勇者の独白1
皆の落胆した様子を見て、心の何かが削られた。期待を裏切ったのだから、仕方ない。同時に、安堵もしていた。首筋に剣を突きつけられながらも、自分はこの程度なのだと、自分自身は知っているのだから。
「負けました」
能力の差を見せつけられたから、素直に言葉が紡げた。何故なら、心からそう思ったのだから。
戸惑いを含んだアクアマリンの瞳が、彼の兄を思い起こさせた。そう、唯一俺の不安に気付いていたメイナードに。きっと、対戦相手であった彼にも気付かれたに違いない。
今回の模擬試合、王立騎士団副団長のメイナードは、無理して出場する必要はないと言ってくれた。だが、『勇者』である自分が、人との戦闘を怖がっているなんて、言えなかった。何故なら俺は『勇者』だから…。元の世界では、射撃の選手ではあっても、ただの大学生だった。
この国で求められるのは、『勇者』である事。強い能力、戦える事、それだけだった。勇者なのだから…皆が口を揃えてそう言う。
この称号が呪いのように、俺に付き纏う。名前を呼んでくれるのは、メイナードと他、数人だけ。皆、『勇者様』と呼ぶからだ。望んでなったわけでもないのに…。
魔獣相手ならば、射撃の能力は役に立った。生き物の命を奪うのは怖かったけれど、相手は魔獣だったから。魔獣は増えすぎると、人を襲うようになるから、定期的に狩って間引かなければならない生物だ。だから、たとえ命を奪う行為であっても、そこに過度な罪悪感はなかった。むしろ、騎士達に認められ、自分の存在価値が示せたような気にもなっていた。
でも、騎士達相手に訓練をする時、大きな壁にぶち当たった。俺は人に向けて銃を打ったことがないことに気づいたのだ。銃を人に向けるには抵抗があった。当たり前だ、俺は狙撃の選手ではあっても、軍人ではない。的に向かって撃てても、人の命を奪う覚悟なんてなかったのだ。
自転車を運転していた時、この世界に呼ばれた。事故が起きる直前で、だから自分は死んだのだと思ったのだが…。気が付けば、光り輝く魔法陣の中にいた。自分の他にも三人の人がいて、皆不思議そうな顔をしている。
目の前にはフードを被った十数人の人物達…正直気味が悪い。こいつらが俺達を呼んだのだとすぐに分かった。敵か味方かまだ分からない、慎重にならなければ…明らかに自分より歳下の人物達だけでも守らなければと思った。
赤髪に褐色の肌の青年が一人、茶髪に緑色の瞳の少年が一人、金髪の少女が一人、茶髪に碧眼の自分を入れて計四人。赤髪の青年アントンは、機械工学を学んでいる大学生だった。歳は自分と同じ二十歳だ。茶髪の少年ウェインは、十五歳。ピアニストになるのが夢だと語った。そして『聖女』の称号を持つ、十四歳の少女マリアン。彼女は自分は病気で死んだと思ったと、語る。俺といい、他の皆といい、死に面した人間が選ばれているようだ。
出身国は違ったが、どうも文化レベルが同じ様な国から来ている事に、俺は気付いた。何か意味があるのかと、思わずにはいられなかった。
年齢が近い事もあり、アントンとはすぐに仲良くなった。
「エリウッド」
自分の名前を呼ばれて、我に返る。振り返ると、赤髪の青年が笑って手を振っていた。
「『鑑定』どうだった?」
「『勇者』だって。似合わなさ過ぎて、笑えるよ…」
その時になって、自分達も魔法が使える事を知ったのだ。希少スキルである『鑑定』でさえ。知ってたら、先に調べておいたのに…。
「アントンは?」
「『錬金術師』だって!凄いだろ?」
「凄い!さすが!」
彼は話していると、頭が良いとよく感じていた。俺の心からの称賛だった。
「ウェインは、『芸術家』だって!」
「ピアノの演奏、凄かったもんなぁ…」
皆の称号は、なるほどと納得出来るのに、自分の称号だけが納得出来なかった。
「マリアンは?」
「さすがにもう終わったと思うけど、待合室に戻って来ないんだ」
マリアンだけは、女性の鑑定士に調べてもらう為、別行動だった。だが、マリアンは誰よりも早く呼ばれて行ったはずだ。
「部屋に戻ってるとか?」
「そう思って、ウェインが行ってる」
自分達も一度部屋に戻ろうかと、アントンと話していた時、広い廊下を駆けてくるウェインを見付けた。誰かに見つかれば、お小言を食らう案件だが、ウェインはお構いなしに走ってくる。
「ウェイン、マリアンは?」
「戻ってない!それよりも、気になる事をメイドさんが話してたんだけど…」
話したい事があったから、駆けて来たようだ。ウェインはコッソリ聞き耳を立てて、彼女達の話を聞いたらしい。
「魔力の高い女の子って、価値が高いんだって…」
「…何?」
「それで、どちらかの王子の第二妃に選ばれるんじゃないかって…まだマリアンは十四歳の子供なのに…」
嫌な予感がして、俺は叫んだ。
「おい!探すぞ!」
何事もなければそれで良い。でも、この世界の人間が、敵の可能性もあるのだと、警戒していたはずなのに…!丁寧な対応で、警戒が緩んでいた事に、俺は奥歯を噛み締めた。