ラムの仕事
領城に戻ったラムは、領主の執務室に向かう廊下を歩く。綾のダンス特訓は、一応今日はお試しで、問題なければ継続して行く予定だから報告の為だ。別に伝令蝶でも良いけれど、ラムの主人であるソフィアの子供は、ラムにとっても庇護対象である。クロードの恋路を見守るのも、ラムの仕事の内だと彼は考えているのだった。
執務室の扉を四回ノックすると、応えがあったのでラムは滑り込むように手早く中に入った。クロードはどうやら現在一人らしい。
「やぁ、クロード、久しぶり!」
「…ラムだったのか。珍しい」
書きかけの書類から顔を上げたクロードは、軽く目を見開いた。アクアマリンの瞳が、ラムのブルートパーズの瞳を凝視している。
「ラムは、メルヴィル叔父上のところばかりに、入り浸っていたのではないのか?」
クロードが首を傾げる。
「あれ?妬いてたの?クロードったら、寂しいなら言えば良いのに!」
「寂しくない!!」
クロードはムッとして否定した。クロードは庇護対象ではあるが、揶揄うのもラムの仕事である。
「あ、そうそう。報告があったんだー」
肝心の報告を済ませないと、ソフィアに完了報告が出来ないので、ラムはクロードを揶揄うのは程々しておく事にした。
「報告?」
「アヤのダンスレッスンの講師をする事になったんだ」
「何故アヤが、ダンスレッスンをするんだ?」
クロードは怪訝な顔をする。あれ?分かってないな?
「ふふふふ、それはねぇ、ソフィアに丸め込まれて…いや、説得されて…」
「今、丸め込まれたって言わなかったか!?」
つい本当の事を言ってしまうのは、魔族も魔物も嘘がつけないからだ。って言うか、クロードって突っ込むの、上手いよねー。周りの環境だろうか?
「まぁ、冬の社交シーズンには、今回ダリアじゃなくてアヤが行く事になるから」
クロードが目を見開いて、固まった。そのまま数秒フリーズしているクロードを眺めながら、どの位で再起動するかなぁ?とラムは楽しげにクロードを眺める。
「は!?おい、綾の存在は第一王子に隠すのでは無かったのか!?」
…うん、五秒だったね。
「それまでには、色々片付いているんじゃないかって、ソフィアが」
「…母上がそう言ったのか」
暫し考える素振りを見せるクロードは、これからの予定でも考えているのだろうか?
「うん。そうそう、クロードもダンスレッスンおさらいしといた方が良いよ?惚れた相手の前で、リード出来ないと格好悪いよー?」
大丈夫だとは思うが、夜会嫌いのクロードは、ダンスレッスンもサボりがちだ。ちゃんと忠告はしたからね!
「…………ううぅ」
唸っているクロードを、ラムは笑いを堪えながら眺めやる。
「これ、日程表。時間合わせられる時は、一緒に練習する事をお勧めするよ」
ぺらりと紙をクロードに手渡して、ラムは執務室を後にしたのだった。
「ラム?戻ったのか?」
図書館に転移したラムは、メルヴィルに声を掛けられた。従魔とは言え、ラムは魔物だ。慣れない騎士に目を付けられる事も多いので、移動はもっぱら転移魔法を使っている。無用の面倒は避けたいが故だが、そのせいで余計に知る人が少ないのだった。アヤが出会った事が無かったのも、そのせいである。
「うん、戻ったよー」
ポヨンと跳ねると、人型は崩れ去り、饅頭のような形の青く透き通った物体が出現した。本来の姿の方が落ち着くし、魔力消費も少ないので楽なのだ。
「アヤは良い子だったろう?」
「そうだねー、真面目と言うか、人が良いって言うか…すぐ騙されそうなのが心配だけどー」
綾は平和な世界に居たのは間違いなさそうだと、ラムは思う。
「スライム見たの初めてだってさー」
「ほう、そうか」
「魔物はグリフォンかドラゴンしか、見た事ないって言ってたなー」
間違いなく、ここに来てからの事だろう。少し偏っている気がするが、綾に指摘するのも気の毒だ。
「あまり外を出歩かんからなぁ。無理もないが、少々問題かもな?」
「問題?」
「魔物を見た事無いなど、幼児か、深窓の令嬢位だろうからな…」
メルヴィルは眉尻を下げる。
「…そうか、平民では有り得ないよね」
「そうだな…バドレー侯爵夫人になるなら、中級の魔物位は倒せんとな?」
侯爵夫人候補、選考基準あるんだ?それって、どうなんだろう?
「………身体動かすの不得意そうだったよ?」
「魔法特化訓練とか?」
「まだ、そうなるって決まった訳じゃないでしょー?ヘタレクロード次第だしー?」
「勤勉だから、どうにでもなるだろうが…一応進言しておくかな?」
このような不穏な会話が繰り広げられていたなど、綾は知る由もなかったのだった。
遅くなってすみません!
では、また⭐︎あなたが楽しんでくれていますように♪