アンクレットの意味
収穫祭が終わって数日後、日常が戻って来た。とはいえ、いつもは収穫祭が終われば落ち着く町の喧騒も、もう一つのイベント、合同演習があるので、どことなく浮き足だった雰囲気が漂っている。それは領城内でも同じで、むしろ騎士団などはそこが本番とばかりに、気合の入った訓練に明け暮れていた。
騎士たちの訓練の声が、彫金棟の窓を開けると聞こえてくる。朝、空気の入れ替えの為に窓を開け、部屋の掃除していた綾は、友人になった女性騎士を思い浮かべた。
「アンナとシンディも、頑張ってるんだろうな…」
アンナとシンディは、マーレ勤務が終わり、領城勤務に戻っている。頻繁に会えるようになって嬉しい綾だ。
相変わらず綾は忙しい日々を過ごしている。冬の社交シーズンに向けての注文も、多くなってきているのだ。仕事以外にも、魔法やマナー、歴史の学習にダンスまでやっているが、勉強自体は楽しいので苦にはならない。
「早く朝食、食べに行かないと…」
掃除と言っても、浄化魔法で綺麗になるので、掃除道具も要らない。本当に便利だと綾は思う。ただ平民だと、掃除に浄化魔法は使わないらしい。光魔法自体が貴重な上、魔力量自体も少ないので、普通に掃除するらしい。そりゃそうだ。魔道具の方が魔力消費量が少ないので、それらを使うのが一般的だとか。
綾は身支度を整えると、階段をゆっくり降りる。駆け降りたらパメラやエリスのチェックが入るのだ。どうやって知っているのか謎だが、知らない方が良いこともあるだろう、うん。
「おはようございます!マーサさん、ドニさん」
厨房に繋がるカウンターの前で、綾は二人に声をかけた。
「アヤさん、おはよう。運ぶから座ってね」
今日は一番乗りだった綾だが、すぐに他の皆もやって来るだろう。そう思って腰掛けたところに、眠そうなガーネットの目を擦り、欠伸をしながらエメリックがやって来た。
「おはよう、エメリック」
「おはよう、アヤ」
「あ、エメリック、付与魔法ってアクセサリーにする場合、魔法陣を刻むのは石の方が良いの?金属の方だと効果薄れる?」
「相変わらず、真面目だなぁ」
エメリックは呆れたように、そう言った。
「ち…違うよ?個人的な贈り物だから…仕事じゃないし!」
「へぇ、誰に?」
「………ク、クロード様…です」
「噂は知ってたけど、やっぱり付き合うことになったんだ?」
「うん。で、噂って?」
「町で、大騒ぎ。領主様のお相手は誰だ!?ってさ!」
「…私だって、バレてるの!?」
「いや、赤髪の女とだけ情報が出回ってるけど」
綾は、エメリックの言葉に安堵した。町に行けないのは、さすがに困るのだ。
「普通は、男から渡すんじゃないの?」
「クロード様も、ネックレスとアンクレット贈ってくれるって…だからお返ししたいし…」
もじもじしながら綾が答えると、エメリックが目を見開いた。
「アンクレットも?へぇ、そこまで本気なんだ?」
エメリックの言葉が不思議で首を傾げていると、料理を運んできたドニがドヤ顔で言った。
「やっぱり、クロード様はムッツリだな!」
ドニの言葉に疑問符を浮かべる綾に気付かず、ドニは納得顔で頷いている。
「え、何か意味があるの?」
「ああ、綾は知らないのか。アンクレットは普段足を隠す女性が着けても、見えないだろう?」
「確かに、そうですね」
そう言えば、この国は足を露出しない文化だったな…と綾は思う。
「アンクレットを着けた姿を見られるのは、家族や恋人だけだ。ここまで言えば分かるか?」
「えっと、見えないオシャレではなく?」
「…アヤは鈍いな。足を見せるのは、閨を共にする相手って事だよ!」
呆れ顔のドニの言葉に、意味を理解した綾は、途端に真っ赤な顔になる。
「………え、え!?そんな意味があったんですか!?」
誰か教えておいて欲しかった!と綾は、頭を抱えた。
「恋人に渡すのが一般的だな」
うんうん、とドニは頷きつつ、マーサから受け取ったジュースを、テーブルの上に置く。マーサが、若いって良いわね!と可愛らしい笑い声を立てた。綾は卓に突っ伏したい気分だったが、目の前に料理があるので出来ない。
「いやいや、それは平民の感覚だろ?貴族はもっと意味が重いぞ?簡単に見えない場所だから、そのアクセサリーはもしもの時、奪われにくいんだ。魔法が付与されたアンクレットは女性を守るものでもあるし、実質プロポーズの意味になるんだよ…」
エメリックがソーセージをフォークに突き刺しながら、説明してくれる。
「プロポーズ!?」
今日一番の衝撃に、綾の思考が停止した。…そこまでの意味があったとは知らず、簡単に返事をしてしまった綾は、狼狽えてしまう。
「いや、でも…そんな事言われなかったし………もっと軽い意味かもしれないし…」
ドニが言ったように恋人同士のやり取りなら、綾も恥ずかしいながらも許容範囲なのだが、プロポーズとなると意味合いが大きく変わってしまう。そもそも、この国の貴族身分にある人間が、本人同士だけで結婚という重要な事を決めることはない気がする。
「あのクロードが、軽い気持ちで訊くとは思わないけど?」
「…でも、そんな重要な事…簡単に決められないでしょう?他の人達に反対されるかもしれないし…」
「アヤ、君の存在は領主一族全員知っているし、クロードと魔力が釣り合う女性は貴重なんだ。何なら囲い込まれる寸前なんだけど、自覚ないの?」
エメリックが、呆れたようにそんな事を言う。
「アヤはしっかりしている様で、抜けてると言うか…鈍感と言うか…」
「だって私は庶民だし…魔力量があるとは言え、身分平民なのに?」
綾は自分が大切にされている自覚はあるが、それは異世界人の保護と言う意味合いが強いと思っていた。
「それこそ、どうにでもなる問題だよ。マヴァール公爵に養女にしても良いって言われてたじゃないか」
「え!あれって、そこまで含んでの提案なの!?」
「アヤって鈍いな?」
ドニまでそんな事を言う。
その日の朝食を綾はしっかり食べたものの、考え事のせいで味が記憶に残らなかった。