クロードお叱りを受ける
夏の日差しが差し込む領城内の室内は、鮮やかな花々が生けられ華やかだ。侍女頭であるパメラの心遣いが、ここ領主の執務室にもある。だが、現在執務室は、氷点下の様な空気に満ちていた。生けられた花々も、心なしか寒々しそうに見える。
「クロード、貴方…パートナーのケアすら出来ないの?」
ソフィアの冷ややかな視線を受けて、クロードの背筋に悪寒が走る。魔力の威圧がピンポイントで自身に注がれていて、さっきから寒気が止まらず鳥肌が立ちっぱなしだ。
「…いきなり執務室に来られたと思ったら、何です?もうすぐ他の皆も出勤して来ますし、話は手短にお願いします…」
キッパリと言葉にしたつもりのクロードだったが、語尾が段々小声になっていた。
仕事しようと思って執務室に来たら、ソフィアが転移して来て、冒頭のやり取りになったのだ。クロードには身に覚えがなく、だからこそ怖かった。頼りになるはずの秘書官は居らず、孤立無縁なのも手伝って息が上手く出来ないくらいの心情だった。
「…そう、分からないのね?私は貴方に紳士としての有り様を散々言い聞かせて来たつもりだったのに…残念だわ」
タンザナイトの瞳が、長い銀色の睫毛に隠されていく。それと同時にソフィアによる威圧も止んだが、今度は見放されたように、クロードは心許ない心情に陥った。ソフィアの憂い顔は、怒り顔より胸に来るものがある。
「だから、身に覚えが無いのです…」
「貴方、アヤさんに自信を持たせる様に、会話出来ていて?」
はぁ…と大きなため息を吐いてから、今度は心配そうな表情でソフィアがクロードに語りかける。
「え?アヤは真面目に取り組んでいますし、ラムも褒めていましたよ?」
「貴方自身は?褒めた?」
「頑張っていると声掛けしましたが…?」
「それだけ?」
「え!?他に何を言えと?」
「………情けない。貴方、本当にクリストフの良い所を参考にしなかったのね!?」
「………ハイ?」
「好きな相手は、褒めて褒めて褒めまくるところよ!!」
「…でも、父上はやり過ぎでは?」
「貴方、それ、本気で言ってるの!?」
「………」
ここで『はい』と答えたら鉄拳が飛んでくるのは、クロードにも理解できた。心の中でで思っていても、口に出せない事はあるものだ。
「………情けない」
本気でそう思っている事が伝わる声音で、ソフィアが溜息混じりにそう言った。
「あのね、心でどんなに認めたり、愛していても、相手に伝わらなければ意味はないのよ?」
思いのほか真剣な様子で、ソフィアはクロードを見詰める。その言葉は、ズシリとクロードの胸に重くのし掛かった。
「………伝わっていないという事でしょうか?」
「その通りよ!!」
ソフィアにキッパリと言い切られて、クロードは更にズシリと心が重くなる。幼い頃から、ソフィアは遠回しな言い方をせず、ハッキリとものを言う。普段はその性格が好ましく思えるのだが、今はもうちょっと婉曲に伝えて欲しいと心からクロードは思った。
「それから…」
「まだあるんですか!?」
もうこれ以上、ダメージを受けたくないクロードは、咄嗟に叫んだ。
「ここからが本題なのに!」
「え?もう、お叱りを受ける事はありませんよね?」
「何言ってるの?ここからが本題だって言ったでしょ?クロード、貴方…収穫祭の予定は決まっているの?」
収穫祭?何故、収穫祭の予定など母が訊くのだろうか?と怪訝に思ったクロードは、そんなのいつもと同じ仕事に決まって…。
「………………あ」
思い出して血の気が引いた。約束だと言ってアヤと交わした、指を絡めるおまじないの様なやり取りを思い出す。
「思い出した様ね!?日にちと予定を空けておいてくれと、アヤさんに伝える事ぐらいは出来るのではなくって?」
「………そうですね」
「アヤは初めての収穫祭なのに、知らずに予定を入れてしまったらどうするつもり?他の男に誘われても、気付かないかも知れないわよ?」
「………はい。私の配慮が足りませんでした」
平身低頭、綾に謝りたい気分で項垂れる。ソフィアの指摘は、逐一ご尤もで、反論できる余地もない。ここの所、麦の収穫の報告が立て込んでいた事と、合同演習の確認事項の書類の確認、そして模擬試合の訓練に明け暮れていて、すっかり頭から抜け落ちてしまっていた。忙しさを言い訳ににしてはいけないな…とクロードは反省する。
「アヤ、貴方が約束を忘れてるかも知れないって、寂しそうだったってラムが言ってたわ」
罪悪感が胸に込み上げて、クロードは便箋と封筒を机の引き出しから取り出す。出来るだけ気落ちが伝わるように、丁寧に紙の上にペンを走らせた。今だったら、綾は出勤前に気付くだろうか?
「本当に世話の焼けること…。二人がマーレに行った後に、エリスがアヤから聞き出した事に感謝しなくっちゃね」
ラムに言われて綾の約束した相手を探し出すことにしたメルヴィルは、綾に近い人物から探ってみたところ、その約束の相手がクロードという事を知ったのだった。エリスがマーレのデートの内容を、綾から言葉巧みに聞き出した手腕はさすがと言うべきだろう。
ソフィアは溜息を吐く。クロードはもうちょっと、女性への配慮が出来ると思っていただけに、ソフィアは落胆した。本当は口出ししなくても上手く行ってくれれば、安心して傍観出来るのに…と手紙をしたためるクロードを見ながら思う。
長男のメイナードは好きな相手が出来た途端、クリストフ並みにアプローチし始めたから、安心していられたが、次男のクロードはこの体たらく。
「貴方には、お節介ぐらいの手助けが必要なようね…?」
クロードに向けて呟いたソフィアの言葉は、当のクロードには聞こえていなかった。