エメリック
衝撃の事実に項垂れながら、心の中でクロードに文句を言いたい衝動を堪えていた綾は、取り敢えずフレッシュジュースを喉に流し込んだ。酒でないのが残念ではあるが、まだ昼間なので仕方ない。
「エメリック?会話に混ざりたいからって、順番を無視するのは良くないのではなくって?」
やんわりと咎めるパメラに、罰が悪そうな顔をしてガゼボの中に入ってきたエメリックは、テーブルを挟んだ綾の正面に立った。
「…ごめんね。名乗るのが先だった。俺はエメリック」
「綾です。初めまして」
綾は立ち上がり、頭を下げる。
「…俺自身は初めましてじゃないから、気軽に話しかけちゃったけど、驚かせちゃった?」
そう言えば綾を見つけたのは、クロードとエメリックだとパメラに話してもらったのだった。ここは礼を言うべきだろう。
「正直驚きましたが、先程パメラさんに私を見つけたのは、あなたとクロード様だと伺いました。保護して頂いてありがとうございます」
綾はまた頭を下げる。だがエメリックは居心地悪そうに綾を見て、そしてパメラを見た。どうしたら良いのか分からないと顔に書いてある。
「丁寧な態度を取られると調子が狂うから、普通に接してくれない?俺、貴族じゃないし」
「…私は、新参者ですから」
「…パメラさん?どうすればいい?」
途方に暮れた様にエメリックは、パメラを見つめている。
「私、クリストフ様に用事があるから、二人でゆっくり話してみなさいな」
そう言い残して、パメラは綾とエメリックに微笑みかけるとガゼボを出て、どこかに行ってしまった。その後ろ姿を目で追う。
「…とりあえず座ろう?」
エメリックに促され、綾は頷いて腰掛ける。少しずつでも良いから気安い態度になってくれると嬉しいとエメリックは言う。そしてポツリと言葉を溢す。
「俺は魔族なんだ」
「魔族?」
それは人間じゃないという意味なのだろうか。
「ウラール山境界に、隣国クラデゥス帝国があるのは知ってる?」
「いえ、まだこの国の事も少し知ったぐらいです」
「クラデゥス帝国は魔族の国で、俺の出身国でもあるんだけど。皇帝陛下は人間達には魔王って呼ばれてるよ」
「魔王…」
「人間が勝手に言ってるだけだけど。自ら『魔王』なんて名乗るわけないでしょ?」
確かにと綾は納得した。その呼び方には、魔族への畏怖が含まれているのだろう。
「昔々…魔族、エルフ、ドワーフ、獣人、人間はそれぞれの住処を犯すことなく暮らしていました…」
エメリックはまるで物語を語るように、話し出す。綾はそっと耳を傾けた。
始めは交わることが無かった種族。だけど他の種族に比べ、人間は脆く弱かった。繁殖力は他の種族よりもあったが、寿命は短く魔力は弱く、魔物に滅ぼされる割合が他の種族より多かった。
だけれど時々、人間の世界に迷い込む他の種族がいた。その種族と交わって生まれた子供が、魔力が多くなることに気付いた一部の人間は、積極的に他の種族と交わる様になる。始め、それは自衛の為だったが、いつしか魔力の多いものがリーダーとして優遇されるようになると、それに憧れた他の人間も他の種族と交わる様になった。
時代が下り、魔力の多いものが特権階級を得る様になり、魔力の為だけに他の種族を攫って来るようになった。特に重宝されたのが、魔族やエルフの女の子。寿命は長く子供は魔力が多くなる。子供を産ませる道具の様に扱われた少女達の処遇に怒り、エルフは森の奥に引き篭もり、人間との接触を断つ。逆に魔族の王である皇帝は、報復に人間に戦を仕掛けた。それが長く続く事になる、人間と魔族の戦争の始まり。
始まりはどうであれ、お互いが傷つけ合えば、憎しみの連鎖は止まらない。それは根深く心に巣喰い根底にある意識は、負の感情に支配される。
本当に怖いのは人間なのだと綾は思った。
「という訳で、ここ最近なんだよ。魔族に対してあからさまに敵意を向けなくなったのは。他でもなくクリストフ様とソフィア様の婚姻によってね」
クロードの両親の婚姻が、国同士の和平に役立っているなんてと綾は驚く。
「だけど、意識ってそんなに簡単に変えられる事じゃないだろ?」
凝り固まった意識なんて言うものは、そう簡単に変えられないと綾も思う。
「俺なりの処世術なんだよね、言葉遣い一つで距離が近くなって、警戒心が薄れる」
「…そうですか」
「この国は魔族に対して、良い感情を持っている人間ばかりじゃない。長年敵対していた国同士だし」
「エメリック…は、人間に思うところはないの?」
「正直言えばあるよ。俺は女の子に間違えられて、攫われて来たんだよ」
思っていたより、エメリックの壮絶な過去に、なんて答えたら良いのか綾には分からない。
「だけど魔族にも悪い奴がいるように、人間にも良い奴もいる。種族は種族として受け容れて、あとは個人個人を見る。そうやって折り合いを付けてきた」
この国の他人の意思で綾は召喚されてしまったけど、手を差し伸べてくれたのもまたこの国の人間だ。
「で、最初の話に戻るんだけど、言葉って大切なんだよ。それが他人との関係を作るんだから」
「私の国にも言霊っていうのがあるよ。言葉には力があって魂が宿っているって考えられてて…」
エメリックは嬉しそうに、そうなんだと呟き微笑んだ。
「アヤ、質問するよ?君と俺は未来の…何でしょう?」
「未来の?何か?」
「どうなりたいか言ってみて。自分の望みを言ったから、今君はここにいるんだろう?」
綾は考える。自分の望みは何だろう?今切実に欲しいもの…それは。
「あなたと私は、未来の『親友』でどう?」
「っふふふ。あはは。いいね!未来の親友!」
エメリックは可笑そうに笑い、何度も頷いている。
綾は味方が欲しかった。気軽に相談できて、雑談を交わせるようなそんな存在が。
自分の敬語が取れていた事に綾が気付くのは、もう少し後のことだった。
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ちょいと用事が立て込んでおりまして、来週の投稿はお休みさせて頂きます。
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