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チェスターのお節介

 「こんにちは。アイゼン商会ですが、ご入り用の物は有りますか?」

 そう言って現れた男は、いつもの様子で皆ににこやかに微笑む。キッチリとセットされた灰色の髪とサファイアの瞳、50代には見えない若々しい艶のある肌は、年齢を重ねた夫人達から賞賛と嫉妬を浴びるらしい。

 チェスターという彼の名は、ウラール地方では知らぬ者はいないほどの有名人である。それにもかかわらず、気さくでこの領城に勤める末端の使用人に至るまで、ほぼ全ての人物を網羅しているとの噂だ。

 各部署ごとの仕事の忙しさなどを把握しているのか、取り込み中には来ない。今日も休憩時間に訪れているあたり、その時間を狙っているのだろう。


 ウラール地方官吏見習いであるマリアンは、侯爵家の三女で艶やかな赤髪の令嬢である。侯爵家とはいえ、高位貴族は容姿が優れた者が多いが、マリアンも容姿には自信があった。少し吊り目気味の目元もエメラルド色の瞳も、艶のある波打った赤髪も、自分では気に入っている。金髪でも青い目でもないが、過去に遡れば異世界人の血を引いている家系であり、その色が濃く出たのも自慢だ。

 官吏という身分は、平民も貴族も平等になれるが、平民が多いのはウラール地方官吏ならではだろう。完全実力主義が、ウラール地方の気質であることは確かだ。それは元々騎士から武勲を上げて成り上がった者達が、叙爵されてウラール地方を治めているからである。ウラール地方の貴族の纏め役であるバドレー侯爵家も、同じ気質を備えている。

 マリアンは、魔法学院で先輩だったクロードに憧れてウラール地方官吏の試験を受け、合格してここにいるのだ。婚約者探しは、男女共王城が一番人気ではあるが、地方官吏もそれなりに人気がある。ただマリアンはクロードだけが目的だったため、迷わずウラール地方官吏を選んだのだ。

 はじめ平民の上司に慣れなかったが、一年近く過ごしているうちにようやく慣れた。要は、仕事さえキッチリしていれば、評価されるのだから。

 ただ思っていた以上に領主のクロードと接触がないのが、不満ではある。他の地方だと縁を繋ぐために、官吏の貴族同士や、領主に招かれて茶会などがあると、マリアンは先輩達から聞いていたからだ。ウラール地方官吏は完全実力主義なので、その手の貴族優先の会合は存在すらしないらしい。ただ、出世すると領主への接触は増えるのだという。先の長さにウンザリする今日この頃だ。


 特にこの春から噂になっている黒髪の女性は、今一番クロードと距離が近いと言われていて、マリアンは面白くない。南国の出身らしく、黒髪で背が低い。可愛いと騎士が噂しているのを聞いて、更にマリアンは面白くない。

 先程じっくりと見た顔は、可愛いというよりも凛とした美しさがあって、目を引く魅力があった。漆黒の艶やかな細い髪は、絹糸のように滑らかで思わず触りたくなってしまう衝動に駆られる程だ。痩身だが女性らしく丸みのある身体は、決して子供ではなく成熟した大人のものだ。平民だが、所作も美しく、礼儀正しい。

 唯一マリアンに勝てる要素があるとすれば、身分と魔力なのだろうが…何故だろう?王族や公爵家の者に感じる魔力の圧みたいなものを、彼女に感じたのだ。魔力を感じる能力は異世界人だった先祖の名残だと言われていて、マリアンの親兄妹も能力差こそあれ、皆持っている。マリアンは近付けば何となく分かるくらいで、兄や姉達の方が能力が高いが、何となくでも重宝する事が多い能力なので気に入っていた。一度だけソフィア様をお見かけした時は、その圧倒的な魔力量に目を見張った。王族など足元にも及ばない規模だったからだ。…昔は魔族と戦争していた歴史があるのは知っているが、アレは規格外だ。無謀にも程があると、その時マリアンは感じたのだった。


 少しでも溜飲が下がれば、マリアンは満足だったのだろう。たまたま見つけた黒髪の女性に声を掛けて、少し困らせてやろうと考えてしまった。

 その直前の同僚との会話で、赤髪の小柄な女とクロード様が、お忍びで収穫祭を楽しんでいたと聞いたからだ。マリアンではないか?と揶揄われて、即座に否定したが…思い浮かんだのは黒髪の小柄な噂の人物だった。自分が欲しくて堪らないものを、何の苦労もせずに手にしている者への、嫉妬がそこにはあったのだと思う。

『…だから、片方にだけ負担がかかる関係は、長続きしないんじゃないでしょうか?』

 澄んだ漆黒の瞳からは悪意は感じられず、純粋な心配だけがあった。マリアンは自分の嫌がらせが酷く稚拙なものに感じられて、思わず早足でその場から逃げたのだ。

 残ったのは、虚しさと後悔だけだった。思い返してみても、馬鹿なのは自分自身だったのに…。


 マリアンはチェスターと視線が合った気がして、首を傾げる。新人と御用商人の接点はそれほどない。先輩方と、チェスターは世間話に花を咲かせていて、気のせいかと思った瞬間、会話が耳に入って来た。

「………新人で、まだ城内に慣れない者がいるみたいですね?他の所属の職員相手だったから良いようなものの、外の者なら非礼に当たると思いますよ?」

「あら、恥ずかしいわ。まだ城内の部署の位置すら把握していない者がいるなんて…指導を徹底させましょう」

 先輩職員とチェスターとの会話に、背筋が凍りつく。チェスターの話している話が、マリアンを指している事は、明らかだったからだ。

「いえいえ、貴女の指導力の問題だとは思っていませんよ。勘違いしただけでしょうし…」

「それでも、間違いは正すべきですわ。基礎の叩き込みをもう一度しましょう…」

 先輩の瞳は、使命感に燃えている。

「その新人の特徴は…?」

 先輩の問いかけにマリアンは青褪めていたが、表面上は優雅に紅茶を飲んでいるように見えるはずだ。

「さあ、特徴まで聞いていませんので…」

 チェスターの話は多分嘘で、きっと自分だとバレているのだと、マリアンは確信した。目立つ赤髪を認識していない方が不自然だ。そして、赤髪の新人は自分しかいないのだから…。そしてマリアン達ににっこりと笑いかけて、チェスターはその場を立ち去った。

 脱力感が襲うが、それを表に出してはいけないと、マリアンは自分に言い聞かせる。


 …明らかな牽制…チェスターは、黒髪の女性の見方だと、態度で示している。マリアンは自分に勝ち目などないし、彼に睨まれたら終わりな気がした。


 その後、もう一度基礎から学び直され、涙目になったが…マリアン自身はもう、クロードにアピールする事も、黒髪の女に嫌がらせをしようという気にもなれなかった。


少し遅くなりました。申し訳ない!

ではまた⭐︎あなたが楽しんでくれていますように♪

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