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クロードからの手紙

 綾が朝起きて身支度を整えていると、コンと窓に何かぶつかる音がした。窓の外を見てみると見慣れた真っ白い封筒に、青い蝋封がされた手紙がお行儀良く窓の外に浮いている。綾が窓をほんの少し開けるとそれは滑り込むように部屋に入り込んで、クロードの魔力が込められた水晶の上にちょこんと乗ってきた。


 朝、ほんの少し窓の隙間を開けておくのは、この世界の手紙を受け取るために必要な事だと知ったのはこの世界に来た当初の事だ。窓にはその為の隙間があるのが一般的で、随分文化が違うのだなと感慨深く感じたものだ。

 綾が手紙のやり取りをしているのは、カマルとクロードだけである。大抵は伝令蝶で事足りるし、エリスなどは直接話をしたいからと、押しかけてくる事すらあるので、性格の問題も大きいのかも知れない。

 文章を読むだけじゃなく、書くことも次第に慣れてきた綾は、難しい言い回しや慣用句はまだ分からないこともあるが、典型的な事項の挨拶や言い回しは理解して書く事が出来るようになった。クロードとの『特訓』?の成果だろう。

「クロード様からの手紙って、久しぶりかも…」

 最近クロードは忙しいのか、手紙の回数が減っていた。綾がマーレに滞在していた事も関係しているかも知れないが、週1、2回届いていたものがここの所さっぱり届いていなかったのだ。二週間ぶりくらいに受け取った手紙からは、微かにクロードの香水の匂いがした。インクの匂いは当然だとしても、森のような爽やかな匂いがするのは、朝だからだろうか?

 大抵クロードからの手紙は、昼間か夕方に届くので朝は珍しいと綾は思い、首を傾げる。


『親愛なるアヤへ


 君は収穫祭へ一緒に行くという約束を、覚えているだろうか?

 連絡が遅くなって申し訳ない。

 収穫祭は午前中から夜遅くまでやっているので、午後からでも良いだろうか?

 午後三時に領の部屋に迎えに行くので、用意して待っていて欲しい。

 

 君と収穫祭を過ごせる事を、とても楽しみにしている。

                                クロード 』


 こんな事書く人だったっけ?特に最後の一文は、不覚にも綾の胸がキュンとしてしまった。

 いつもの手紙の最後の一文は、何か困っていたら相談するようにとか、いつも綾を気遣う内容なのだが、今日はクロードの感想が書かれている。

「…私も楽しみにしています」

 そう呟いて、ちょっと照れてしまった綾は、時計を見て手紙を書く時間がある事を確かめてから机に向かった。いつもクロード相手に使っている明るい空色の便箋と封筒を取り出し、返事をしたためる。

 ここの所の少し沈んでしまっていた気持ちが、浮上していくのを自覚しながらスプーンの上に蝋を乗せ、火魔法でスプーンを温めた。とろりと液体状になった蝋を封筒に垂らし印を押し、蝋封をしたら魔力を流して完成だ。綾が手を離すと、手紙は窓の隙間から出て飛んで行く。時間を確認し、出勤の支度をして部屋を出た綾の足取りは軽かった。


 

 今日もいつもと変わらず、アクセサリーの部品を作り続けていた綾だったが、ふと視線を感じ、手を止めて後ろを振り向くとエメリックがいた。

「どうかした?」

「お菓子持って来た。エリスとパメラさんの差し入れ」

 エメリックはトレイを片手に持って、作業机の横に置かれた台の上にそれを置いてくれる。ここで作業机に置かないのは、作業の邪魔にならないようにする為で、さりげない配慮が有難い。

「おお、カルヴァジュースまである!わざわざ、エメリックが運んでくれたの?ありがとう!」

「ついでにコレも持って来た」

 そう言ってエメリックがどこからともなく取り出したのは、見覚えのある茶色の小瓶、魔力回復薬だった。

「…ソレ、要らないから」

「まぁまぁ、そう言わずに…」

「ってちょっとー!瓶の蓋開けないでよ!?」

 魔法薬は封が切れると品質を保持するのが困難で、早く飲まないと中身の効果が弱まってしまうのだ。

「さぁ、グッと飲んで!」

 ずいっと綾の目の前に、小瓶が差し出される。

「エメリックが飲めば良いでしょ!?」

 綾は目の前の小瓶を、エメリックに押し返した。

「俺が飲んでも意味ないし?」

「私もそんなに魔力足りなくなってないんだけど!?」

「俺を助けると思って!」

「ちょっと理由説明してよ!」

「まず飲んで!ほら、効果がなくなっちゃう前に!」

「もう!ちゃんと説明してよね!!」

 仕方なく鼻を摘んでその液体を喉に流し込む…が、綾はプルプルと震えて吐き気を堪えながら手で口を塞いだ。苦い!青臭い!舌が痺れてピリピリする!綾が涙目になりながらなんとか飲み干すと、エメリックがカルヴァジュースを差し出して来たので、遠慮なく口直しをする。甘い、美味しい、生き返る!

「やった!飲んでくれた!という事で、血貰って良い?」

「それが目的だったの!?口で言ってくれれば、断らないのに!」

「それだと、魔力が足りないんだよね。魔力満タンの血じゃないと、これからの生活が保ちそうにないからさー」

 定期的に血を摂取する吸血鬼族のエメリックだが、魔力の多い血程効果が高いのだ。摂取しなくても最低限生きられるが、嗜好品を取り上げられた状態は精神的に追い詰められた状態になってしまうらしい。最悪の場合は狂うので、吸血鬼族はクラデゥス帝国を離れることは少ない。

「俺より重要な仕事してるジルやダリアには、欲しいなんて言えないし?」

「まぁ、一番私が適任なのは理解出来たよ…」

 それでも、魔力回復薬を飲ませるのはやり過ぎではないだろうかと、綾は思う。

 仕方なく綾が椅子にもたれ掛かると、綾の膝をまたぐようにエメリックが乗って来てペロリと首筋を舐められた。そして、カプリと歯を立てられる。血と共に魔力が身体から抜けていき、身体からも力が抜けていく。あー、この後仕事出来るかな…?

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