綾とエリオットの邂逅1
これはどうした事だろう?綾は遠い目をして、考える。
クロードの兄であるメイナードに挨拶されたと思ったら、会ってほしい人がいると言われ、手首を掴まれたと思ったら、目の前に勇者が居たのだ。早業過ぎて、理解が追いつかない。メイナードのせっかちさは、シリウスにそっくりだな…なんて考えてしまうのも、現実逃避だろうか…。
お手洗いに行って、座席に戻ろうとしていたところだったのだ。一応一人にならない様に、エメリックに近くまでついて来てもらっていた。だが、メイナードが突然現れて転移させられたのだ。
「あ、魔力使わない様にしてたのに、癖で使ってしまったな。魔力回復薬不味いから飲むの嫌なんだよねーでも、クロード相手だと、気は抜けないし、仕方ないかー」
一人で納得しているメイナードは、三十分後に迎えにくると言い置いて、天幕から去って行ってしまった。まるで嵐の様な人だ。
「………こんにちは?」
とりあえず、綾は目の前の固まっている男性に、話しかけてみた。
「………こんにちは。メイナードが、すまない…」
ガックリと肩を落として頭を下げる男性は、『勇者』なのだけれど、思ったより腰が低かった。
「…いえ、驚きましたけど。あー…ここって何処なんでしょうか?」
「王立騎士団の天幕だよ。他の人は来ないから、安心して良い…って安心出来ないか…」
気を遣える良い子だなぁと、綾は率直に思った。西洋人なので綾よりも体格が良いし、彫りは深いけれども、よく見れば若いと思った。多分歳下だな…と綾は考える。
「一応、連れに居場所を知らせても良いですか?心配しているかもしれないので…」
「ああ、もちろん構わないよ」
伝達蝶を魔力で練り上げると、居場所とクロードの試合までには戻るとエメリックにメッセージ送った。これで良し!と綾は一息つくと、申し訳なさそうな顔の男に向き直った。
「えっと、私は石黒綾、綾って呼んでください」
「俺は…エリオット ベインだ。エリオットと呼んでくれ」
やっと笑顔が見えて、綾はほっとした。エリオットに勧められて、綾は椅子に腰掛ける。
「エリオットさんって、私に気付いていましたよね?」
「うん。だって、神気が視えたから… なんか、魔力桁外れの人一杯いる場所に目を向けたら、いたって感じで…」
ソフィア様とシリウス様と、クロちゃんだな………と綾は遠い目をした。そっかー目立つよね、視覚的にも、魔力的にも。
「魔力視えるんですね。凄い…人間には難しいって聞いたんですけど…」
「常に視えるわけじゃないけど、なんか感じるなって思った時に、よく見ようとしたら出来た感じ」
なんか、出来たって…さすが、『勇者』だな。綾などよりステータスは高そうだ。ちなみに、綾は物質に含まれている残留魔素と、魔力は集中すれば視える。でもせいぜい、半径20センチの範囲である。遠く離れた場所なんて、とてもじゃないが、今の綾には無理だ。
「………王城では、不便はありませんか?」
「君こそ、どうなの?バドレーの地は快適かい?」
綾は、エリオットが意図的に話を逸らした様に思えた。少し表情に、強張りが見て取れる。
「私は、快適に過ごしてますよ。仕事も充実しているし…」
それは、綾の心からの言葉だった。
「エリオットさんは…上手くいってますか?」
「………どうだろう。どうあれば、満足してくれるんだろうな…俺の周りの人達は…」
エリオットは、途方に暮れた様に呟いた。
「周りの人の事じゃなくて、エリオットさん自身の事ですよ?」
「………皆が『勇者』として俺を見る。俺を完成させたい人がいて、それに抗うのが苦しく感じる時もある。でも、俺はここに一緒に召喚された仲間を守らないといけないし、戦う術が欲しかったのは事実なんだ…だけど、今はこんなに苦しい…『勇者』でいる事が…!俺は全然強くなんてないし!人に向けて銃を撃った事なんて、ここに来るまで無かったし!でも怖いなんて言えない………『勇者』だから………!!」
悲痛な言葉は、エリオットの本心だろう。エリオットの言葉を聞いて、綾は自分がどれだけ恵まれた環境にいたのか思い知った。魔物には攻撃出来ても、人に対しては出来ないのだ…とエリオットは呟くと、力無く項垂れた。
「………怖いと思いながらも、あなたは、仲間を守りたいと思って、戦う術を覚えた。それは誰もが出来る事じゃない。勇気を持つ者が『勇者』なんです。あなたは立派な『勇者』ですよ…でも、そうですね。もし、もう無理だと思えば、逃げれば良いんです」
綾の言葉に、エリオットが顔を上げた。
「………何処へ?」
「クラデゥス帝国です」
綾はシリウスから預かっていた、金色のボタンをエリオットに手渡した。他の人の分も含めて四つだ。
「シリウス皇帝陛下は、異世界人である私達に、複数の選択肢から選べる環境を用意したいと考えておられます。一つの選択肢しか用意しない環境は、フェアじゃないとお考えらしいです。エリオットさんが感じた物凄い桁外れの魔力の人ですよ」
「黒のフード被った人?」
エリオットは首を傾げて、思い出している様だ。
「正解です。エリオットさん、私達は環境に不慣れだから、しばらくは誰かの庇護を受けなければ、ならなかった。でも、今そうだからと言って、将来もそうであるとは限りません。それこそ、何処へだって行けるんですよ?少なくとも、クラデゥス帝国では異世界人の安全は保証されています。過去も亡命した異世界人を保護したりしてるんで、実績もあるんです」
「…そんな事、知らなかった」
呆然と呟くエリオットは、さっきまでの悲壮さは無い。
「何処の国も、自国に都合の悪い事実は伏せられる。でも、今知りましたよね?」
綾が問いかけると、エリオットは力強く頷いた。
先週は投稿出来なくて、すみません!
気力があれば、連休中にもう一度投稿します!