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ダンスレッスン

 領城の一角にある彫金棟の工房は、現在活気付いている。まだ夏なので、本格的な忙しさからは程遠いものの、次々に入ってくる注文に応えつつ計画を立てて全員で対処していた。細かいデザイン案のやり取りだけでも大変そうだが、綾には客との対面の仕事は無いので気楽なものだ。

 綾は指定された細かいパーツを作る仕事を任され、日々それらをこなしていた。変形魔法を重点的に練習した成果か、問題なく作業が出来ている。今の所、魔力回復薬を飲むまでには至っておらず、綾は胸を撫で下ろす毎日だ。


 ダンスレッスンも継続中で、我ながら段々と様になってきたのではないかと綾は思う。先日はクロードとも踊り、妙に緊張してしまった。だってね…自分のウエストにクロード様の手が…って、恥ずかし過ぎるでしょ!?ラム君と踊った時は、全然気にならなかったのにね。

 ただ、クロードはそれ以上に緊張した面持ちで、ラムに揶揄われてげんなりした様子だった。たださすが幼い頃からやっていただけあって、危なげない足取りで見事なリードを披露してくれて、クロードをちょっと見直した綾だ。ちょっと格好良いなって思ってしまったのは、内緒にしておく。

 後は踊れる曲数を増やして、クロード以外の紳士とも踊れるようになるのが目標だ。広告塔だから、クロードとだけ踊る訳にもいかないところが、辛い。足を踏んでも笑って許してくれる人ばっかりとは限らないっていう、切実な理由があるのだ。そう考えると、胃がキリキリしてくるので、ダンスレッスンも真剣になるというもの。


 今日はラムと二人での練習だ。ダンスレッスンの時は、仕事を免除してもらっているので、真面目に取り組まざるを得ない。仕事の一環だと捉えて、綾は励んでいた。

「アヤ、順調だよー。秋頃には成果を披露する機会もあるから、そこで雰囲気を掴むといいよ?」

 ………聞いてませんけど!?報連相という言葉を知っていますか!?

「え?社交シーズンは冬では?」

「ウラール地方の晩餐会が、バドレーの領城で毎年開かれるんだ。王都の夜会程堅苦しくないし、雰囲気に慣れるには一番良いと思うよ?」

「ドレスの仕立てって間に合うんでしょうか?」

「バドレーのお針子さんは、優秀だから問題無し!」

 そうでした!クロのドレスを一緒に作ったので、綾はラムの言葉にストンと納得できた。凄腕職人集団だった彼女達なら、問題ないのだろうが、いかんせんこちらの人々に比べると、平凡な顔立ちの綾がモデルなのが申し訳なく感じるのだ。

「クリストフの装飾品のデザインに合わせて、良い感じに作ってくれると思うから、心配しなくて良いよー?」

 ニコニコとラムは笑う。

「クロード様の隣だと、目立たなくなりそうで…そこが一番心配ですね」

 皆にガッカリされたら、綾のなけなしの乙女心が傷付きそうだ。憂鬱な顔をする綾に、ラムは目を瞬かせる。

「自分のパートナーを輝かせられない男なんて、紳士として有り得ないよ。褒めたり宥めたりして、女性の魅力を引き出すのも、紳士の努めだし…って言うか、クロードってアヤを褒めたりしてないって事?」

「よくやっているとは、褒めてくださいますよ?」

 ただ、綺麗だとか可愛いとか言われた事はない。クロードは嘘がつけない性格だと言うし、思ってもいない事は口に出せないのだと思う。そう考えると、綾は益々憂鬱な気分になってしまうのだ。気分が下がるのを振り払い、ステップの確認をして足を動かす。何かやっていないと、不安が消えそうにないし…。

「……要報告案件だね」

 呟いたラムの視線が鋭くなったのに、綾は気付かずステップを確かめて足を動かし続ける。


「そう言えば、収穫祭がもうすぐあるんだけど、アヤは誰と行くの?」

 殊更明るく話題を変えたラムだが、綾はハッとして瞬きを繰り返す。

「え、あ、そう言えば、前にクロード様が仰ってましたね」

 あれはまだ初夏の頃、綾とクロードでマーレの海に初めて行った時のことを綾は思い出す。…連れて行ってくれると指切りをして約束した事を、はたしてクロードは覚えているのだろうか?あの約束から、もう随分経つ。約束の行方が見えなくて、綾はチクリと胸が痛んだ。

「えっと、約束はしたんですけど…もしかしたら…忘れているかも…?」

 綾はラムに苦笑して見せる。だって、日にちが近付いているのに、何の音沙汰もないのだから。綾自身もラムに言われるまで気付かなかったし、お互い様と言えばその通りだから何も言えない。クロード様も忙しいだけかも知れないけれど…と綾は考えながら、期待すると傷付く気がして…その話題を避ける様に、ラムにダンスレッスンの続きをせがんだ。


「アヤにこんな顔させるなんて、ソイツの名前は?」

 慰めてくれているのか、綾の頭をポンポン叩きながらラムは笑う。顔は笑っているのに、目は笑っておらず、何処となく不穏な雰囲気が漂っていた。コレは正直に答えたら駄目なやつでは?と綾の勘が告げている。

「え、いや、えっと…あの、私の事は良いので、続き!そう、続きしましょう!!」

 強引に話題を変えた綾は、ラムとダンスレッスンの続きに励むのだった。


 ラムの追求から逃れた綾は、これでこの話は終わったと思っていた。だが綾は知らなかった。ラムとメルヴィルの情報網は、領城内ならほぼ網羅されているという事を。

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