勇者の独白3
黒髪の宰相は、ある扉の前で、四回ノックをした。
「誰だ!?」
不機嫌そうな声が中から聞こえて、俺は拳を握り締める。また再発しそうな怒りを、冷静になれと押さえ込んだ。
「エヴァレット マヴァールです。殿下」
冷静な宰相の声に、焦った様な気配を中から感じた。
「…何用だ?今取り込んでいるのだが?」
「こちらも急ぎの用でして。マリアン嬢の行方を探していたのですが、ここだと聞き及んだ次第です」
ガチャりとノブが回される音がして、侍従によって扉が開かれた。
「何故、宰相のお前が、マリアンに用がある?」
椅子に座った第一王子とマリアンが見えて、エリオットは叫んだ。
「マリアン!」
「エリオット!アントン!ウェイン!」
マリアンは椅子から立ち上がり、俺たちに駆け寄って来た。迷子になった後、親を見つけた子供の様に、泣きそうな顔で安心している様子が見て取れる。
「…用事があるのは、彼らですが、殿下のしようとしている事によっては、私も必要かと思いまして。何をしておいでだったんです?」
黒髪の宰相の声は静かだが威厳があり、思わず従ってしまいたくなる不思議な魅力があった。
「マリアンと婚約しようと思ってただけだ。第二妃は必要だろう?」
悪びれた様子もなく、第一王子は淡々と説明する。
「マリアン嬢は、まだ未成年です。契約には保護者の許可が要るのは明らか」
「彼女の保護者は現在私だから、問題ない」
問題ありまくるだろうが!!権利の濫用とかこの国にはないのか!?と心の中で俺は叫んだ。宰相の邪魔をしない様に黙ってはいるが、思いっきり睨みつけておく。
「契約者自身は、契約相手となる者の保護者にはなれません。法律で決まっております」
宰相の声は感情を感じさせず、ただ事実を言っているだけなのに、だからこそ説得力があった。
「じゃあ、お前が保護者のサインをしろ」
王子の言葉に、宰相は呆れた様にため息を吐く。
「お断りいたします。婚姻契約は、十八歳の成人を待ってからが、通例。子供の頃に婚約する事自体、時代に合わないと廃れてしまっていますが?相手を見つけたり、学業に勤しんだりする中で相手を選ぶのが、一般的では?そのための王立学院であり、殿下方もそこで相手を選んでいるはずです。何より、婚姻にしろ、婚約にしろ、本人の意志が大切と心得ております」
「………」
黒髪宰相の完全勝利だった。
「マリアン様もウェイン様も未成年です。王立学園に通われて、交友関係など広げて差し上げるのも、保護者としての務めでしょう」
「………そうだな」
ど正論で諭されて、呆気なく第一王子は引き下がった。
「学院があるの?通ってみたい!」
ウェインがマリアンと手を取り合って、期待の眼差しを宰相に注いでいる。誰が信用出来る人なのか、この二人は本能で感じ取った様だ。
「ええ、あなた方が望まれるなら、手配致しましょう」
黒髪の宰相は、微笑む。…この人笑えるんだな。
「マリアン良かったね!14歳からしたら、28歳なんて、おじさんだもんね!!」
無邪気な声でウェインが爆弾を投下した。呆然とした第一王子と、笑いを噛み殺した黒髪の宰相の対比が可笑しかった。
「私、ちゃんと考えさせてくださいって、王子様に言ったんだ!だって、エリオットが…何かを決める時は、皆に相談するように言ったから…!!」
宰相を良い人認定したマリアンは、得意げに話す。ずっと病気だったマリアンは、年齢より幼いとエリオットは感じる事がある。阻止出来て本当に良かった。
「ええ、とても良い判断でした」
娘にする様に、マリアンの頭をポンポンとした宰相は、穏やかな瞳をしていた。マリアンも嬉しそうだ。
でもこの事をきっかけに、皆は異世界の知識をあまり漏らさない様警戒する事になった。それはアントンが提案した事で、悪用されたら困るからだと言う。そうやって俺たちは、信頼出来る人を増やしたり、生活の基盤を整えていく事になる。
いつの間にか異世界人の責任者が、第一王子から第二王子に代わって、黒髪の王子との交流も増えた。
俺自身も騎士団の訓練に参加させてもらっている。第一王子との一件があってから、自分と仲間を守る為に必死に魔法と戦い方を覚えた。この国の人達にも、それを期待されたから丁度いい。アントンも、第二王子に渡す知識を精査して、魔道具作りを始めている。
でも…時々、これで良いのだろうか?と思う。俺はお世辞にも、戦いに向いている性格をしていない。だけど…その道筋しか用意されていないのに、他の道を選ぶ事は出来なかったのだ。
いつもお読み頂き、ありがとうございます。
今週もまともな時間に投稿出来て、一安心です。
やれば、出来る!
では、また⭐︎あなたが楽しんでいてくれます様に♪