それぞれの思惑2
「チェスターさん!今日は、領城内にいらっしゃったんですね!」
綾は見知った顔を見て、笑顔を返す。御用商人でもあるチェスターは、バドレー城によく出入りしているが、今日もそうらしい。
「ええ、今日は野暮用で来たんです。マーレで会った振りですけど、アヤさんはお元気ですか?」
「はい!元気です!チェスターさんもお元気そうですね」
「はい、元気ですよ。ふふ、ちょっと面白い噂を聞いたので、領主様を揶揄いに…いえ、色々要りようではないかと思って」
今うっかり本音が漏れてましたけど!?そこは突っ込まず、綾は地図に視線を走らせた。その噂が綾が絡んだものだとしたら、突っ込まれたくないからだ。
「アヤさんはどこへ行かれるんです?こう言ってはなんですが、私は城内は詳しいですよ?」
「確かに…チェスターさんなら大丈夫ですね」
「…?何が大丈夫なんですか?」
チェスターは不思議そうに、首を傾げた。
「いえいえ、大した事ではないんですけど、地図を頼りに届け物をしていたら、その場所を案内してくれるという、若い女の子の職員がいて…頼んだら見当違いの場所を案内されてしまって…」
案内された場所が遠くで、それで大分時間をロスしてしまったのだ。
「おやおや、どこの所属のものでしょう?特徴は?」
「制服を着ていましたが、白いタイだったので…所属は分からないです。赤毛で若い美人な子でしたけど」
タイは所属を表すもので、色分けされている。彫金棟なら濃い紫色だ。
「ああ、白いタイという事は、見習い期間の新人ですね」
チェスターの話によると、新人は一年間は見習いの白いタイを身に付け、色々な部署で仕事をさせて、適正を確認された後合う場所に所属替えになるのだという。見習い期間中なら、間違うのも仕方ないかも知れない。ちょっと綾の運が悪かったのだろう。
「私、見習い期間なかったですけど?」
「アヤさんの場合は技術職ですから、そういう場合もあります。それに、よそに取られたくなかったんでしょうね、クリストフ様が」
そう言ってチェスターは笑った。それにつられて、綾も笑う。クリストフがそう思ってくれていたのなら、綾も嬉しい。
「営業部へ行きたいのですが、この方向で合ってますか?」
「ええ、私もついでにそこに行きましょう。知り合いもいるので」
「ありがとうございます!」
綾は頭を下げて、チェスターと一緒に歩き出す。
「その書類を持って、各部署を回っているのですか?」
「はい、重要なものだから、絶対に対面で渡すようにと、クリストフ様に言われていて…」
綾は手元の封筒を差し示した。
「なるほど、なるほど。顔を覚えるようにっていう、配慮ですね…もう、そこまで…なるほど」
顎に手を当て、何やら一人で頷きながら納得しているチェスターを、綾は不思議そうに見つめた。
「チェスターさん?」
「いえいえ、お気になさらず、悪い癖なのですよ。考えてる事が気を抜くと口から漏れてしまって。商人としては、致命的ですね」
さして気にした風でもなく、チェスターはおどけて見せた。
「チェスターさんほど、商人に向いてる方はいないと思います!」
綾は、マーレでその手腕を見ているので、心からの褒め言葉だ。
「ふふ、嬉しいお言葉ですね。アヤさん、これからもよろしくお願いしますね」
「はい、こちらこそ!」
なぜか握手をして笑いかけるチェスターを不思議に思いながらも、綾は笑顔をかえす。
それから営業部に行ったら、チェスターを見て驚いた顔の男性に綾は紹介された。ジョフと名乗ったその男性は、チェスターと同じように、クリストフからの届け物を渡すと、何か納得したように頷く。その様子がとてもチェスターに似ていると、綾は思った。
「ふふ、実は私の息子なのですよ、アヤさんとは長い付き合いになると思うので、仲良くしてやってください」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
営業部の責任者が、チェスターの二番目の息子だと知って、綾は世界は狭いと感じたのだった。