お買い物1
翌日は予定通り買い物になった。
四人が乗り込んだ馬車は、飾り気のない二頭立ての真っ黒な馬車だが、何処となく高級感が漂っている。窓枠の銀色の縁取りが美しいのと、ドアの取手の装飾が凝っているのに目を留めて、思わず綾が立ち止まってしまったら、呆れたエメリックに背中を押されてしまった。申し訳なくは思うものの、職業病なので許して欲しい。思ったよりビロード張の座席の座り心地が良く、初めて乗る馬車の揺れの少なさに綾が感動していると子供みたいだと三人に笑われてしまった。
馬車で東門を出たのだが、門を囲む城壁の高さにも、その厚みにも綾は驚く。堀の上に架かる石橋を通り、石畳の道をガタゴトと進む。蹄の音が耳に心地良い刺激を与え、疲れていたら眠ってしまいそうだと綾は思った。左側に森が見え、右側の堀と城壁が途切れたと思ったら、街の外壁が見えてきた。領城ほどではないものの、立派な石造りの壁が街を取り囲むように聳え立っている。
門は外側に向けて開かれており、二人の兵士が立っていた。騎士が城や領地全体を守る役割なら、兵士は街の住民を守る立場にある。もちろん騎士とも連携はされているが、騎士に比べると守る範囲が狭く街の中が主だ。治安維持には住民と近い立場の兵士の方が、気安い間柄の分だけ適任と言えるだろう。
門の手前で一度馬車を停めると、兵士が御者に話しかけている様子がアヤの座った座席の窓から見えた。身分証明書でもいるのだろうか?と綾が首を傾げていると、一応街へ入るのに身分証明書を提示しなければいけないのだと、隣の席に座ったエリスが教えてくれる。
「出入りを把握しておくと、いざという時対処がしやすいのよ」
斜め向かいのパメラがエリスの説明を補足する。
「どうしよう…私何も持ってない…」
改めてこの世界での自身の立場に落ち込みそうになった綾だったが、綾の正面に座ったエメリックが問題無いとばかりに微笑んだ。
「大丈夫。クロードに用意して貰ったから」
そうだったのかと、綾はほっと胸を撫で下ろす。
「エメリックって、クロード様より年上だから、敬称を付けないの?」
なんとなく気になり、綾は思わず問いかけてしまった。
「あー、さすがに公の場では付けるけど、今日はこのメンバーだから。クロード達が小さい頃から知ってるし」
「そうなんだ」
そんな話をしている間に馬車が動き出し、門を潜ると蹄の音以外の音が混じっているのに気付く。馬車の窓をそっと覗くと、荷車を引く行商らしき人、買い物中の親子、ローブを纏った人や、帯剣し鎧を身につけた人までいて、もの珍しさに綾は釘付けになった。建物は二、三階建ての石造りの似たような建築物が多いものの、窓の形やドアの色が違っていて興味深い。人々の顔は明るく、店にも活気がある。
街に何箇所かある馬車の停車場で降りた綾達は、目的地の店を目指した。
「あの、もうこのくらいで十分ではないですか?」
荷物は城に届けて貰う予定なので、手元に荷物はないが、綾はパメラとエリスに着せ替え人形にされ疲労困憊だった。二人の勢いに若干引いてしまった綾だが、エメリックは慣れているのかマイペースで店の中を物色しつつ、店員と愛想よく話し、時折投げかけられる二人の『これどう思う?』みたいな漠然とした問いかけにも適切に対処していて感心してしまう。
「男性って女性の買い物に付き合うのが苦手な人も多いのに、凄いね」
と小声でこっそりエメリックを褒めると、慣れてるだけだと笑う。ちなみにクロードには出来ない芸当だとエメリックが得意そうに胸を張るので、思わず綾も笑ってしまった。
「服も鞄も靴も買ったし、後は小物類かしら?」
パメラが雑貨屋を目指して歩き出した。
「そうですね」
エリスが返事をしてパメラの後に続き、綾とエメリックもその跡を追う。一行が広場に差し掛かったところ、市が立っているのに気づいた。大小様々なテントに商品が並べられ、客と店員が値段交渉をしている様子が賑やかだ。
「寄って行きましょうよ、掘り出し物があるかも?」
楽しそうに笑顔を輝かせる二人に、反論できる綾とエメリックではないので素直に頷き後に続く。
「あの身分証明証のカード凄いね。カード同士を合わせるだけで会計が済んでしまうなんて、キャッシュレス化が進んでて驚いたよ」
市を歩きながら綾はエメリックに話しかける。ここ数日でこの世界の元の世界と遜色ない技術に綾は驚いてしまうことが、多々ある。エネルギー源が電気と魔力で違いはあるものの、不便さは感じない。調べ物には困ることがあるが、それくらいだ。
「普通に通貨って重いからね。大金を扱う大店ほど助かってると思うよ」
エメリックによると、コインが主で紙幣はないらしい。
「この辺では、現金も使われてるみたいだね」
「販売者用カードを作るのには商店名が必要だし、個人のお小遣い稼ぎぐらいだとわざわざカードは作らないかな。収入によっては税金取られるし。あと他国からの行商人は現金の方が、良いって人も多いけど」
なるほどと綾が納得していると、気になるお店が見えてきた。布製品の小物が棚に並び、服がハンガーにかかっていてた。色鮮やかなものからシンプルなものまで様々だったが、綾の目に止まったのはフードの付いたポンチョだった。思わず立ち止まり手に取る。柔らかな毛織物は肌触りも良く、裏地の布は光沢がある。
「これください!」
フードのついた暖かそうな白いポンチョに綾は一目惚れしてしまった。茶色の素朴な木のボタンが可愛い!朝晩はまだ冷えるし、羽織るだけでも暖かそうだ。
「カシュバルの毛が使われたポンチョは、暖かいからオススメだよ!春だからもう売れないかと思ってたんだけど、お嬢さんは見る目があるね!」
明るい茶色の髪をして、エメラルドの様な深い緑色の瞳の色をした、40代くらいの女が愛想よく笑っていた。
ちょい短いです。まだ続きます。