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散歩と衝撃の事実

 エリスを見送った綾とパメラは、簡単な身支度を済ませる。散歩に行こうとパメラに誘われて、綾が了承したからだ。

 日差しがきついからと、白くて鍔の広いボンネットを被せられ、リボンを顎の下に結ばれた。繊細なレースの縁取りと光沢のある薄紅色のリボンが、可愛さと上品さを演出していて、綾は自身がビスクドールになったかの様で気恥ずかしい。薄紅色の大きめの貝ボタンがアクセントの、真っ白な薄手のコートをふわりと羽織らされて、可愛いと褒めてくれるパメラに照れながら綾は礼を言った。

 パメラも空色の薄手のコートと、同色のボンネットを被っているので、きっとこの出立ちこそが普通なのだろう。


 領城を案内してくれるというパメラの後について、廊下を歩いて行く。建物の中は追々で良いだろうと、外に連れ出された。少し冷たさが残る風が頬を撫でるが、麗かな春の日差しがそれを吹き飛ばす勢いで降り注いでいる。手入れされた花壇には色とりどりの花々が揺れ、芽吹き始めた木々の萌黄色が美しい。

「あ、チューリップに、アネモネ?」

 殆ど知らない花だったが、見知った花を見つけて呟くと、パメラが異世界から伝えられた花々も沢山あるのだと立ち止まって教えてくれた。本当に色々なものが伝わっているのだと、綾は今更ながら実感する。

 別の世界でも、根を張って生きている花々を見つめて、綾はこの花の様にこの地で根を張って生きていけるのだろうかとぼんやり考える。そうするしかなかったとしても、できるだけ前向きに生きていたい。だって花だって、あんなにシャンとして咲き誇っているのだから…。少し勇気を貰えたような心地で、綾は花壇を後にした。


 領城の敷地は要塞だった頃の名残で、ぐるりと城壁に囲まれている。建物はウラール地方官吏が務める南棟、バドレー家の屋敷である北棟、迎賓館と客間がある西棟、ウラール地方騎士団の詰所のある東棟がある。東棟には隣接する訓練場や寮、馬場もあり、敷地も広大だった。北東方向には木工工房と彫金工房があり、寮も併設されている。

 西棟を出たパメラと綾は中庭を通り、それぞれの棟を繋ぐ回廊を横切り、騎士団の詰所である東棟にやって来た。訓練場の方から金属のぶつかるような音や怒声のような掛け声が響いてくる。最初こそ驚いた綾だったが、すれ違う騎士達はにこやかに挨拶を返してくれ、おまけに花まで差し出してくる者も現れて、緊張は殆ど解れてしまった。

「あら、良いもの貰ったわね」

「可愛いチューリップですね」

 一本だけ渡された薄紅色のチューリップは、寝不足の綾の目に優しい色で思わず笑みが溢れた。体格が良く、綾からは見上げるような姿勢になってしまう彼らだが、威圧感もなく礼儀正しかった。遠目に色々な人を見ていて気付いたのだが、この世界の人間は赤や、青、緑の髪をしている者も平気でいる。それが不思議な事に不自然ではないのだった。

「黒髪って、もしかして珍しいのですか?」

 今まで出会った中にいなかっただけかも知れないが、何となく気になったので綾は歩を進めながらパメラに訊ねてみる。首を傾げて問う綾に微笑みながらパメラは肯定した。

「この国では殆ど見かけないわね。でも全くいないって訳ではないわ。ここよりうんと南の国や、海の向こうの国では珍しくないのですって」

「そうなのですね」


 木々の新緑の葉と白い花が春らしく、風に揺れている。それに視線を向けたまま、パメラが丁度木陰になっていた辺りで、立ち止まった。木漏れ日の光がボンネットに落ちて、ゆらゆらと形を変えているのを綾はぼんやり眺める。

「綾は海の向こうの島国の、商人の娘って話せば違和感は持たれないと思うわ」

 確かにそうすれば、この国の事を知らない綾はそれを言い訳に出来る。南の大国エレンタールでは、異国の商人は珍しくはないとパメラは説明した。

「今朝クロード様と話したのだけれど、森で魔物に襲われて父親はその時に亡くなったという設定はどうかしら?その時に通りがかった、クロード様とエメリックに助けて頂いたと言えばいいわ」

「不自然ではないでしょうか?」

「そうでもないわ。実際、綾を森で見つけたのはその二人だし、この城まで運んだのはクロード様だもの」

「え?そ、そうなのですか!?全く記憶がないのですが!?」

「まぁ、気を失ってたので、無理もないわ」

 抱えられて部屋まで連れて行かれたと初めて知って、綾は羞恥に悶え顔が赤くなる。ダイエットしておけば良かった!と嘆いたところで、時間は戻らない。改めてお礼を言った方が良いだろうか?などと考えつつ、出来る事なら気付かぬふりでやり過ごしたい!と綾の心の声が叫んでいる。

