お買い物4
それから昼食を済ませ、雑貨屋に寄る。綾は念願の室内履きを手に入れて、やり切った気分になった。一番欲しかったものだからだ。ここ数日で日本人に靴の生活は合わないと、常々感じていたから、寮の自分の部屋は靴を脱いで生活出来る様に考えていたのだった。
カマルに渡された水晶を見て、パメラとエリスが浮き足立つので、綾は居た堪れなくなってしまった。この魔力を込めた水晶は、特殊な紙に魔力を込めたインクを使って書くと、水晶の魔力を頼りに自動で飛んで行くのだという。わお!異世界凄い!
雑貨屋でレターセットを選んでいる綾に、エリスとパメラが私達にもそんな時代があったわねぇと懐かしそうに言うので、思い切って二人に選んでもらったのだが、吟味を重ねる熱量が半端ないのは気のせいだろうか。自分でじっくり選べなかったのだが、それ程こだわりが無いので任せて正解だったと思う事にした。通常用や女性友達用、意中の相手用など複数を選んで、妙にやり切った感を漂わせる二人は、そっとしておこうと思う。
帰りの馬車の車中で綾は、疲労からくる心地良い微睡の中に沈んでしまいそうになった。眠気を抑えようとエメリックに話しかける。
「エメリックって、意外とスパルタなんだね。ぶっつけ本番で水晶に魔力込めろとか、無茶振りでしょ?」
焦ったその時の事を思い出しながら、綾はエメリックに向かって唇を尖らせる。
「学院の初等科で習う内容なんだから、出来て当然!」
エメリックは悪びれもせずに、当然だ頷く。確かに簡単な内容だったけど。出来ない可能性を考えなかったのかと、綾は問いたい。
「魔力のない世界で生きてきた人間なんだけど?」
「出来たじゃないか」
「…そうだけど」
結果だけ見れば良かったと言えるけれども、小心者な綾なので、ぶっつけ本番は是非やめて頂きたい。
「あそこで出来なかったら、相手に不信がられたと思うけど?」
「う…、確かに。だって、手紙に使うなんて思わなかったんだもの」
「それより、俺はアヤの持ち物に驚いたけど?」
綾も分不相応なものだと自覚しているが、師匠の好意と、社長の謝意を受け取っただけに過ぎない。やましい気持ちはないが、何となく曖昧に微笑んでおいた。
「だって、アイテムボックスの中身は申告の義務がないって、クロード様がおっしゃったんだもの」
私はその言葉に従っただけに過ぎませんよ?ええ、私に落ち度はありません。
「個人的な持ち物だから本来は必要ないけど…でもあれは、クロードも想定外だと思うけどな」
何にでも想定外はあるのですよ。もう一度言います。私に落ち度はありません。
とは思うものの、そんなに目立ってしまっただろうかと、少し悩む。あまり大っぴらにしない方がいいのだろうと結論を出して、アイテムボックスのリストを見ていた。
「うん?」
「どうした?アヤ」
「あれ?さっき売った宝石が中にあるんだけど」
リストの宝石の数が、合わない。正確にはさっきの減ったはずの宝石が、手元にあることになっている。バグとか何だろうかと思って、宝石のケースを取り出し、中を覗き込む。
「は?」
意味が分からないと言いたげな表情をしているエメリックを、綾は正面から見詰めた。
「いや、だから、さっきステラさんに渡したものが、手元にあるんだけど?ほら」
箱をエメリックの目の前に突き出し、見せてみる。
「……は?」
あ、エメリック二度見した。さっき鑑定した宝石と寸分違わぬ実物が目の前にあるのだから無理もない。
「……もしかして、異世界は質量の法則が、私の住んでいた世界と違うとか?」
異世界だからあり得る!と思った綾の声は、エメリックに遮られた。
「んなわけあるか!!」
「そうだよね!?…どういうこと?」
綾は首を傾げてエメリックを見詰める。
「…はぁ、こっちが聞きたいよ。…帰ったら、報告だな」
手を額に当てて、こめかみを揉みながら溜息を吐くエメリックは、力無く項垂れた。
「え、今日は疲れたからゆっくり休もうかと…」
初めての場所での買い物で、しかも異世界で物珍しいもので驚きに溢れていて、さらに歩き回って疲れたのだから、正直ゆっくり休みたかった。
「クロードは何でもハッキリさせないと、気が済まないタイプだからどうだろうな?」
そういえば、初日に質問攻めにあった様な…。あれ、嫌な予感がする。気のせいだと思いたい。
驚きで眠気が吹き飛んだのは良い事なのかもしれないが、心配事が増えてしまった。馬車の蹄の音が、荷馬車に引かれてドナドナされる自分自身を連想させて、溜息を吐いた綾だった。
前回が長かったので、今回ちょい短いです。