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綾の過去3

 はじめは、綾がその日の業務を終えた後、彫金の練習している所にやって来て話しかけてくるだけだった。社長の息子である彼は仕事を覚えるために、会社で働き始めたばかり。気さくな性格で他の社員からの評判も良かったし、綾より二歳年上で歳も近いこともあり、綾も好意的に捉えていた。

 おかしいな?と気付いたのは、話し掛けてくるのが綾が一人になる時に限っての事だったからだ。他の先輩方が居る時にはやって来ないし、たまたまかも知れないとは思ったものの、話しかけてくるだけだったので綾はあまり気にしなかった。


 そんな日が続いていた時、綾がいつものように残っていると、肩にポンと手を置かれて振り向くと社長息子の彼がいた。微かに煙草の匂いがしたので、喫煙スペースで休憩していたのかも知れない。彼は喫煙家だったのだ。

「どうかされましたか?」

 綾は手を止めて、彼に向き直る。

「コーヒー買って来たんだけど、どうかと思って。自販機のだけど」

 そうして空いた席に置かれていた、二つ並んだ紙コップを彼は指差した。会社内にある、カップディスペンサーの自販機は、綾も時々利用している。やはり、インスタントよりも美味しいからだった。

「…あ、わざわざ、ありがとうございます」

 綾はペコリと頭を下げる。

「どういたしまして」

 ニコニコと笑いながら、彼が手渡して来る紙コップを綾は慎重に受け取った。手が少し触れてしまったが、机に置いてくれないので仕方ないと思う。


 そしてその日から、徐々に彼からのスキンシップが増えていったのだった。

 

 綾は、そんなスキンシップに困っていた。セクハラまでいかないものの、肩、頭、髪、手や腕などにやたら触れてくるのだ。かと言って、ハッキリ言うのも角が立つ。

 好意を告げられたのなら、断って終わりに出来るのに、それもないし、どうも距離感が掴めない。そして、彼氏でもない男の人から触れられるのは、何となく嫌だった。でも師匠や先輩方には頭をポンポン撫でられたり、肩を叩かれたりする事はたまにある。でもその時は、嫌だとは感じない。師匠や先輩方と、彼の触れ方は何かが根本的に違っている気がする綾だった。でもそんな曖昧な感覚を、言葉にするのは難しい。


 なんか違うという感覚、違和感はそれだけで、信じるべきだと言われたのは師匠からだった。最後に面と向かって話した日、曖昧な感覚を言葉に出来ずにいた事を綾が話した時、師匠はそう言ったのだ。違和感というのは、今までの経験の積み重ねで起こるもの、その感覚は、信じた方が良いのだと。今では綾もそう思っているが、あの時は根拠のない勘を信じるのが難しかった。

 

 今なら分かる。何故なら、実際に綾の違和感は、当たっていたのだから。



 綾は業務後、職場に残って訓練する事をやめた。一人になると彼がやって来るので、それを避けるためだった。作業道具を自宅まで持って帰るのは重いし大変だったけれど、環境さえ整えれば自宅でも出来るから切り替えたのだ。

 そうしてからは、平穏な日々が続いていた。彼と顔を合わせても、にこやかに挨拶するだけで、必要以上に話し掛けられる事もない。綾は誰にも相談出来ずにいたが、自分自身だけで対処出来たことに安堵もしていた。それが悪手だったなど、この時は気付いてさえいなかった。


 内心胸を撫で下ろしていたある日、師匠からある提案をされたのだ。

「催事…の手伝い、ですか?」

「宝飾品が一斉に集う展示会だ」

 国内外の宝石や装飾品に関わる業者が一堂に会するもので、展示会自体は場所を変えて年に数回行われる。今回は、宝飾品が似合う芸能人などが選ばれる華やかな場もあり、見所も多い催事だった。

「何故、私なのですか?販売担当の方がいらっしゃいますよね?催事はいつも、その方達の担当だった筈ですが…」

「開催場所も近いし、一回ぐらい経験しても悪くないだろ?休憩時間に見て回れば勉強にもなるし、色々な宝石を見られる良い機会だと思うぞ?」

「でも…私、接客は得意ではありませんし…」

 綾はそれだけが、心配だった。ハッキリ言って、接客が得意ならこんな仕事していないと思うぐらいには。もちろん今の彫金の仕事が天職だと思っているのは、間違いないのだけれど。

「実は、石黒以外の皆は経験済みなんだ」

 師匠がふっと笑う。

「え、そうだったんですか?」

 驚いて皆を振り返った綾に、何人かの先輩が頷く。

「宝石が、ビーズのようにぶら下がっている光景とか、見てて結構面白いよ?」

「そうそう、業者だけじゃなくて、一般のお客様も多いし気軽に見てくれば?」

「俺でもなんとかなったんだから、一日だけだし、石黒なら余裕だって!」

「私は、休み取ってわざわざ展示会参加する場合があるわ。勉強になるし」

 先輩方も肯定的に捉えている様で、その意見に背中を押されて綾は師匠の言葉に頷いた。

大変遅くなり申し訳ありませんでした!

仕事と私的な用事に追われておりました。週一投稿を目指しますが、更新出来なければ、ご容赦下さいませ!


ではまた⭐︎あなたが楽しんでくれています様に♪

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