「大丈夫よ!バドレーの男は、騎士家系で鍛えてるから。綾がもっとまん丸に太ってたとしても、クロード様は持ち上げるわよ?」

 何でもない事のようにパメラはのたまう。そう言えば、エリスもパメラもスタイルが良いのに気付く。綾は今更ながら、危機感を覚えた。主に美意識的な意味で。

「いや、そういう問題ではなく、乙女の羞恥心の問題と言うか…」

 いや、もう何も言うまい。耐えろ!私!

 元々通勤時間の徒歩のみだった運動量が、会社を辞めてから極端に少なくなっていたとしても…。冬の間に溜まった脂肪に、気付かぬふりでやり過ごしていた事も、全部自業自得なのだから!くっ!だから神様!異世界で女子力を試すのは止めて下さい!!


 色々な場所を案内してもらいながら、綾は頭の中に大まかな地図を描いていく。でも今日行った所など、東側の一部に過ぎないのだから、つくづくその広さを実感して感嘆の溜息が出る。重厚な建物は実用的でありながら、様式美を失わない。その迫力に圧倒されてしまう。

「中庭でお昼ご飯食べて、木工工房に行きましょうか?」

 グリーンスピネルの双眸をを細めて、パメラが微笑む。

 工房内で使う机や椅子の高さを調整したいから、連れて来てくれと木工職人さんから言われているのだとパメラは話す。自分の体格に合った机や椅子だと、それだけで作業効率が上がるので正直綾は有り難い。


 中庭の一角に多くのベンチがあり、石畳の小道の脇には、花壇に植えられた花々が色鮮やかに春の景色を彩る。噴水の水音が涼やかで、花の香りのする風が頬に心地良い。

 数カ所に点在しているガゼボの一つに陣取り、パメラと綾は話をしつつ昼食を待っていた。パメラが手配しておいてくれていたらしい。メイドの一人が、バスケットを持ってやって来ると、パメラが礼を言い受け取った。メイドは綾とパメラに一礼して去っていく。

 果実を絞ったフレッシュジュースを、パメラに注いでもらい喉を潤す。海老、玉子、鶏肉の三種類のサンドイッチは、色も鮮やかで美しい。綾はその一つに手を伸ばす。

 ハーブ風味の鶏肉にトロリとしたドレッシングがかかっていて、野菜のシャキシャキした食感が堪らない。だが、先程ダイエットしておけば良かったと強く思ったところだというのに、美味しいサンドイッチを前に、決意は脆くも崩れ去りそうだ。己の弱い心が憎い。

「もう少し、身体を絞ろうと思っていたのに、美味しくてたくさん食べてしまいそうです」

 外で食べると余計に美味しく感じてしまう。もちろん良い事なのだけれど。

「体重の事、まだ気にしてるの?」

 パメラは苦笑しつつ、優雅にサンドイッチを口に運ぶ。

「ベスト体重じゃないのは確かなんですよね…抱えられて運ばれただけでも恥ずかしいのに…」

 はぁ、と思わずため息が漏れる。


「やあ、こんにちは」

 声変わり仕立ての様なハスキーな少年の声が、綾の背後から聞こえて驚く。振り向くと少年が立っていた。背は綾より10センチほど高いだろうか。

「…こ、こんにちは」

 初めてみる顔に戸惑う。少し癖のある金髪と、ガーネットの様に美しい紅の瞳を持つ、整った顔立ちの少年だった。

「今更じゃない?だって、鑑定結果の紙には、身長や体重の他にも、バストやウエストのサイズも書かれてたよ?」

 パメラと綾の会話を聞いていたらしい少年は、何でもない様に話す。脳が言葉を理解した途端、綾は顔だけでなく身体まで真っ赤に染まってしまった。

「え?え?えぇ!!何それ!?」

「エメリック…」

 パメラが困った子を見るように、少年を見た。少年はエメリックという名前らしい。

「うん?だって許したんでしょ?」

「…………はい」

 綾はガックリと項垂れた。確かに鑑定を許可したのは綾自身で、言い訳しようもない。

 今朝、サイズのピッタリあった服と下着が用意されていて不思議だったのだが、物凄く納得いった。羞恥心で死ねるのならば、今日綾は何度も死んでいるに違いない。

 だって、そんな情報を何食わぬ顔で、サラサラとペンを走らせて書いていたとは思わないじゃないか!

 衝撃の事実に、項垂れるしかない綾だった。

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