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知らぬ間に…

 会議を終えて王都の屋敷に戻ると、クロードは兄夫婦に夕食に誘われた。仕事が溜まっているからと断ったが、今度ゆっくりできる時に必ず一緒に酒を飲むからな!とわしゃわしゃと髪を撫でくりまわされる。大きくなっても遠慮なく弟扱いをするので、兄の前だと気が抜けるのだった。多分クロードの張り詰めていたものに気付かれて、心配をかけたのだろう。

 バドレーの領城に帰ってきたのは、綾の夕食が終わった頃だった。自身の夕食を執務室で取りながら、留守中の報告を聞く。

 アルフィがどうしてもクロードの裁量に委ねたいものや、認可の必要なもの以外はこなしてくれているので、有難く思う。持つべきものは優秀な秘書官様様である。


 パメラからは『明日買い物行くから、エメリック借りるわね』と決定事項の様に告げられた。既にクリストフへの許可も取ってあるらしく根回しは完璧なので、クロードは頷くしかない。

 クロードは女性の心の内に敏感な方ではないので、エリスやパメラが綾の世話を焼いてくれているのに任せている。簡単な指示だけで勝手に考えて行動してくれるのは、信頼関係があるが故だろう。二人に関しては、自由過ぎる行動はあるものの、上手く立ち回ってくれてきっちり成果をあげているので、頭が上がらないクロードだった。


 夕食を食べ終える頃に、エメリックがやって来た。場所を自身の執務机に移し、アルフィに手渡された書類をクロードは処理していく。その傍に椅子を持ってきて、エメリックはどかりと座った。何故か機嫌よく笑いながら。


 話たくて仕方ないという様子を隠さず、にこにこ笑いながらエメリックは口を開いた。

「お疲れ、議会はどうだった?」

 いつもこうだ…と呆れた様な、感心する様な感情を胸にしまい込み、クロードは癖のある金髪に血の様な赤い瞳の秀麗な顔立ちの少年を見つめる。自分の報告の前に、こちらから情報を仕入れるのを忘れないのは、もはや癖の様なもの。有能であるが故だが、足元を見られている気分になる。もう慣れたが。

「議会自体は、特に重要な案件はないな。異世界人の処遇について決まった程度だ。ただ…」

「ただ?」

「マヴァール公爵に廊下で声を掛けられた。勇者について訊かれたのと、宝飾品の修復依頼があった」

 その時のやり取りの詳細をクロードはエメリックに話す、こうしておけばクリストフの耳にも情報が渡るからだ。

「…裏はないのか?」

「今の段階では分からない。試された様な気もするが…読めない」

「ふぅん」

 エメリックは何かを考えるように形のいい顎に手を添えて、虚空を見るともなく見つめている。脳内であらゆる可能性を弾き出しているに違いない。

「父に直接会って修復依頼をしたいそうで、ジェラルド様がバドレーに来たがっていると言っていた」

「…前マヴァール公爵が…。来るのが目的?」

「だから読めない。宝飾品が理由ありらしいが…」

「クリストフ様がどう判断するかだな」

 情報は仕入れ終わったとばかりに、エメリックは笑顔をこちらに向ける。そちらはどうだった?とクロードが訊けば、笑みが更に深まった。


「ーーっでね、アヤってば、騎士から一輪のチューリップを渡されてるのに、何も気付いてないみたいだった」

 楽しそうに今日の様子を話すエメリックの声は、分かり易く弾んでいる。

「一本のチューリップの花言葉は、『あなたが運命の人』だったか?」

 騎士か…どいつだろう?自分が見つけたのに、横から掻っ攫われるのは面白くない気分だなどと考えるクロードは、全くその感情に気付いていない。

 僅かに眉が動いたクロードを見つめて、面白そうにエメリックは口角を釣り上げる。

「ピンク色だったから『愛の芽生え』『誠実な愛』の可能性もあるね」

「……」

 クロードは気付いていなかったが、一瞬眉間に皺が寄ったのをエメリックは見逃さない。

「アヤって俺より背が低いんだよ。可愛いよね」

 明らかな揶揄い目的の言葉に、クロードはその意図を察したが、反応すると面倒臭いので、沈黙を守る。

「……」

 沈黙を守るクロードに、攻撃の様にエメリックはさらに言葉を放っていく。

「騎士たちが、あれは誰だと噂しているとか。帽子を取ったら、目立つ黒髪だし。アヤは気付いてなかったけど、話してる時チラチラ視線を感じたなぁ」

「……」

「アヤは、あと何本花を貰うのかな?3本かな?108本貰っちゃったりして?」

 ふふふっとガーネットの瞳を細めて笑う男は、見た目と違いクロードより年上だ。クロードは経験や知識でも分が悪い。勝てないのなら、同じ土俵に乗らない方がいい。

「…知るか」

 3本のチューリップは『愛している』108本は『結婚してください』の意味。思わず視線を逸らしてしまったクロードは、自らの失態に舌打ちしたくなったが、手元の書類に意識を戻し、平静を装う。

 どうも気心が知れているが故に、クロードの表情から多くを読み取るエメリックは、この手の話題を面白がっている節がある。いつもはここまで追撃して来ないのに、今日は楽しそうに話すのをやめない。エメリックは、綾をとても気に入ったのかも知れないとクロードは考えた。


「あ、そうそう。アヤの教師役を俺がすることにしたから」

 唐突に告げられ、思わずクロードは書類に落としていた視線を上げてエメリックを見た。

「…教師を付けようかと思っていたが、もうエメリックと約束しているのか…」

「そう、血の提供をしてもらう対価として、乗馬と魔法の教師をする約束をしたんだ」

 何気なく告げられた報告に、一瞬クロードの思考が止まる。

「…は?え…は?血の提供って、アヤが承諾したのか!?」

 珍しく目を見開いて驚きの声を上げたクロードに、エメリックは満足そうに微笑んだ。

「快諾だよ!これには俺も驚いた!」

 本当にアヤって面白いよね、と声を上げて笑うエメリックの姿をクロードは呆然と見てしまう。

「エメリックが騙したとは思えないが、俄には信じられないな…」

 吸血鬼は定期的に血を摂取しないと生きていけないので、クラデゥス以外の国では生き難いという。人間は魔族に比べて魔力が低いので、効率が悪いのもその理由として挙げられる。バドレー三兄弟や魔族の仲間に協力してもらっていたエメリックだが、アヤもその協力者に名を連ねたらしい。

「献血って言ってた。血を提供して助け合う、そういう考え方が、アヤのいた世界ではあるんだって。忌避感すら無かった」

 どうせなら男より可愛い女の子の方がいいよね、とエメリックは無邪気に笑っている。

「……」

 常識がないからこそ、だろうか?だがそれは少し危ういとクロードは感じる。

「…ついでに常識も教えてやってくれ」

 諦めたように一つ息を吐き、絞り出すようにクロードはエメリックに告げた。

「もちろん、そのつもりだよ。だって危なっかしいトコありそうだし?色々と」

 『色々』に込められた意味など考えるまでもない。

「未来の親友の為だからね」

 未来の親友という言葉を気に入った様子で使うエメリックは、軽い足取りで執務室を後にしたのだった。


 いつもお読みいただきありがとうございます!

 前回抜けていた部分があったので加筆いたしました。ほんの少しですが。

 連休は半分仕事なので、もしかしたら書く時間が取れないかも知れません。多分大丈夫だと思うのですが、来週投稿されてなかったら、力尽きていると考えてくださいませ。

 ではまた⭐︎あなたが楽しんでくれていますように♪

 

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