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お買い物3

「彫金師…だから研磨されている宝石ばかりなのね」

 宝石と綾とを交互に見ながら、ステラは納得の表情を浮かべた。

「そうです」

 そう言いながら綾は、コットンを敷いたガラス製のシャーレを取り出し、ステラに手渡す。綾はテントに吊るされたランプの灯りで、自身の影が宝石に影を落としていることに気付き、顎下のリボンを解いてボンネットを取った。帽子の中に押し込まれていた黒髪が解放され、サラリと揺れる。

「宝石を手に入れる為にいらっしゃったのだから、ちょうど良いと思って。ルースの状態のもので大丈夫ですか?色や形でご希望のものはありますか?形はラウンドかオーバルか、ぐらいしか選べないんですけど」

 石によってはペアーシェイプ、マーキス、スクエア、カボションなど他のカットのものもあるが、主にオーバルとラウンドが多い。慰謝料がわりにもらったものと、綾が自分で買い足したものなので、そこそこ価値の高い物が少々、後は比較的手頃な値段のものといったところだ。

「手持ちのものと合わせて加工してもらう予定だから、ルースの状態で問題ないわ。ではこのラウンドの、サファイヤとルビーを見せてもらえる?助かったわ。クラデゥスで購入しようかと思っていたら、目ぼしい物は買い占められた後だったの。王国で買おうにも、王国通貨の持ち合わせがなくて…」

 ステラが選んだのは、価値の高いそれなりの値段がするものだった。ガラス製のシャーレに乗せたそれをエメリックに鑑定してもらい、値段を出してもらうことにする。はっきり言って、この国での綾の手持ちの宝石の価値なんて、異世界転移三日目の綾にわかる筈がない。

「買い占めだなんて…、そんな事が?」

「ええ、運悪くエルフの方がいらしてたみたいで…」

 その時のことを思い出したのか、困った顔でステラとカマルが顔を見合わせて笑う。

「エルフ?」

 綾は予想外の言葉に、思わず確認する様に呟く。ルーペを持ち、手元を光魔法で照らしながら鑑定していたエメリックは、苦笑いしている。

「あー、それは災難だったな。アイツら美しいものに対する執着は、えげつないから」

 えげつないって…エメリックが納得するくらい、それはエルフに対する共通認識らしい。何だか、思い描いていたイメージと違う。もっとこう、神秘的というか、森の奥で静かにひっそり暮らしてる感じだと思っていた。この世界のエルフは綾にとって、得体の知れないものになってしまった。実際に会ってみた時に、認識が改まれば良いなと思うばかりだ。


 そんなことを話している間に、エメリックが値段を提示して、それに見合う布をパメラが選んでいった。

「やっぱりブランの絹織物は、この黄金色となんとも言えない黄緑色が特徴よね!良い買い物が出来て嬉しいわ!」

 普通は蚕といえば白い繭を想像してしまうが、ブランのそれはウラール山にいた固有種の蚕で、染めずとも元々そんな色をしているらしい。似た様な色の糸を選別し、布を織るのだ。染色された布も美しいが、自然の色合いが特に素晴らしいのだと、満面の笑みでパメラは手放しで褒めちぎる。

「私も思わぬ良い買い物が出来て、嬉しいです。占いをして、ここに来た甲斐があったわ!」

 ステラはエメラルドの瞳を輝かせて、ガラスのシャーレに乗った宝石を満足げに眺めた。

「母の占いは、良く当たるんだ」

 ふ、とカマルが笑い、鋭い瞳が穏やかに細められると、綾は嬉しくなった。いつの間にか緊張していたカマルの顔からは、警戒の色が消えている。

「お役に立てて、嬉しいです」

 綾は装飾品を送る為に使っている黒い化粧箱を取り出し、その箱を開けた。中の薄紙を広げるとコットンが敷いてある。その上に、オーガンジーの袋の中に入れた宝石を入れて丁寧に箱を閉じると、ステラに手渡した。

「ところでお嬢さん、お名前アヤさんだったわね。ご結婚はされてるの?」

 綾はステラのエメラルドの瞳が、きらりと光った気がした。それはさながら、猛禽類が獲物を狙う目に思えた。

「え、いえ。…まだです」

 何故か自分が小動物になったような気がして、綾は逃れる先を無意識に探して視線が泳ぐ。

「まぁ!そうなの?ウチの息子はどう?親の贔屓目なのは承知だけれど、悪くないと思うの!」

「え、いや、その。結婚はまだ…考えていなくて…ですね…仕事に専念したいというか…」

 綾はしどろもどろになりながら、やんわりと断るが、ステラは仕事は続けるのは構わないからどうかと迫ってくる。成り行きを興味深げに眺める、パメラやエリスの視線が痛い。エメリックもニヤニヤしながら助けてくれない!どうした!?未来の親友よ!

