エメリック3
「はぁ、アヤって危機感がないから心配…」
フレッシュジュースで喉を潤していると、眉間に皺を寄せたエメリックが綾の顔を覗き込んでくる。これでも最低限の危機感は持ち合わせている…ハズ。
「貴族って、私のいた国にはいなかったから、どうもピンと来なくて」
たかが買い物と侮ってはいけない、三人もの魔力の高い女性が外を彷徨くのだから、護衛は当然だとエメリックは綾に念を押すように話す。
「パメラさんもエリスもそこそこ強いから、滅多なことは起きないだろうけど。今回は全く戦えない綾もいるから、念の為に俺が行く感じかな」
「二人って強いんだ…」
エメリックの言うそこそこ強いが、どの程度なのか綾は気になった。ちなみにバドレー家の三兄弟は、結構強いらしい。結構強いってどの程度だろうか。もの凄く強いのは断トツでソフィア様!!とエメリックはガーネットの瞳をキラキラさせて力説していた。やはり純粋な魔族で、皇女でもあった女性は桁違いという事なのだろう。ああ、そんな話を聞いたら、肝っ玉母ちゃん的なイメージを持ってしまうのだけれども。
「辺境は貴族の数が少ないけど、気をつけるのは同じだからね!」
「王都は多いの?」
「うん、王城で働く人間は、ほぼ貴族。ああ、下働きや料理人は別だけど。領城で働くのは、貴族もいるけど、平民も多い。ウラール地方騎士団は実力主義だから、平民出の人も沢山いるよ?まぁ、魔力が多い貴族の優位は変わらないけど」
騎士は一代限りの爵位だが、貴族の令息から元冒険者まで幅広い人材がいるとエメリックは話す。戦を多く経験してきた土地柄だけに、使える者は身分関係なく使う方針なのだそう。
「そうなんだ」
「もちろん、領主導の産業を支える人間も同じ。俺や、アヤみたいに。まぁ爵位はないけどね」
実力主義ならば、身分がなくても優遇されるのだろう。
「頑張ればお給料が上がるのかな?」
寮なので家賃も食費もかからないと聞いているけれど、自由に出来るお金が多いに越したことはない。手持ちの宝石類は今は多くあるが、使えば減ってしまうものだからだ。
「そうだね。任される仕事によって、決まると思う」
「そっか!やる気出た!素材を自由に買える給料が欲しいの!」
綾はエメリックに笑顔で話す。エメリックは何とも言えない曖昧な笑みを浮かべているが、どこまでも仕事の事しか頭にない残念な自身の思考に、綾は気付いてすらいなかった。
「数値見たけど、アヤって魔力多い方だと思うよ」
「うん?そうなの?他の人と比べた事がないから」
クロードに鑑定されてから、綾は他の人に鑑定された事はない。自分のデータは見られるけれど、魔力の項目がないのだ。
「私の『鑑定』魔力の項目がないんだよね…」
「え!?そんな事あるの!?基本だろ?」
「う〜ん、多分なんだけど、私のいた世界には魔力が存在しなかったから、そもそもの概念がないからじゃないかと…」
「ーーああ、そう言われると納得」
「じゃあ、どんな事がわかるの?」
「履歴や、経歴?に特化してるみたい」
プライバシーを尊重して他の人を『鑑定』した事はないから比べようが無いけれど、身の回りの物は鑑定しまくっている。それによると特性はもちろん、産地や誰の手に渡ってどういう経緯でここにあるかまでわかる。
「え、じゃあ、俺を鑑定してみてよ?」
「良いよ」
エメリックを『鑑定』してみる。
へぇ、隣国の出身だって言ってたけど…。気になる文字があったけど、鑑定して良いって言ったって事は秘密ではないのだろう。経歴を見てみる。
「エメリックの初恋の人は、年上の近所に住んでいる赤い髪のお姉さんで名前は…」
彼は目を見開いて、一瞬固まった。
「わぁ!やめて!もういい!わかったから!」
エメリックが愕然とした顔をして、ポツリと「なんて恐ろしい能力だ…」と呟いたのを私は聞き逃さない。人には許可なくしてないよ?
