心配症な人々
「アヤ、この部屋に転移陣を設置しても良いか?」
帰り際に、クロードが綾に名残惜しそうに言う。
「転移陣って、使い捨てのものじゃないやつは、高いって聞いたけど…?」
なんなら、使い捨てのやつも、そこそこ高い。それは材料に魔石が必要だからで、使い捨ての魔法陣は粉状にした魔石の粉を塗料に使い、魔法陣を描く。設置式の魔法陣も、魔石を文字や記号の形に象嵌して床に埋め込むので、手間がかかる上に原材料の魔石が多く必要になるのだ。マーレや、領城の魔法陣は大きな物や複数の人を運ぶので、大きさもある。材料のに使われてる魔石の量も相当だろう。
「ああ、騎士達が携帯している簡易的なものは一回限りの使い捨てだが、設置式でも一人用の小型な物だから場所も取らない」
「クロードが設置したいなら良いけど…」
「値段も気にしなくて良い。自分で森で狩ってきた魔物の魔石だから、腐るほどある」
「…え、狩って?」
そんな、ドニが裏の畑で野菜引っこ抜くみたいな感覚で?いや、ドニやマーサも食べたい魔物肉、森で狩って来るな…。もしかしてコレって普通の事!?ちょっと常識が分からないから、普通の事だと思おう…そう思った綾だった。
「それに自分で作ったから、お金はほとんどかけてない」
「そっか。好きにして良いよ」
常識が分からないからもう良いやと、綾は頷く。
「実はもう用意してあるんだ」
「え!?」
綾は目を見開いて、クロードを見つめる。クロードは少し照れながら、マジックボックスから厚さ3センチ、50センチ角の平たい石板を取り出した。もちろん人一人が使える魔法陣が刻んである。
「部屋の角に置いても良いか?」
「うん」
クロードは、綾の部屋の角にその石板を置いた。移動も可能だそうで、別の場所に置いても大丈夫だとクロードは言う。この石板は対になっている場所に移動するだけのものなので、手紙用の小型転移陣の様に他に応用出来ないと説明された。
「いつから用意してたの?」
「収穫祭の夜から準備し始めた。気が早いって笑うか?」
綾の様子を伺いながら、恥ずかしそうに言うクロードの様子が可愛くて、綾は思わず目の前の愛しい存在に抱きつく。合同演習の準備などで忙しいはずなのに、綾のために時間を割き用意してくれたのが、何より嬉しい。
「ううん、嬉しいよ」
もう一度抱きしめあって、クロードはその転移陣から帰って行った。
繋がっている先は、クロードの寝室だそうだ。…そこに行くのはいつだろうか?と考え、綾は一人赤くなった頬を手で扇ぎ、熱を覚ました。
次の日は休みの日にも関わらず、身支度を済ませたタイミングで、部屋にノックの音が響いた。
「はい、どうぞ?」
綾の部屋に来る人は限られているので、ドアに魔力登録している人ばかりだ。てっきりいつもの誰かだと思ってそう声を掛けたのだが、ドアが開かれて目を見開く。そこには四人の人が居たからだ。
まずソフィアとパメラ、エリスにエメリックまでいる。皆が綾を凝視しているのは、気のせいだろうか!?その眼光の鋭さに、綾はたじろぐ。
「………あの、どうされましたか?」
恐る恐る綾は問いかける。
「………杞憂だったわ」
数秒の沈黙の末、そうはじめに口を開いたのはソフィアだった。そして他の皆も、安堵の表情になる。何が一体どうなっているのか?と綾は首を傾げることしか出来ない。
「立ちっぱなしも何ですので、中へどうぞ?あ、靴は脱いでくださいね」
そうしてゾロゾロと入って来た四人に座るよう勧める。ソフィア以外はこの部屋に来た事があるので、慣れたものだ。ビーズソファー以外にも普通のソファーもあるので、皆は適当に座っている。
「あら、これがチェスターの言ってたビーズソファー?」
目敏くそれに気付いたソフィアに、クロードと似ているところを見つけて、綾は頬が緩んだ。
「どうぞ、お座りください。クロード様も気に入ってらっしゃいましたよ?」
「………クロードは、紳士だったのね」
ソファーに座りながらソフィアは、そうポツリと呟いた。
「はい?はい…」
いまいちソフィアに何を訊かれているのか分からず、綾は曖昧に返事を返す。
「いや、今日アヤさんにコレを渡そうと思って…そうしたら、他の皆も同じものを持っているじゃない?考えてる事が一緒で驚いたけど、それはアヤさんを思っての事だから………悪く思わないで欲しいのだけれど…」
緑色の小さな小瓶の中で、液体が揺れている。薬瓶に見えるが、何の薬だろうか?
「これは後で飲む用の避妊薬なの…」
「…避妊薬?」
綾は顔に熱が集まり、居た堪れない。そういう事をした後だと思われていたという事で、それがもの凄く恥ずかしかった。
「48時間以内に飲むと、事後であっても効果発揮されるもので…」
どうやら、アフターピルみたいなものらしいと綾は納得したが、恥ずかしさは消えない。
「えっと、使う事があるかもしれないから、一応渡しておくわね」
そうして綾は4本の小瓶を受け取ったが、本当に居た堪れない。
「クロードだから、大丈夫だと思ったんだけど、一応念の為?だからね」
エメリックが言う。
「そうよ?男は狼って言うじゃない?大丈夫だとは思っていたのよ?でも、ほら…盛り上がる事って、あるからね」
エリスのそれは、体験談なのだろうか…アルフィーに対する見方が変わりそうだ。あんな人畜無害そうな顔をしていて、豹変するのだろうか…。
「クリストフの時は、メルヴィルが凄かったのよ…だから、私も念の為にね…」
パメラは、綾もだが、クロードの心配もしていたらしい。そう言えば、地獄の訓練ってクリストフ様が言っていたような?と綾は思い出しながら頷く。
そうして少し寛いだ後、皆はそれぞれ帰って行った。綾は緑色の小瓶を見つめて、コレは愛ゆえなのだと、頬を緩ませる。
「私って、愛されてるなぁ…」
恥ずかしい事には変わりはないが、何だか胸に温かいものが広がった綾だった。