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君の色

 綾の血を貰って心なしかツヤツヤした肌をしたエメリックは、自分のブースへと戻って行った。満足げに笑って、首筋の傷や造血の為の回復魔法を掛けてくれたので、身体はそれほど辛くない。逆に吸血された事でリラックスし過ぎてしまうのだが、それは仕方ないので諦めた。魔力の方も血を吸われる前に、魔力回復薬を飲んだので問題なく仕事は出来そうだ。

 カルヴァジュースを飲みつつ、お菓子をもそもそ食べて休憩した綾は、視線を感じてふと振り返る。首筋を凝視するクロードがいて、肩が跳ねた。綾は食べていたフィナンシェを慌てて飲み込む。

「クリストフ様に用事ですか?」

「………そうだ」

 そう言ったきり動こうとしないクロードに、綾は内心で首を傾げる。私の口の周りに、フィナンシェのカスでもついてるのかしら?と思いナプキンで口を拭うが、クロードは動かない。やはりじっと何かを見つめている。綾の気のせいでなければ、首筋だと思うのだが。

「…私に御用でしょうか?」

「…父がわたしとアヤの装飾品のデザインが出来たから、見にくるようにと。アヤにも意見を聞きたいそうだ」

「そうでしたか。すぐに行きますので、クロード様はお先にどうぞ」

 そう綾が言っても、クロードは動かない。片付けをした後でと思っていたのだが、クロードを待たせるのも申し訳ないので綾は立ち上がる。


 綾がクロードの前に立った時、クロードがやっと動いた。大きな右手で綾の首筋を撫でたのだ。クロードの指先の感触を感じて、ぞくりとしてしまう。そして手から放たれる青白い光で、以前にも同じようにされた事を綾は思い出した。その時は、首筋に触れられる事はなかったけれど…。

「…汚れていた」

 勢いがつきすぎて触れただけだろうと綾は思ったが、でもどうして浄化魔法が終わった今も、クロードの手が首筋から離れないのだろうか?距離の近さと、クロードの香水の香りで目眩がしそうだ。

「…ありがとうございました」

 何とか綾がそう呟くように言えば、クロードはコクリと頷いて、スルリと手が首筋から離れる。綾の心臓の音は、ドキドキと早鐘を打ったように鳴っていて、顔に熱が集まっているのを感じた。

「………行こう」

「…はい」


 朝の手紙といい、今の行動といい、クロードの言動が何か少しずつ以前と変わって来ている様な印象を綾は持った。この世界の勉強をしている綾は、クロードが何を汚れていると思ったのか、気付いてしまうのだ。

 エメリックの唾液に含まれていた魔力を、クロードがじっと見ていた事に思い至った時、とても恥ずかしい様な気がした。別に悪い事をしているわけではないものの、浮気を問い詰められたように身の置き場がない感覚。

 クロードが潔癖なだけなのか、二回とも浄化魔法を掛けられた。その行動が、私だったからという理由なら…と考えて、まさかと綾はその考えを打ち消す。…でも、すぐ隣を歩くクロードの歩幅は小柄な綾より大きい筈だけれど…綾の歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれている事にも、気付いてしまうから…。

「…もう、狡いなぁ…」

 理由があろうと無かろうと、喜んでしまっている自分自身を、綾は自覚してしまった。


 そうして移動した先で待っていたクリストフは、自信作だと銀色の精緻な細工の施された装飾品のデザインの紙と、サンプルとして作った髪飾りを机の上に置く。まだ宝石は付いていないにも関わらず、溜息が出るくらい美しかった。

「…素敵です!」

 思わずそう呟いた綾に、クリストフは満面の笑みを浮かべる。

「本当に彫金の腕だけは確かなんですね。見た目こんなのから、これが出来上がるのが、いつも信じられませんよ…」

 クロードは感心しながらも、親子の気やすさでそんな事を口にする。

「本当にお前は可愛げがないな!?アヤのように、素直に褒めることが出来んのか!?」

「褒めても貶しても、文句を言われるのですから、これで良いのです」

「まったく、これだから息子は…可愛い娘が欲しい!」

「どうぞご自由に励んでください。ですが、娘が可愛いのは幼いうちだけで、思春期になれば、父親はゴミ扱いですよ?」

「なんて、身も蓋もない事を言うんだ!ずっとパパっ子の娘だって、世の中には存在するんだぞ!?」

「構い過ぎて、嫌われる運命しか見えませんよ」

「クロード、お前は!アヤ、パパ大好きな娘もいるだろう!?」

「…ええ、…珍しいとは思いますが、いると思います!」

「そうだろう!!」

 興奮するクリストフをあしらいながらも、クロードはデザインのチェックに余念がない。

「真珠をこことここに配置するんですね?大きさは…小さめから大きめまで…なるほど…」

「アクアマリンの配置も良い感じですね」

 デザイン画では絶妙な位置に配置されている真珠とアクアマリン、それだけでクリストフがデザイン力に長けている事が分かる。

「自信作だからな!!」

 ガハハと笑いながらクリストフはクロードの背をバンバン叩く。結構な強さだと思うのだが、クロードは平然とした顔をしていた。

「私の方は…黒のクラヴァットピンとブローチとカフリンクスですか…」

 クロードは別に用意された宝石を見ながら、考えている。

「黒い宝石を色々集めておいたから、見てくれ」

「黒の宝石は…ジェットと、ブラックスピネル、黒曜石と、オニキスと…ブラックオパールは、ちょっとイメージと違うのでやめましょう」

「…あの、クロード様、黒って地味だと思うのですが…」

 綾はクロードには何でも似合うと思うのだが、黒だともったいない気がしてしまうのだ。

「何を言う!パートナーはお互いの色を身に付けるものだぞ?」

 本当に初めてここに来た時は知らなかった風習も、今の綾はもちろん知っている。知っているのだが、自分の色が地味なのは変えられない事実だ。

「大丈夫だ。夜会用に華やかに演出するのが、彫金師の腕の見せ所だから父も張り切っている。心配はいらない」

 クリストフも、うんうんと頷いている。

「それに、黒は好きな色なので、問題ない」

「騎士服の色ですもんね」

「君の色でもある」

 そう言って綾を見つめるアクアマリンの瞳が、綾をまっすぐに捉える。しばらく息をする事すら忘れて、綾はその瞳の中にある何かに圧倒されていた。

「おい、イチャつくのは、二人の時にしろ!」

 綾はクリストフの言葉に真っ赤になりながら、クロードの瞳から目を逸らす。…イチャついてないです!!

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