クロちゃんの助言
シリウスが、クロちゃんと戯れている様子を見ながら、クロードはシリウスに話しかけた。
あの秘密の集まりの後から仕事が手に付かず、アルフィーに執務室を叩き出されたのだ。心配事が決着するまで戻って来るな!と言われてしまっては、クロードもモヤモヤと向き合うしかなくなる。そこで転移してマーレの屋敷までやって来ていた。
「本当に、例の男に何もしていないのですか?」
「ああ、何も」
簡潔なシリウスの言葉を聞いて、クロードは落胆した。叔父の性格なら、身内認定した者の敵には、容赦しないであろうから。その叔父が何もしていないなんて、本当に信じられない。
「そうですか…」
「不服そうだな」
くつくつと笑いながら、シリウスはクロードを慈愛に満ちた表情で見る。叔父は時々、こういう顔をするのだ。幼い子供を見る様な眼差しが、いい大人であるクロードに向けられるのは納得出来ない。年齢差を考えたら当たり前なのだが、子供扱いは切実にやめて欲しいところだ。
「心配しなくても、奴は『堕ちる』」
「………それはどういう意味なのです?」
「そのままだよ。立場、地位、金、人、ありとあらゆるものが手からこぼれ落ちる。チラリと覗いて見たけれど、反省もしていないようだったし確定だろう。あっちの神は結構人間に不干渉だけれど、気紛れに手を差し伸べる事もある。だが、彼は無理だな。神に好かれる要素がない。多分坂道を転がり落ちるように…『堕ちる』ね」
確信に満ちた金色の瞳が、クロードの方に向けられる。
「…因果応報ですか?」
「まぁ、そうとも言う」
シリウスの言う不確かなものでは到底納得出来ないが、クロードは不満を飲み込み一つ息を吐く。
二人の話を、聞いていたクロちゃんが、不思議そうに首を傾げた。
「シリウスの『何もしていない』は、手を下していない…という意味だろう?嫌がらせは何かしたうちには、入らないのか?」
クロードは波打つ黒髪の美少女の漆黒の瞳を見つめながら、ギョッとした顔をした。嫌がらせ?と疑問に思い、シリウスを見ると苦笑いしている。
「…ちょっと悪夢を見せるくらいの可愛いものが、『何かした』内に入る訳ないだろう?向こうの神も、黙認してくれたしね?」
悪夢…か。精神的に追い詰めるのは、叔父の中では『何かした』内には入らないらしい。
ほんの少しだけ、モヤモヤが晴れたクロードは執務に戻ろうと踵を返しかけるが、思い止まってシリウス達を振り返る。
クロードは、シリウス達との秘密の集まりを経て、綾との距離感に悩んでいた。その事で助言が欲しかったのだ。
「やっぱり、他人の色を纏うのって、抵抗があるものでしょうか?」
綾の過去を聞いて二の足を踏んでいるクロードは、綾に自分の色の宝飾品を身に付けさせるのを、躊躇っていた。綾の夜会への出席は決まった事とはいえ、無理強いはしたくないのだ。
「相手による、としか言えないな?クロはどう思う?」
シリウスが、面白そうにクロに問いかけた。
「ウジウジ悩んでるくらいなら、相手との距離を縮める努力をした方が建設的じゃない?」
可愛い見た目に似合わず、バッサリと言い切るクロは、他人の話を盗み聞きするのが趣味なので、ある意味助言は的確だった。
「………………ソウデスネ」
クロードは数日後に迫った、収穫祭で綾との距離を縮めようと心に誓ったのだった。