「そうそう、魔力の話に戻ろう!そうしよう!」
初恋の話を切り上げたいらしく、勢いよくエメリックはそう言った。余程恥ずかしいらしく、耳がまだ赤い。
「初めてアヤを見た時、かなり魔力が多い気がしたんだ。良い匂いがするから」
「匂い?」
「そう、魔力の匂い」
「そんな事分かるの?」
「ああ、僕は魔族だから。ちなみに工房には後二人魔族がいるよ」
意外と魔族の数って多いのかしら?なんて綾が考えていると、多分違うよとエメリックは笑う。声に出していないのに、考えている事がバレている気がする。アヤは顔に出過ぎだねなんて言われたので、綾は思わず自分の顔を触ってしまった。
「エメリックって魔族だけど、名乗られなきゃ分からないよね?どうやって見分けるの?」
「そうだね、魔族同士なら何となく分かるけど」
「それはどうして?」
「魔力を感じる力が強いんだよね、魔族は。人間にもたまに感の良い奴はいるけど、多くはないかな」
ただ感じ方には、種族の差や個人差もあるらしく、色で見えたり皮膚感覚で感じたりと様々だそうだ。
「人間と魔族って何が違うの?」
「簡単に言えば、魔力量と寿命、あとは生殖能力」
魔族は総じて魔力が多いらしい。魔族の中にも色々な種族があり、多岐にわたる。寿命が長いかわりに生殖能力は人間より低い。ドワーフ、エルフなども似た様な物らしい。獣人は寿命は人間と同じくらいで、繁殖能力も似てるが、魔力量は少ない。その代わり身体能力が高いらしい。ケモ耳モフモフかな?私は基本的に動物好きなので、いつか会いたいものだ。
「半魔、クロードみたいな人間と魔族とハーフとか、そういうのも合わせると結構な数がいると思うよ?」
「そうなんだ」
「まぁ、半魔は寿命は長くないんだけどね」
人間と変わらないのだとか。ほうほう、勉強になる。クロード様の寿命は人間と変わらないのか。
「エメリックは魔族だから寿命が長いんでしょ?」
「そうだね、今人間の16歳ぐらい見えてると思うけど、本当は35歳。」
かなり私よりお兄様なのですね、いや、さっき見たから知っているのだけれど。
「で、嫌なら断ってくれて良いんだけど、君の血が欲しいな。僕、吸血鬼族なんだよね」
エメリックはにっこり微笑む。うん、鑑定した時に見えたけど、そう言われるのは予想外だった。
「えっと、私の?」
異世界にはリアル吸血鬼がいるんだなぁと、感慨深い気分になる。血を提供すれば良いのよね?
「献血…みたいなもんか」
思わずポツリと呟いた。
「ケンケツって何?」
目をパチクリさせてエメリックは首を傾げる。どうやら耳慣れない言葉だったらしい。
「自分の血を提供するんだよ。助け合いの一環というか」
「へぇ」
不思議そうな顔をしているエメリックに、綾は説明を始める。
「手術をするときとかに使うんだよ」
「シュジュツ?」
「えっと、刃物で身体を開いて、臓器にある異常を切り取ったりするんだよ。その時に血が必要だから、助け合いで提供するのが献血」
「身体を開くって、裂いたままだと死ぬだろう?」
「その後、針と糸で縫い合わせるんだよ」
「怖っ!異世界怖い!」
プルプルと身を震わせるエメリックの反応に、綾は戸惑う。
「え、そ、そう?」
「ヤダ、聞いてるだけで痛い!それ拷問じゃないの!?」
「でも、手術中は麻酔するから大丈夫だよ?」
あれ?この世界の常識が分からない。この世界の医療事情は、綾の常識とは違うようだ。大丈夫だと言う綾の言葉を信じていないのか、疑わしそうな目でエメリックは綾を見つめていた。
「あー話が逸れたね。えっと私の血で良ければどうぞ?」
本題に戻ろう、そうしようと綾はエメリックに向き直る。
「本当に良いの?対価は払うよ?」
「対価…う〜ん普通はお菓子とか飲み物が対価なんだけど…。さっきみたいに色々教えてくれたら嬉しいかな」
「それだけじゃ不十分だよ。他には?」
今したいことを綾は思い浮かべてみる。
「他?えっと、それじゃあ、乗馬を教えて欲しい!魔法も習いたい!」
「交渉は成立だね!俺が、教えてあげるよ!」
二人は固い握手を交わしたのだった。
「ふふふ、綾気付いてた?敬語が取れてること」
「あ、本当だ」
どうも、エメリックの前では気が緩んでしまうらしい。未来の親友だから仕方ないよね!と綾は自分に言い聞かせた。
「エメリックには人たらしの才能があるのね」
「アヤにもでしょう?」
テーブルに置いた一輪のチューリップに視線をやりながら、エメリックは意味深に微笑む。が、綾はサッパリ意味が分からない。チューリップを貰った事に意味なんて見出せない綾は、首を傾げた。
「アヤって鈍いんだねぇ」
苦笑しながらエメリックは、チューリップを指先でつつく。綾に教えてくれる気はないらしい。
戻ってきたパメラは、仲良く話す二人の様子に目を細めていた。
「疲れたでしょう?今日はゆっくり寝られそう?」
「あ、はい」
綾が寝不足なのは、パメラにはお見通しだったらしい。気遣いに感謝しつつ、会話をしたことで、綾は少し心が軽くなっているのに気付いた。
優しさに心が癒されたことを実感して、ほんわかと胸が温かくなるような心地だ。早く働けるようになって、少しでも恩を返したい。
自分もこの地で根をはる花のようになれたら良いと、チューリップを見つめて綾は思った。