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お買い物2

「お嬢さんは運がいいね!数日前からここの場所で売っていたんだけど、今日で仕舞って帰ろうと思っていたんだよ」

 そう言いながら店主の女性は手際よくハンガーを外し、丁寧に畳んだポンチョを紙袋に詰めてくれる。綾は嬉しくなって、運が良くて良かったと女性と話していると、エメリックが呼び止めてくれたのか、テントにエリスとパメラが入ってきた。

「あら、素敵ね!」

 パメラがテントの中を見回し、エリスは子供服の方へと足を運ぶ。女性は後から来た二人に目を留め、お連れさんかい?と綾に訊く。そうですと答えると、頷きながら店主の女性はパメラに話しかけた。

「奥にも商品があるのですが、ご覧になりますか?」

 いかにも貴族然とした立ち振る舞いの二人だからだろう、丁寧な言葉で仕切りの布が掛けられた奥を示した。

「あら、特別な商品でもあるのかしら?」

 パメラは好奇心を滲ませて、店主に訊ねた。

「値段の高いものは奥に置いてあるのです」

「期待しちゃうわね、見せてもらえる?」

「こちらへどうぞ」

 なるほど、上手いやり方だなと綾が感心しながらパメラ達の後に続き、奥の布の仕切りを潜る。そこには光沢のある色取り取りの、いかにも上質な布が並んでいた。

「ーーこの布は、クラデゥスでしか手に入らない最高級品の絹織物じゃないの!」

 驚きを隠せずにパメラが目を見開いている。エリスも布を覗き込み、滑らかな光沢を確かめるようにそっと布に指で触れた。

「さすがお目が高い!」

 嬉しそうな声を上げたのは店主の女性で、説明もしていないのにその価値を見抜いたパメラに賞賛の眼差しを向けていた。

「それ程、凄いものなのですか?」

 綾がこっそりエリスに訊ねると、こくりとエリスは頷いた。

「私もソフィア様のドレスを仕立てる時に、数回見たことがあるくらいよ。王国では販売されていなくて、クラデゥス国内でしか販売されていないとしか知らないけれど」

 二人でコソコソ話している間にも、パメラは店主の女性との値段交渉に移ったようだ。

「今を逃せば買えないのよね…。個人のカードで買って後で請求に回そうかしら…。ああ、城に請求書を送ってもらっても良いかもしれないけれど、そちらの希望はあって?」

「私達は今回たまたま用事があってここまで来たので、販売者用のカードを持っていないのです。請求書を出して、月末まで待つのは難しいですね。急いで買いたいものもあるので、現金が嬉しいのですけど…」

「あら、用事って、その買いたいものを手に入れることなのかしら?」

「その通りです。娘の結婚式に使う宝石が欲しくて…」

「宝石?」

 小さく呟いた綾の声はパメラ達には届かなかった。パサリと軽い衣擦れの音を立てて、誰かが入って来たからだ。その場に居た皆がその人物に目をやると、その人物は緊張した顔でエメリックを見て、それから綾、パメラ、エリスと視線を移していく。

「ーー突然申し訳ない。商談の邪魔をしてしまった様だ」

 その男は二十代中頃ぐらいに見えた。店主よりやや濃い茶色の髪に白いメッシュが入った髪を短く切り揃えていて、綺麗なエメラルドの緑の瞳が、彼らの血のつながりを感じさせた。整った顔立ちだが、美しいというよりは精悍な印象を持ってしまうのは、猛禽類のような鋭い眼差しのせいだろう。

「…お気になさらず」

 エメリックが男にそう言うと、明らかにほっとした顔をしたように綾には見えた。

「息子が、失礼を致しました」

 店主の女性がそう言って、四人に頭を下げた。パメラが代表して気にしていないと店主に伝える。

「カードが使えないのは痛いわね。値の張るものだから、今後カードを使えるようにした方が良いと思うのだけれど…」

「便利だとは思うのですが、申請してから許可が降りるまで時間がかかると伺っておりますし、審査もあるのでしょう?ここに来たのは、占いで良い方角だと出たからなので、今後もこちらで商売するかどうかは未定なのですよ」

 占いの結果でこちらに来ることにしたのは伝わったが、問題は解決していない。

「そうなの?是非今後も取引したいと思ったのに…貴方達、ブランの民ではなくて?」

「…お気付きでしたか」

「身に付けた衣が特徴的な織物の柄をしているし、売っている物も彼らの特産ばかりだと思ったから」

「ブランの民と親交が?」

「長と数度、会った事があるだけよ」

「…やはり貴方は、領主一族に名を連ねる方なのですね」

 パメラは返事の代わりに、にっこりと微笑んで見せる。綾はパメラに関する謎が少し解けた気がした。

 ブランの民とはエナリアル王国が建国される前から、ウラール山に住んでいる一族で、バドレーの領地になった後も、彼らの行動範囲の場所を自治区としているのだった。彼らは王国と敵対こそしていないが、以前からクラデゥス帝国と交流があったので、積極的に王国側と交流することはなかったのだ。先の戦争でも、中立の立場を崩さなかった事もあり、謎に包まれた一族だと王国側の人間は考えている。だが戦後バドレー領主は、ブランの民と少し交流をし始めたのだった。


「そこの男性は、ブランの長にとても良く似ていますね」

 エメラルドの瞳と茶色に白メッシュ髪の青年に、パメラは微笑んだ。

「息子なので当然ですわ。改めてご挨拶を、私はブランの一族の長シャムスの妻ステラです。これは息子のカマルですわ」

 ステラはカマルと一緒に、胸に手を当て膝を折って挨拶をする。どうやらブラン流の敬意の表し方らしい。

「畏まらないで。私は買い物を楽しんでいるだけなんだから」

 パメラは苦笑しつつ、顎に手を添えた。

「…でも困ったわ。現金は少ししか持ち合わせがないの」

「…そうですか」

 残念そうな空気が、二人の間に漂う。交渉が頓挫したと皆が感じた時だった。

「あ、あの…少しよろしいですか?」

 綾はおずおずとパメラとステラに話しかけた。

「アヤ、どうかして?」

 不思議そうにパメラが、綾を見つめ返す。

「物々交換はどうでしょう?」

「物々交換?」

 皆の視線が綾に集中した。その顔はどれも、何を言い出したのか分からないと顔に疑問を浮かべている。

「私、宝石を持っているので、今回はそれと交換でどうかと思ったのです」

 綾はアイテムボックスから、素材の入った半透明のプラスチックの箱を数個取り出し蓋を開けて、ステラとカマルに見せた。仕切られた一つ一つにコットンが敷いてあり、その上に宝石が一粒ずつ入っている。その場にいた皆が食い入る様に宝石を見つめているのを見ながら、他の箱の蓋も開けていく。

「私の手持ちのもので、気にいるものがあれば良いのですが…」

 ルーペを取り出しステラに渡すと、彼女は驚いた顔を隠せずに数度瞬きした。

「お嬢さんは宝石商だったの?」

「ふふふ、ただの彫金師です」

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