報告
城に戻ってエメリックが真っ先にした事は、クロードへの報告だった。ブランとの接触や、綾の持ち物なども報告しなければならない。
綾とカマルが手紙のやり取りをする事になった経緯も、かいつまんで話す。みるみる眉間に皺が寄っていくクロードを観察しながら、これは機嫌が悪くなっているなとエメリックは考えた。書類を作成しながら、こちらの話も聞くクロードの器用さには感心するばかりだが。
ちらりとアルフィに視線を移すが、笑顔で黙っているだけだ。こちらに関わる気はないらしい。静観と言えば聞こえは良いが、単に観察して楽しんでいるだけだろう。意外と似たもの夫婦だからな…。
綾が文字は読めるが、書けないと言っていたので教える事になったことも話す。確かに文字が書けないのは色々困りそうなので、早めに教える予定を立てたのだ。クロードも頷きながら、聞いているのでそこは問題ではないのだろう。
「それにしても、偶然にもブランの民と接触するとは、想定外だな…」
「たまたまだったらしいよ?クラデゥスで宝石が手に入らなかったから、来たんだってさ」
本当に彼らが王国に来るなんて珍しい。彼らの住む場所はエナリアル王国内にあって、王国ではない場所なのだから。クラデゥスでは良く見かけるけれど、まさかバドレー城下街に市に出店しているなんて、思いも寄らない。クラデゥス帝国で、大きな店を何店舗も構えているような彼らが、どうして?と思ったが、理由を聞いたら納得だった。まさかエルフが来ている時期に重なるなんて、運が悪いとしか言いようがない。
「そして、たまたま宝石を所持していたアヤに出会ったと?」
「運命だったりして?」
意地悪く微笑んでみたけれど、クロードはエメリックを冷ややかに見つめるだけだった。
「……偶然だろう」
そう切り捨てるクロード。エメリックはクロードの様子を、子供っぽいと内心呆れながら苦笑いを堪える。
「あの一族は、魔力を読む力があるんじゃないかな?俺を最初に見て、魔族って勘付いてたみたいだし、その後はアヤに興味を抱いてたよ?」
カマルを綾にすすめたステラは、結構本気だったと思う。さすが、商魂逞しいブランの民の上に立つ人物だ。
「まぁ、無理もないよね。魔力は高いし、アイテムボックス持ちだし、何より可愛い独身だし?」
言葉を重ねる毎に不機嫌に拍車がかかっているクロードは、書類を書くのを諦めたのか、遂には持っていたペンを置いた。非常に珍しい事だが、集中できないのだろう。
「何に不機嫌になってる?」
「別に不機嫌ではないが?」
そんなに眉間に皺を寄せて何言ってんだか、自分の顔を鏡で見て見れば良いのに。
「交際を文通から始めようだなんて、健全じゃないか」
「交友だろう?」
クロードの視線や声は冷ややかだ。
「…クロード?そういうのは、嫉妬と言うんだぞ?」
「違う!!」
否定していても、動揺がクロードの言動から見て取れる。
「ーー私は、文通する内容で、アヤの秘密が向こうに伝わってしまう可能性があると思っただけだ!」
確かに正論だが、別な感情が透けて見えるのを指摘したら、余計に感情的になってしまうだろうか…。
「だけど、アヤがこの国以外での居場所を見つけるのは、大きな意味があるだろう?
