魔性の女?
騎士団の広い施設の中に、馬場はある。訓練場の先にある馬場を目指しているが、広い敷地なので、訓練場を通り過ぎるだけでもそこそこの時間は必要だ。綾は切実に、自転車が欲しいと思ってしまった。
「前から思ってたんだけど、黒の騎士服って格好良いよね」
すれ違う騎士や訓練をしている最中の騎士に目を遣りながら、綾はエメリックに話しかけた。
「そう?」
「うん、凄く強そうに見える!」
「強そうじゃなくて、実際強いぞ」
後ろからかけられた声に驚きつつ綾が振り返ると、黒の騎士服に深緑のマントを纏った二人の騎士が立っていた。赤茶色の髪に同色の髭を蓄えた逞しい男性の背丈は、綾が見上げる程高く、濃緑色に赤い斑点がある不思議な瞳の色をしている。そう、まるでブラッドストーンの様な色合いだった。
そのすぐ後ろには、淡い金髪にグリーンスピネルの瞳の男性がいた。初めて会った筈なのに、どこか既視感を覚えるのはなぜだろうか?
「こ、こんにちは…」
言ったすぐ後で、おはようございますの方が良かっただろうかと綾は後悔した。二人からは堂々とした態度と、鋭い目つき、そして大きな身体から圧迫感を感じてしまう。どう見ても綾には、騎士の偉い人に見えた。
「ガーランドは見た目怖いんだから…アヤが緊張してるじゃないか」
エメリックは呆れた視線で、赤茶色の髭の男性を見上げる。この御仁がガーランドという名前らしいと、綾は記憶に留めた。
「騎士服を褒めて貰ったのでつい、声を掛けてしまった。驚かせてしまったか?」
「いえ…」
ガーランドは騎士服の説明をし出す。ウラール地方の旗の色が深緑なので、以前は騎士服全部緑色だったらしいのだが、森では景色に溶け込んでしまって、魔物討伐中に仲間を誤射をしてしまう事件が起きたのだ。それ以来、ウラール地方騎士団は黒の騎士服になり、マントだけが深緑の色を残している。
その話を聞き、当たり前だが、強そうだからという理由じゃなかったのだなと綾は思った。
「ああ、挨拶が遅れて、申し訳ない。初めまして、可愛らしいお嬢さん。ウラール地方騎士団長、ガーランドだ。こいつは…」
ブラッドストーンの瞳が斜め後ろに控えていた、淡い金髪の男性を見遣る。
「副長のロスウェルです、お見知り置きを」
ロスウェルが副長と聞き、壮年の騎士ではなく、綾より少し年上ぐらいの年齢である事に驚く。グリーンスピネルの瞳は美しく、顔立ちも整っている。その上体格も立派なので、さぞモテることだろうと綾は内心思った。
「こちらこそ初めまして、綾と申します」
綾は、軽く頭を下げ、膝を少し曲げるエナリアル王国式の礼をする。ただ乗馬服なので様にはならないが…。
「訓練でも、騎士服を着たままなのですね。破けたりしないのですか?」
「実のところ、とても丈夫なんだ。そんじょそこらの装備なんて目じゃ無いくらい、高級素材が使われていて、鎧なんかよりよっぽど防御力にも優れているんだよ」
綾の質問に答えてくれたのは、ロスウェルだった。笑うと少年のような、あどけなさがある。
「ここだけの話、王都の近衛騎士団よりいい素材だ」
ガーランドは声を顰めながらも、自慢げに話す。
「お高いのでは?」
綾はざっと見渡しただけでも、五、六十人はいる騎士服を纏った人達をお金に換算してしまいそうになった。
「ウラール地方は魔物が多いし、素材が豊富だからね。自分達で調達できるから安く出来るってワケだ。それにウラール地方を治める領主様方は武門の家柄が多くて、そこの費用は必要経費として認めて頂ける土地柄っていうのも大きな要素かも知れないね」
「ああ、なるほど」
命がかかっているのだから、当然なのかも知れないが、上の理解があるのは大きい。
ウラール地方は魔素が濃く、強い魔物も多い。更に数々の戦火をくぐり抜けてきた人々の住まう土地である。そこを治める領主達の先祖は、先の戦で武勲を挙げ、爵位を拝領した者が殆どだ。魔物や戦に携わる機会が多いので、自然と武門に重きを置く家が多いのだった。
「客室にずっと滞在してる客人がいると聞いたものだから、何か理由ありなのかと思った。あの、クロード様が!ことある毎に自ら動いて、その女性を構い倒しているって噂だからな!!」
「ふぇ?構い倒すって…」
ガーランドの好奇心丸出しの眼差しに、綾は一歩後退る。
噂に尾鰭が付いてる!?深夜の質問攻めを『構い倒す』と言うのだろうか!?
「…アレを『構い倒す』って言うのなら、その通りかも知れないですけど…ちょっと納得出来ません」
思わず眉を顰めて二人を見てしまう。甘い雰囲気など欠片もないのだから、誤解される様な事にはならないと綾は思っていたのだが、どうやら周囲は違うらしい。
「ああ、被害者としては…そうだよな…」
エメリックの言葉に、被害者?と呟き、ガーランドとロスウェルは首を傾げていた。
「それで、アヤに聞きたいのだが…バドレーの領主様の感想は?」
ガーランドに改まって聞かれた言葉に、綾は内心首を傾げる。…粘着質な変人って言ったら、悪い意味に取られそうだ。綾は必死に頭を働かせて、無難な表現を探した。
「…こだわりの強い…変わった方だとオモイマス…」
あ、後半棒読みになってしまった。
「粘着質の残念領主を遠回しに言うと、そうなるんだな」
「ちょっと!エメリック!?」
思わずギョッとして、エメリックの肩を掴んだ。
「人がせっかく婉曲な言い方をしているのに!!」
ガーランドとロスウェルが目を丸くして、綾とエメリックを見ていた。エメリックは相変わらずニヤニヤしている。そこで綾は、我に帰った。
「あぅ!失言!」
手で口を抑えてみたものの、吐き出した言葉は戻らない。なかった事にしてくれないだろうかと希望を込めて、恐る恐る綾はガーランドとロスウェルを上目遣いに見る。
「あ〜、心配してた感じじゃ…無かったな」
「…そうですね」
ガーランドとロスウェルは顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。
「どんな心配を?」
「君がクロード様に執着されていると噂だったので、領主を手玉に取っているのかと。難攻不落のクロード様を陥落させたのは、どんな魔性の女かと思った」
「…魔性の女」
これ程、綾に似合わない言葉は、ないのではないだろうか…綾がそんな事を考えていると、エメリックが綾の肩を叩いた。エメリックの指差す方向を見ると、白い服を着た水色の髪の男性が綾達に会釈をする。水色の髪の少女フィリスが、笑顔で手を振っているのが見えた。




