帰ってきた綾
次の日、綾が領城に戻って、彫金棟の工房に顔を出すと、皆に笑顔で出迎えられた。
「アヤ、レナードの手伝いご苦労だったな」
クリストフは、綾の肩をポンポンと叩いて労う。アクアマリンの瞳が優しげに細められて、綾は安心感を覚えた。やはりこの場所が、自分の場所なのだと実感したからだ。
「いえ、あまりお役に立てなかったので…」
魔道具の設置ぐらいしか手伝えていないので、役に立てた実感が綾にはなかった。
「レナードの我儘に付き合ってもらった形だから、気にするな。それで、こちらに戻ってもらったのは、例年より装飾品の依頼が多くて、今期は猫の手も借りたい忙しさになりそうでな…」
クリストフが少し遠い目をして見えるのは、綾の気のせいだろうか。そして、綾はある可能性に思い至る。
「もしかして、養殖真珠の影響でしょうか?」
「ご名答!チェスターが張り切って、営業に回った結果らしい…」
アイツ!私の妻と過ごす時間を潰すつもりか!?とブツブツ呟くクリストフは、この場に居ない悪友に怨嗟の念を送っていた。綾は苦笑してエメリック達と顔を見合わせる。いつもの事だと、ドニやダリアは綾にそっと耳打ちしてくれた。
「高位貴族はしっかりと真珠の存在感があるデザインで。他は、まだ数は用意出来ないが、一部部分のみ真珠を取り入れるデザインで対応しているところだ」
ソフィア達がせっせと作っていたとは言え、まだまだ量は少ないので、分配には気を使うのだろう。王族より多くてもいけないなど、決まり事も多いらしい。
「綾の装飾品も作らなければならないし、忙しくなるぞ!」
「え!?私のもですか!?」
「今期の社交シーズンは、アヤが広告塔だからな!クロードと揃いが良いな!うん、気合いを入れねば!」
鼻息荒くクリストフはそう言うと、何やら綾には清楚なイメージで…などブツブツと独り言を言い始めた。すっかり自分の世界に入っている。
「あの、えっと、そんなに気負わなくても…」
クリストフに気圧されて、綾はおずおずと遠慮気味にそう申し出た。
「何を言う!適当なものを作ろうものなら、ソフィアにボコボコにされてしまうからな!!」
…そうですか。夫婦円満の為なら仕方ない。綾は何も言えなくなって、曖昧に笑みを浮かべる事しか出来なかった。
「そうそう、アヤの分もあるからな?」
唐突な言葉に、綾の頭にはてなマークが浮かぶ。
「へ?何がです?」
「あれだ。あれ!」
そう言ってクリストフが指差した先には、積み上げられた木の箱に大量に入れられた茶色の小瓶があった。
「小瓶?」
薬瓶の様に見えるが、綾に必要なものは思い至らず、首を傾げる。
「ああ、アヤは見慣れないだろうが、あれは魔力回復薬だ」
魔力回復薬!?
「……あの、魔力回復薬ですか?超激不味の!?」
クロードに悪戯で飲まされた、あの激不味の味を思い出し、綾は渋い顔になる。
「あんな大量に…ってクリストフ様、正気ですか!?」
あの箱、五箱くらい山積みにされているのですが!?綾はそれを見て、恐れ慄く。一人一箱計算ですか!?
「もちろん正気だ。超激不味の魔力回復薬だが、毎年秋から冬にかけてお世話になる代物なんだ。今年こそは、飲まずに過ごしたいものだな…」
遠い目をするクリストフに、綾はこれからの大変な日々を想像してしまった。
「毎年そう言ってますけど、結局切羽詰まって飲む羽目になるんですよね?」
エメリック達がくつくつと笑う。
「あれじゃないと、追いつかないぐらい忙しいから仕方ない…」
諦念を滲ませた口調のクリストフは、これが毎年の事なのだと綾に感じさせるには充分で、綾も遠い目になる。アレ、飲むんだー(泣)