アヤが異世界人だと知れた時、王家がどう動くか分からないじゃないか」
「だから、ブランに居場所を作るのか?」
不服そうな顔を隠しもしないで、クロードはエメリックを見据えた。慣れない者が見たなら、冷たい視線と雰囲気に呑まれてしまうだろう。だが、そんな顔をしたところで、怯むエメリックではない。
「そうだ。アヤは自分の意志でこの場所に来ていないんだ。この国以外の場所でも生きていけるし、その可能性を奪ってはいけないだろう?もしアヤを囲い込む事を考えているなら、身勝手な第一王子とお前は何ら変わらない事になる。ただ、本当に彼女がここにいて欲しいと願うならば、他の可能性も提示した上でそう伝えなければ、公平ではない。違うか?」
ぐっと何かを堪えるように口を引き結ぶクロードを見遣り、エメリックは告げる。領主が間違った判断を下す前に、周りが諌めなければならない。それがエメリックの役目だから。
「…違わない」
「分かってる、お前が公平な男なのは。クリストフ様にも、彼女自身で選んで欲しいと言ったのだろう?ただ他の男にアヤをくれてやるのが、嫌だっただけだって」
「……」
「…否定しないんだな」
「…自分でも、良く分からない」
珍しくアクアマリンの瞳の中に、困惑が揺らいで見える。
クロードだとて、そうするのが最善だと頭では理解出来ているが、いざその可能性が出てきたら、感情を理性が押し流してしまうのだろうと、エメリックには容易に想像ができた。まだ会って三日しか経っていないのに、何故そんな気持ちになってしまうのか、クロードにもよく分かっていないのだろうと思う。
その感情を表す言葉を、クロードも知っているはずなのだ。ただ、感情に素直じゃないからな…この男は。仕事は出来るし、何でもそつなくこなすので誤解されがちだが、見た目とは違い、ある一面ではもの凄く不器用な男なのだ。
「まぁ、お前はそういうのを避けて通ってきたから無理もない。大いに悩めば良いと思うぞ」
悩んでも答えに辿り着けるか、甚だ不安ではあるが……。ヒントぐらいくれてやろうか…?
「恋なんて、身勝手なものだから」
「…恋?」
ポカンとした間抜けな顔のクロードを見遣りながら、エメリックは溜息を吐く。
本当はクロード本人に気付いて欲しかったけれど、誰かに言われなければ自覚すらできない様な気がして、結局答えを教えてしまった。クロードは弟的な存在なので、つい世話を焼きたくなる。…結局自分は甘いのだろう。
「お前が綾の居場所になってやればいい。本当に居心地の良い場所なら、他に目移りせずにここにいてくれるさ」
「人生の先輩に、教えを乞うんだな」
そう言ってアルフィをチラリと見ると、話を振られると思っていなかったのか、何度か瞬きをしている。表情が変わらないのは、流石だな。
「ここに帰りたいと思ってもらえる夫でいるのは、大変なんだよ?」
アルフィは胸をポンポンと叩き、そう言って肩をすくめて見せた。そんな余裕が、クロードにも有れば良いのにな…。
「はぁ、これでやっと本題に入れるな…」
大分回り道してしまった感は否めないが、軌道修正出来て良かった。
「本題?まだ何かあったか?」
「ああ、ここからが本題だ」
「アヤのスキルがおかしい」
「鑑定では、おかしな事などなかったが?」
「アイテムボックスの機能がおかしい。異世界人仕様なのか、アヤ独自のものか謎だが…」
エメリックは馬車の中での出来事を思い出しつつ、報告していく。みるみるクロードの眉間に皺が寄っていくが、それと同時に瞳が好奇心に輝いている。これは報告した内容が、興味の対象になった表情だ。
案の定クロードはアルフィに、指示を出している。夕食を綾と一緒に摂り、その後検証の時間を設ける算段をしている二人の様子を眺めながら、ここにはいない黒髪の未来の親友を思い浮かべた。
興味の対象に対しては、執念深いからな…この男は。綾、ご愁傷様!心の中でエメリックは手を合わせた。
いつもお読み頂き、有難うございます!
最近スパイファミリーのアニメにハマっています!面白いですよね!
小説を書く上で、会話のテンポと、説明書きの程度に悩んでいます…。手探り状態なので、気長に付き合ってくださるとありがたいです!
ではまた⭐︎あなたが楽しんでくれていますように♪