それぞれの思惑4
最後に残していた騎士団に行ってくるという、綾の背中をチェスターとジョフは見送る。後ろで一つに括った黒髪が揺れて、ドアの外へ消えるまで何となく無言でいた。
ウラール地方騎士団団長ガーランドと副団長のロスウェルは、綾と顔見知りらしいので、余計な心配いらないだろう。
「彼女が次期侯爵夫人ですか…」
綾が執務室の外へ出たとたん、ぽつりとジョフが呟いた。
「勘の鋭い者なら、分かるでしょうね」
チェスターは頷き、ジョフに笑いかける。
「本人は分かっていなさそうでしたけど、城内の重要人物と次期侯爵夫人を対面させる為のクリストフ様の配慮でしょう?」
「そうでしょうね。必ず宛名の人物に届けるようにと言われたと、アヤさん自身が言っていましたし」
逃すつもりがさらさらないクリストフの対応に、チェスターは苦笑いが漏れる。それとも、クロードへの援護射撃のつもりだろうか?アレでクリストフは子供思いなのだが、普段の言動から鬱陶しがられているので、気の毒かもしれない。男親とは、自分も含めそんなものなのかもしれないが。
「…父上は、新人職員の話、どう思いましたか?」
防音魔法が効いている執務室内ではあるが、ジョフは声を潜めた。
「ちょっとした嫌がらせ…なのでしょうね。新人とは言え、一年近く勤務しているのに、見当違いの場所に案内するのは、どう考えても不自然でしょう?」
「私も、同じように感じました。クロード様は、まぁ…顔は良いですから。その新人職員のご令嬢が夢中になるのも分かりますけど…でも魔力が釣り合わない時点で、普通は諦めませんか?それとも、はじめから愛人狙いなのでしょうか?」
真面目なジョフは首を傾げているが、気持ちというのは抑え込めない場合もある。
「まぁ、働きに出る令嬢は婚約者探しが多いですが…恋とは人を盲目にしますからね。どんな形でも良いと思う女性もいるんでしょう。そうそう、クロード様は顔だけじゃなくて、性格も良いと思いますよ?揶揄うと、跳ね返るような素直な反応が、実に素晴らしいですね」
「領主様に対して、何言ってるんですか…。揶揄った後の素直さを褒めるのは、家族の前だけにしてくださいよ?」
「もちろん、弁えていますとも!」
ジョフは懐疑的な視線で、チェスターを見る。実の父親に対して、酷くないだろうか?とチェスターは思ったが、普段の行いの結果だと素直に受け止めた。
「それより、新人は放っておいても、大丈夫でしょうか?」
眉を顰めて言うジョフは、結構心配しているらしい。おや、アヤさん気に入ったようですね…とチェスターはにんまりとした。
「一応釘は刺しておきますけど、話を聞いた限りだと大丈夫だと思いますよ?」
「何故です?」
「その新人と違って、アヤさんには魔力差の障害はないですし…アヤさんの身分が平民だから、当てつけのつもりで言ったのでしょうけど、逆に心配されては…ねぇ?」
「まぁ、頭は冷えるかもしれませんけど…逆効果という場合もあります。黒髪の令嬢が、クロード様と親密な関係だと、知っている者は知っている状況ですし…赤髪のウイッグに騙される者ばかりではないのは、想定内ですが…さてどうなるのでしょうね?」
「何が起こっても、アヤさんの味方は沢山いますからね。大丈夫でしょう」
「そうですね。養殖真珠以外にも、色々アイデアがあるかもしれませんし、もちろん私も味方しますけど?」
異世界の知識は、誰にとっても魅力的ではあるが、綾の性格がジョフを味方に付けたのだろう。
「ウラール地方営業部、部長らしい応援の仕方ですね」
「父上も、アイゼン商会会頭らしい応援の仕方でしょう?」
「利がある方に付くのは、商人の性なので」
赤髪の令嬢には悪いですが、全力でアヤさんとクロード様の応援をしましょうか。
「アヤさんとクロード様には、媚薬とか、精力剤とかはまだ早いですかね?」
閨の道具もあるけれど、カタログだけでも置いておこうか?クロード様が真っ赤になって、怒る顔が見られるかもしれないと、チェスターはニヤける。
「………父上?駄目ですよ?婚前交渉を唆しては…」
昔とは違って、今は貴族においても自由恋愛が多くなっている。それは魔力の質で、誰の子か簡単に分かるからではある。婚約者が決まっているのは、高位貴族の嫡男や嫡女ぐらいだ。女性は結婚するまで処女を貫く必要はないけれど、結婚前に子が出来るのは、はっきり言って体裁が悪いのは確かだ。
「クリストフ様は、平気でしてましたが?」
「メイナード様の生まれた年を考えれば、そうなのは知ってましたけど!アレは魔族と人族の間だと子が出来にくい性質があったからで…」
「ただのスケベ心の言い訳に、決まってるじゃないですか…」
誰もが、感じていながら口に出さずにいる事を、ズバリとチェスターは言い切った。
「言わぬが花という言葉を覚えてくださいよ!本当に、家族以外には、言わないでくださいよ!?」
「もちろんですよ」
信用ないなぁ………と思いつつも、日頃の行いから口を噤んだチェスターだった。