…どう考えても、鎧に足が届かないと思うのだけど?」

 みんなどうやって乗っているのだろうか?これが一般的で、綾の足が短いだけとかだったら、泣くかも知れない。

「そこに台があるだろう?馬をその台の横につけて、その台の上から乗るんだ」

 学校のグラウンドにある指揮台のようなものが置いてあり、ソレイユを横につけた。階段を登って上に立つと、綾は恐る恐る跨る。鎧に足を掛け、背筋を正すと視線が高くて見える景色が新鮮に思えるので、不思議だ。

「エメリックは?」

「俺は風魔法で、軽く身体を浮かせるから台は必要ないけど」

 エメリックはそう言って、ひらりと舞うようにヴァイスに跨る。その姿は、重さを感じさせないほど軽やかだった。

「え〜、私も魔法覚えたいな…」

 どうせなら、綾も格好良く飛び乗りたい。

「そうだな、確かに何も使えないのは不便だな…」

 エメリックは馬上で考え込む。頭の中で予定でも立てているのだろう。よろしくお願いします!エメリック先生!


 途中フィリスや騎士達とも談笑しつつ、綾達は二時間ほど乗馬訓練に勤しんだ。


 出来ないことが多過ぎて、課題が一杯だ。異世界生活は、綾が思っているよりも、忙しくなりそうな予感がした。

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