「…母さん、彼女が困っている」

 溜息を吐きつつ、カマルが見兼ねた様子で綾に助け舟を出してくれた。

「あ、あら、ごめんなさい、つい」

「申し訳ない。母が失礼した」

 カマルの言葉に綾はほっと息をつき、安堵が広がるのを感じた。眼差しは鋭く感じるが、いい人そうだ。

 それにしても、エメリックめ!とジト目で綾が見つめると、肩を震わせて笑いを堪えている。さては楽しんでいたな?典型的な日本人なので、キッパリ断るのは苦手なのに!


 綾はカマルの視線が、綾の黒髪に注がれているのに気付いた。

「君の髪は烏の様な漆黒だな」

 思わずポロリと溢れたカマルの言葉に、エリスとパメラが眉を顰めた。もしかして烏は、王国において不吉な鳥のイメージなのだろうか?と綾が考えていると、はっとした様にカマルは口を抑えた。

「あ、侮辱したわけではない!」

 慌てるカマルを見遣りながら、動物に例えるのはブランの民流の褒め言葉なのだと、ステラが説明してくれる。

「私は遠方の国出身なのですが、私の生まれ育った国にも烏の濡れ羽色という、真っ黒な髪に使う褒め言葉がありますよ。褒めて頂いてありがとうございます」

 笑顔で礼を言った綾を見て、カマルは明らかにほっと胸を撫で下ろした。

「あなたの髪は茶色の髪に白いメッシュが、鷹の羽根の様で強そうで綺麗だと思います」

 褒めてもらえたのだからと、綾もブランの民流の褒め言葉を使ってみた。

「そ、そうか。ありがとう」

 ほんのり頬を染めて、カマルは視線を逸らす。おお!ちゃんと褒められた様だ。


「コレは三角関係になるのかしら?ああ!面白くなって来たわ!」

 エリスはトパーズの瞳をキラキラ輝かせた。コソコソ話しているつもりなのかも知れないが、はっきり綾の耳に聞こえている。

「またエリスの妄想が始まった」

 エメリックは呆れ顔でそう言い、パメラは苦笑している。

「違うわ!だってクロードはアヤを海に誘ったのよ!?」

 いつの間にか敬称を省略しているエリスの言葉を咎めず、エメリックとパメラは目を見開いて驚く。

「「クロードが!?」」

 声が揃う。

「まぁ!コレは、ソフィアに報告する案件ではないかしら!?」

 パメラもいつの間にか敬称を省略している。

 物凄く彼らの関係性が気になる綾だったが、そこには触れず誤解を解く為に口を開いた。

「あの!気遣って下さっただけですから!私がここから海は近いのか訊ねたら、馬なら時間がかからないって言われて、海に行ってみたいのかって訊かれて、馬に乗れれば連れて行ってやると言われたのですけど、馬には乗れなくて落ち込んでたら、練習したら良いって言ってくださっただけなんです!」

 断じて、エリスが考えている様な、甘い展開ではないと言いたい!

「べ、別にデートの約束ってわけではないんです!」

 一気に捲し立てると、パメラとエリスは口を抑えてニヤニヤしているし、エメリックは呆れた顔をしている。

「…それをデートと言わずに、何て言うんだ?」

 エメリックが首を傾げて問うので、綾も首を傾げて考える。

「…福利厚生的な、何か?」

「へぇ…アヤはそういう認識なんだ?ちょっとクロードが気の毒に思えてきた」

 じゃあ、そういう事にしておこうか、とエメリックはこの話を終わらせてくれた。綾は自分に関する色恋の話は慣れていないので、正直そうしてくれると有り難い。

 

 カマルは何か言いたそうに綾を見ていた。綾がそれに気付いて首を傾げると、カマルは小声で綾に耳打ちする。

「…手紙を書いても良いだろうか?」

 綾が頷くと、嬉しそうに水晶の様な石を渡してくる。受け取ると石の中にうっすらと緑色に揺らめくものが見えた。

 エメリックがそれに気付き、綾に透明の水晶を渡すと、ここに魔力を込めろと言う。人前なので、素人なんですけど!?と抗議したい気持ちを抑えた。

 どうすれば良いのか分からないながらも、その石を手に握り込んで目を閉じて自分の魔力を込めるイメージしてみると、ほんのり温かくなった気がした。手を開くと石の中に薄い黄色がゆらめいている。良く出来ましたとエメリックに頭を撫でられて、成功だと知れた。その石をカマルに渡すと、エメラルドの瞳が柔らかく細められる。何だがその仕草が甘さを感じさせて、綾を落ち着かなくさせた。

 住所を伝えなくて良いのか?とエメリックに耳打ちすると、これが目印になるのだと水晶を指差し言われる。なるほど、後でゆっくり説明してもらおう。

 

 このやり取りに気づかない様子のパメラとエリス、ステラは、商談の続きをしていた。

「また来て欲しいわ。継続取引を、長に話してみてくれないかしら?」

 サラサラとペンを走らせるパメラ。書いた紙を包んで封筒にしまい、ステラの手渡す。

「この紹介状を持って許可証をもらいに行けば、カードを発行してくれると思うわ。是非今後の事も考えてみてね」

 そうして綾達は、彼らのテントを後にしたのだった。

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