エメリック2
優雅にジュースを口に含んで、サンドイッチをつまむ未来の親友に目をやる。
貴族ではないとエメリックは言っていたが、顔も整っているし所作が綺麗なので、綾にはどう見てもいい所のおぼっちゃまに見える。そうエメリックに言ってみると、この国の貴族ではないと笑顔で意味深な言葉を言われた。
「…もしかして、クラデゥス帝国の貴族とか?」
「ふふふ、当たり!って言っても、父が現役だから爵位を継ぐのは百年以上先だと思う。こう見えて由緒ある旧家の生まれなんだよ」
「ヒャ、百年かぁ!まだまだ先だね」
「そう、アヤが生きてる間はこの国にいると思うよ」
ニコニコ笑顔のエメリックは、将来の長い時間経過をいとも簡単なことの様に言ってのける。おそらく時間の感覚が、人間のそれとは違うのだろう。ただ、それは純粋に嬉しい気分で、ほんわかと心が温かくなるような心地がした。
「…私、この世界の種族同士の軋轢っていうか、その経緯を教えてもらえて嬉しかった。そして、それを初めて聞いたのがエメリックからで良かった」
「そう?どうして、そう思ったの?」
ガーネットの双眸が真っ直ぐに綾を見詰める。
「例えば王国の人間から初めて話を聞いていれば、こんな風に思う事も無かっただろうから…。だって自分達に都合の悪い部分って隠すでしょう?」
綾のこの国の中枢に対する不信感は健在なので、どうしても評価が辛くなってしまう。
「そうだね。間違いなく、正しい歴史は教えてもらえないと思う。自国に有利に改ざんするなんて、どこの国でもやってる事だから、悪いとは言い切れないんだけど」
「もしかして、知らない人の方が多い?」
「うん、残念な事にね。だから魔族は、長い間人間の敵だったんだよ…」
きっとお互いに、痛ましい出来事が多くあったのだろう。細められたエメリックの瞳は、悲しげな色を宿していた。
「今は、違うんでしょう?」
少し沈んだ空気をどうにかしたくて、綾はエメリックのガーネットの瞳を覗き込む。
「表向きはそうだね。でも緩やかに変わっている最中だから…」
「わだかまりが、無くなる時がきっと来るよ。エメリックだったら見届けられるかも」
殊更明るい口調で綾は微笑む。なんせ、寿命が人間の五倍もあるのだから。
「そうだね。寿命が長いのも、悪いことばかりじゃない」
エメリックはふっと微笑んだ。
「私は職人だから、羨ましいよ」
技術の蓄積は力だ。時間があれば、名工と呼ばれる一握りの人間になれるかも知れない。無いものを得られる訳は何のだから、綾は短い生の中で足掻くしか無いのだろうけれど。
「ああ、綾は彫金師なんだよね。俺もそうだよ?職場も一緒だから、よろしくね!と言っても、雑用もこなしてるから、ずっと工房に居るわけじゃないんだけど」
「エメリックも職人だったんだね。羨ましい。で、雑用って何?」
「う〜ん、諜報活動を少々、それから騎士団の助っ人とか。有能で小回りが効くから、こき使われてるよ」
苦笑いで答えるエメリックだが、綾ははっと気付いた。
「あ〜、明日は荷物持ちかも?」
「え?」
「パメラさんとエリスさんが、買い物にエメリックを連れて行こうって言ってた。私も一緒」
「ああ、なるほどね。護衛も兼ねた荷物持ちってところかな」
「護衛だなんて、大袈裟じゃない?」
たかが買い物なのに護衛付きだなんて、綾の常識が納得出来ないと言っている。
「アヤ、気を付けるのは、魔力の多い人間の女性でも同じなんだよ?」
「へ?」
「魔力の多い女性は狙われやすいんだ。エルフや魔族の女の子だけじゃなくて、人間でもね」
「狙われるって、誰に?」
「特権階級、まぁ貴族だね」
「貴族?」
「魔力の多い女性は、魔力の低い男には子供の魔力を上げる為に狙われるし。魔力の高い男には魔力の高さを維持するために狙われる」
世の中には人を攫ってまで、魔力を維持したり上げたりしたい輩がいるのだとエメリックは説明する。権力を使って強引に婚姻関係を結ぶものもいるし、良くて軟禁、悪くて監禁なのだと聞かされ、背筋がゾワゾワと鳥肌が立ち、綾は思わず腕をさする。
「逆はどうなの?」
「魔力の高い男と魔力の低い女性は魔力の釣り合いが取れず、子供を授かったとしても子供の魔力に母体が耐えきれず、負担がかかり過ぎて最悪母親は命を落としたり、死産や流産になる確率が跳ね上がるんだ」
「愛人関係なら、魔力を気にしないけどね」
「えっと、半魔のクロード様は?」
確か独身だった筈だと綾は考えながら、エメリックの答えを待つ。
「魔力の高い男ほど、伴侶探しは大変なんだよ」
魔力の釣り合いが婚姻に関係するなんて、貴族は大変だなぁと、他人事の様に綾は考えていた。
「アヤだったら、クロードと釣り合い取れそうだけど?」
エメリックの思わぬ言葉に、綾はポカンと目の前の人物を見つめ返す。
「へ?ヤダ、何言ってるの?そんな事あるわけ無いじゃない」
そう言えば、最悪騙されて売り飛ばされるって言われたな…。それはこんな意味だったんだと、今更ながら綾が納得していると、エメリックが心配そうに念を押す。
「この領城内は許可を得た者しか入れないから、まず安全だけど、一歩城塀の外出たら気をつけるんだよ?一人で出歩いたら駄目だからね?」
大きく首を縦に振って、綾は頷く。監禁も軟禁も全力で遠慮したい綾だった。