昼食にて
綾達は今、ウラール地方騎士団の、天幕の中にいる。白い天幕の中は、空間魔法のおかげで広々としていた。
平民達は会場で食事をしたり、屋台近くの簡易テーブルや椅子が置かれている空間で食事をするが、貴族はそうはいかないらしい。綾自身は平民ではあるものの、クリストフやソフィア、レナード、メルヴィルとパメラ、そしてシリウス皇帝陛下は貴族なので、彼らと一緒に食事するなら、このスタイルになってしまうのだ。といっても、ここに居るのは綾達だけではなく、合同演習に参加している騎士達もいる。
もちろん、広々とした空間できちんとしたテーブルと椅子がある方が落ち着くのは確かなので、綾はありがたいと思っていた。
屋台の料理も良いが、ドニの作ってくれたサンドイッチ弁当は格別だ。野菜のシャキシャキ感とジューシーな肉の旨みを、香草を使った特性ソースがバランスよく調和させている。レナードの作ったスモークサーモンを使ったサンドイッチも、玉ねぎと黒胡椒がアクセントになっていて、クリームチーズの濃厚さを感じる逸品だ。
もちろん、綾も今日の為にお弁当を作った。重箱の中に、いなり寿司とおにぎり、玉子焼き、アスパラベーコン、唐揚げ、ブロッコリーとプチトマトで彩りを添えて。これぞお弁当という定番メニューは、皆から好評で褒められて、綾は嬉しくなる。ちなみに、重箱はマヴァール前公爵の贈り物である。
「クロードにも渡したんでしょ?」
エメリックは唐揚げを美味しそうに咀嚼しながら、綾に訊ねた。
「クロードが食べたいって言うから…」
王族への挨拶がある為、お昼を一緒に食べられないクロードに、綾がお弁当を持たせたのだ。アクアマリンの瞳をキラキラさせて受け取っていたので、喜んでくれていたのだと思う。
本来ならば保存性を高める為に、お弁当は冷ましたものが好ましいのだが、時間経過のしないアイテムボックスがあるので、温かいものを入れても問題ない。冷ました方が良いものと、アツアツで食べたいものを分けて保存しておいたので、クロードも適温で食べることができるだろう。もしかしたら、クロードも今頃食べているかもしれないと綾は考えながら、団体戦を思い出す。
「チェンバレン公爵家は、武門の家柄だったっけ?ルウェリン地方騎士団と、ウラール地方騎士団の戦いは凄かったですね!最終戦の王立騎士団よりも、凄く激しかったです!」
「ルウェイン地方騎士団も、王立騎士団も新人を出してくるから、気合が入るんだよ」
「それにしても、『勇者』をコテンパンにしちゃって大丈夫だったんですか?」
忖度しないで、勇者の攻撃を完全に防いだクロードが敵視されないか、心配になって綾はクリストフに訊いてみる。
「新人騎士の鼻っ柱を折る役割だから、問題ない」
美味しいそうにドニのサンドイッチを食べながら、クリストフは笑う。
「そうそう、特に王立騎士団は貴族の子弟が多いからね。平民出身者の多いウラール地方騎士団に、コテンパンにやられる経験は、良い勉強になるんだよ」
エメリックも、サンドイッチの山を攻略しながら、何でもない事の様に話す。
「それは『勇者』と言えど、例外じゃない。上には上がいるのを学ぶのも、必要な事だからな」
クリストフの言葉に、綾は納得する。確かに、自分の攻撃が、全く通用しない相手がいた方が、これから伸びるのだろう。
「それに、ウラール地方騎士団が勝つと、平民が喜ぶんだよ。これを見て、騎士を目指す子どもも多いんだ」
周りのいる騎士達が、エメリックの言葉に同意する様に頷いた。
「強さというのは、魔力の多さだけじゃない。身体の強さ、しなやかさ、魔法を創意工夫する使い方や、効率も大事だからな」
メルヴィルも頷きながら、もぐもぐといなり寿司を食べている。フォークに突き刺されたいなり寿司なんて新鮮だなぁと綾は思いながら、ふと感じた疑問を投げかけてみる。
「ウラール地方騎士団が、負けた年もあるんですか?」
「もちろんある!あれはメイナードが王立騎士団に新人として、団体戦に参加した時のことだ…」
少しの隙を突かれて、的を破壊されてしまったのだとメルヴィルは悔しそうに語った。もうその事が悔しくて、二度と負けないと誓ったらしい。
その後の訓練は、地獄だったととメルヴィルの見えないところで、中堅以上の騎士達が遠い目をして話していたのを、綾はしっかりと聞いてしまった。…メルさんって、厳しいんだね。普段は穏やかで優しいのに。
「次の年はクロードがウラール地方騎士団に入団したから、団体戦も個人戦も激しい戦いになったな。メイナードとクロードの兄弟対決が激しすぎて、会場を破壊したから、こっぴどく開催地方の領主に抗議されてしまってな…」
バツが悪そうにメルヴィルは頬をかく。
「それ以降、クロードは団体戦にも個人戦にも、参加していない。だがあの年の兄弟対決は、今でも語り草になるほどだ」
「母上との訓練の方が、もっと激しいけどねー」
レナードの感想に、ソフィアの視線が鋭くなって、笑顔が深まる。笑顔なのに吹雪が見えます…!
「今回はどうして参加になったんですか?」
ソフィア達から意識を逸らす様に、綾はクリストフに訊ねる。
「国王からの指名らしい。『勇者』の闘志に火をつける目的かもしれんな…」
「国王からの?」
「ああ、そうだ。有事ではないから、功績があまりなく凡庸だと噂される国王だが、国益を最優先に考える賢王だと、私は思っているよ」
「『勇者』を成長させるため…ですか」
「戦力は、あるに越したことはない。他国への牽制にもなる」
クリストフの言葉と国王の意図に、綾は同じ異世界人として、モヤモヤと何とも言えない気持ちになった。それがどうしてなのか分からないまま、昼食は終わりを迎えた。
遅くなって、すみませんっ!