団体戦1
綾はクリストフに手配してもらった観覧席に座っていた。すり鉢状の闘技場は、大雑把に領地ごとに観覧席が分かれている。もちろん出場者の家族が優先で、その他は厳正なる抽選でチケットを勝ち取った人々だ。試合が始まる前から凄い熱気で、綾のいる場所は、ウラール地方騎士団を応援する人々が集まっていた。
先程買ったお菓子や飲み物を手に、綾はキョロキョロと辺りを見回す。認識阻害のローブを頭から被っているとは言え、エメリックからアイテムボックスは使うなと言われているので、両手が塞がっている状態だ。
綾の右隣りにはエメリック、左隣りにはソフィアがいる。クリストフはもちろん、ソフィアの隣で、背後の席にはパメラ、メルヴィル夫婦、シリウスとクロちゃん、レナードも居て領主一家総動員だ。更に背後には彫金師の皆も、ドニ、マーサ夫婦も居たりする。福利厚生って大事よね。
バドラー家長男メイナード一家は、メイナードがクロードと同じく出場するが、王国騎士団なので観覧席が異なる。ソフィアが王国騎士団の席へ向けて手を振っていたので、綾も視力強化して真似して手を振った。メイナード夫婦の子供達は、天使かと思うほど可愛かった。
領地の色を表す、小さな旗を持っている者が多いのだが、子供達は、ウラール地方騎士団の深緑と、チェンバレン家が治めるルウェリン地方騎士団の色である紫、王国騎士団の白の三色の旗を手に、こちらに笑顔を向けていて、綾は可愛さに心臓を鷲掴みにされた気分になった。綾の手にも、深緑と、紫、白、そしてマヴァール公爵家が治めるシスレー地方騎士団を表す、青の旗も持っている。
遠くて見えないが、マヴァール前公爵ジェラルドと、その妻レーシャも、シスレー地方を応援する場所で観覧しているはずだ。
「アヤ、カステラちょうだい」
エメリックは綾が手に持っている、紙袋を指差した。一口サイズのカステラは、素朴な味で、日本の屋台にあるベビーカステラとほぼ同じものだ。綾が袋ごと差し出すと、エメリックは、まるでポップコーンのように、ひょいひょい口に入れていた。結構大きい紙袋一杯あるのだが、すぐに無くなりそうだ。
「ドニさんの作ってくれた、お弁当入らなくなっちゃうよ?」
「そんな、貧弱な胃袋してないから大丈夫だって!それより、団体戦始まるよ!」
エメリックにそう言われて、綾は闘技場に視線を戻す。王国騎士団の白い騎士服を着た王国騎士団が入場して、人々から歓声が上がった。その中に白い騎士服を着てない人物がいる事に気付く。仕立ては良いが、まるで冒険者の様な出立ちの人物は、茶髪に碧眼の青年だった。
「あれが、『勇者』だよ」
エメリックが囁き、綾はじっくりと青年を見ていると、視線が合った気がしてドキリと肩が跳ねた。………気のせいだよね?そう思って、一度逸らした視線をそろそろと戻すと、まだこちらを見ている。背後の誰かを見ているのだろうか?
「へぇ、こっち見てるね。やっぱりさっきの視線は、アイツかな?」
「このローブって、認識阻害魔法が付与されているんだよね?」
不安になって、エメリックに訊ねる。
「あらあら、やっぱりさすが『勇者』ねぇ。私の魔法を見破るなんて…ふふ、試合が楽しみだわ!」
ソフィアは、タンザナイトの瞳を、好奇心で輝かせながら、手を叩いて喜んでいる。
「今代の『勇者』は見所があるな」
シリウスもそう言って、金色の瞳を輝かせた。目立たない様に黒のローブを纏っているが、高貴なオーラが隠しきれていない。うん、さすが皇帝陛下。………私じゃなくて、シリウス様を見ていたのか…と綾は納得して、胸を撫で下ろした。
西南のカルヴァート公爵家が治めるグラント地方騎士団も、入場して来て歓声が上がる。紺色にポイントだけ黄色を使った騎士服を着た十人と、白い騎士服の九人と勇者、十人ずつがそれぞれ、戦略を練って戦うのだ。双方の後ろにある三つの的に攻撃を加えて、先に破壊した方の勝利となる試合だ。攻守どちらも必要となるので、連携が大事になる。王国騎士団の指揮を取るのは、バドレー家の長男メイナードだ。
ここは、王国騎士団を応援すべきだろうと、綾は白い旗を手に持った。