密かな集まり3
「石田さん、俺変な夢見たんですよ!」
部下の彫金師が、頬を紅潮させて詰め掛けて来た。前は石黒綾の次に若かったのだが、彼女が辞めてから最年少に戻ってしまったのだ。朝一番に、挨拶すらすっ飛ばして彼は話し出す。
しばらく仕事場の空気は重く、暗いものだったのに、珍しく暗く無い。そして出勤していた皆も、彼の言葉に驚いた顔をした。
「夢?奇遇だな、俺も変な夢見たんだ」
今朝起きた時、自分は泣いていた。荒唐無稽な夢だったのに、弟子の石黒綾が笑顔で過ごしている夢だったからだ。明らかに地球では無い世界で、彼女は笑っていた。黒いドラゴンに乗ったり、アニメみたいな髪色の人物達と、楽しそうに過ごしたり…そして彫金師としてしっかり仕事をしている様子も…。ああ、俺との約束は、守ってくれているんだと思ったら、嬉しくて泣きながら目が覚めたのだ。
「あれは、異世界転移ですよ!!石黒は、今異世界に居るんですよ!!魔法使ってたし!」
彼は興奮して、鼻息が荒い。
「異世界…ドラゴン乗ってたからな…って、もしかして同じ夢?」
そうして綾がこんな事してたと話し、夢の内容が同じなのに気付いて、二人で顔を見合わせて驚く。
そこに他の皆も話に加わって来た。皆も同じ内容の夢を見たようだ。これは、偶然にしては、出来すぎている。
「私は、銀髪男の押しが弱いと思ったわ…」
「あー、石黒…鈍いとこあるからなー、銀髪男は前途多難?」
「上司の人さぁ、イケおじって感じで、石田さんと雰囲気似てると思った!」
そうやって、わいわいと話していると、昨日までの重苦しい雰囲気は消え失せ、久しぶりに皆が笑顔になっているのに気付く。
魔法がある世界なら………こんな不思議な出来事も、受け入れられる気がした。
シリウスは、集まっている皆を見渡しながら、異世界で見て来た事を話す。集まった皆は、それぞれ神妙な顔でそれを聞いていた。
「アヤいた国では、人一人がいなくなるだけで、大騒ぎになるらしいな」
シリウスが、ポツリと感想をもらす。
「平和な国な、証拠でしょう」
クロードは表面上は冷静な態度を貫きながらも、内心は荒れ狂っている様だ。シリウスはそんなクロードの様子をそっと伺う。シリウスも綾を傷付けた男は許す事が出来そうもない。だが綾を傷付けた彼の運命を知っているので、自ら手を下す事は無かったのだ。
綾がこちらに転移した事で、その男に殺されずに済んで良かったが、だからと言って気持ちが収まるわけでもないのだろうと、クロードの気持ちを想像してみて頷く。
それを知って、お前はどう動くのだろうな…とシリウスは、クロードの乱れた魔力を見て微笑ましく思った。
感情が動くのは良い事だ。感情に良いも悪いもないし、人を愛するのも、憎むのも自然な心の動きなのだ。人間は感情の生き物だから、それ次第で生き方まで変わってしまう。大事なのは、その感情に対して、どういう行動をするかであって、そこで品性が問われるのだと、シリウスは思う。
「お兄様、ちょっとしたお節介をしたのね」
ソフィアがシリウスを見ながら、口元を綻ばせた。
「ちょっとした夢を見せただけだ」
「魔力枯渇寸前でしたけれど?」
「異世界だと、魔法の行使が難しいのだ」
でも、もう、やりたくないな………。バケツで、魔力回復薬を飲むのは、勘弁してもらいたいのが正直な気持ちだ。用意周到と言うか、絶対面白がってやったに違いない妹に対して文句を言いたいが、ぐっと耐える。嫌がっていると、更にやられそうで怖いしな………。
シリウスとソフィアは長い付き合いなので、お互いの性格を熟知していた。
「叔父上、その男は放置して大丈夫なのですか?」
レナードが、眉を顰めてシリウスに疑問をぶつける。
「問題ない」
シリウスは、レナードに答える。
「その男は、罪に問われる事は無いかも知れないが、罪を犯した場合と同じ運命を辿るからだ」
「例えば?」
クロードが先を促す。
「例えば、牢に入る予定だったのなら、似た様な状態になるだろう。限られた人物としか、接触出来なくなる。沢山の人と接触したら、沢山の人の運命が変わってしまう可能性があるだろう?だから、世界がバランスをとるんだ。病気や怪我で動けなくなるとか…」
牢に入るより、辛い目に遭う場合もある。世界がバランスを取るために…どの様になるかはシリウスにも分からないが、その男にとって辛い現実になるのは明らかだ。
「………なるほど」
レナードも、クロードも納得した様子だ。
「この話を、アヤに伝えるかは、個々の判断に委ねる」
シリウスは、そう言って、この話を終了した。