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接触

 王城の奥まった場所にあるアーチ型の両開きの扉を開くと、広々とした議事室がある。幾何学模様の精緻な装飾が高い天井を彩り、明かり取りの高い窓には分厚いビロードのカーテンがかかっているが、シャンデリアが吊り下げられた室内は明るく、金の装飾を反射して眩く光っていた。一番奥の高い位置には王族や大臣達の席があり、そこから見下ろすのは半円状に配置された机と椅子。王の席の背後には、神々が描かれた絵と、更に高い位置に時計が鎮座している。    

 所定の位置にクロードが座ると、程なくして王族や大臣達が入場して来た。席を立って王を迎えた後、議長は徐に臨時議会の開幕を告げた。


 議会は紛糾していた。一番の問題点は、議会の承認も王の承認もなく、召喚の儀式が行われた事である。その責任を問われた第一王子ベリスフォードは、悪びれもせず言ってのけた。魔力も知識も手に入るのに、何が悪いのか?と。

 クロードもその有用性は理解出来る。王族として、国益を一番に考えるのも、致し方ない事だとも思う。だが、自分達で努力せずに何処からか持って来れば良いという、安易な考え方は頂けない。中立を貫くバドレー領だが、第一王子の考え方はあまりに短慮で、気持ち的には第二王子に肩入れしたくなってしまう。

 何かを成す為には、時に犠牲が出る事もある。だが、それを最低限にするのが、上に立つ者の役目ではないのか。大前提として、召喚は禁忌であり罪である。第一王子に罪の意識がない事に、クロードは嫌悪感から吐き気を覚えるほどだった。それは綾と接したからだろうか、クロードは今朝見たばかりの泣き腫らした瞼を思い出す。綾の流された涙が、何でも無いことのように扱われるのが、我慢ならなかった。

 考えている事を表情には一切出さず、議会を眺めやる。次第に異世界人の扱いに、議題が移ってゆく。待遇は以前の召喚者と同じように爵位と領地を与えること。未成年者は王立学園で学ばせる事や、成人には一般教養と歴史、それに希望するなら武術や魔術の教師が付けられることに決まった。綾にも教師をつけなければと考えながら、人選を頭の中で思い浮かべる。


 そのアクアマリンの瞳には、ある決意が宿っていた。もしクロードと綾の出会いに意味があるのならば、それは彼女を守る為ではないだろうかと。綾は自分を召喚した者を信用できないと言った、今はクロードもそう思う。当初は面倒だと思っていたのに、今は神の采配に感謝したい気分だった。



「バドレー卿」

 廊下を歩くクロードに、声をかけてきたのは意外な人物だった。この国には珍しい黒髪と琥珀色の瞳の柔和な顔を持つ、三十代後半のスラリとした体躯の男。だが笑顔の中に、底知れない何かを感じる男、宰相であるエヴァレット・マヴァール公爵だった。

「マヴァール公爵閣下、どうかされましたか?」

「先程の議会で、あまり発言をされてなかったように見受けられましたのでね」

 他にも発言をしていない領地はあって、クロードが特別控えめだったわけではない。まずは様子見を決め込む者も多かった。ほんの少し公爵の言葉が引っ掛かったが、相手の意図がわからない以上、大きく反応しない方がいい。父クリストフの忠告が脳裏をよぎる。

「キルンベルン侯爵閣下は、異世界人の身柄を引き受けたいと熱弁を奮っておられましたね」

 議会の様子を思い出し、無難な話題を選ぶ。侯爵の目的は魔力か、知識か、その両方か。異世界人の中には、勇者の肩書きを持つ者も現れていた。

「勇者にご興味は?」

 公爵は、それが知りたかったのだろうか?クロードは、琥珀色の瞳から探るような視線を感じた。

「ありません、今は平和な世の中ですから」

 戦争状態ならいざ知らず、魔物や野党、犯罪者への対処は、ウラール地方騎士団だけで戦力は足りている。元々国境沿いの為、バドレー領を含むウラール地方騎士団は精鋭揃いの上、国王軍に次ぐ規模なのである。勇者までいたら過剰戦力だし、そうなれば他領から警戒されるのは明らかだ。それに、クロードは暫く戦争にならないことを知っている。

「ああ、バドレー卿には愚問でしたな」

 納得したように公爵は呟く。

 当時伯爵位であった父のクリストフと、魔族の国クラデゥス帝国皇女だった母ソフィアとの婚姻で、長年敵対していた国同士の和平が締結したのだった。それによりバドレーは侯爵位に昇格したという経緯がある。

 敵国の皇女が何故一貴族であるクリストフに嫁いで来たのか、それはなりふり構わぬクリストフの恋情の結果なのだが、結果として功績は大きい。現在進行形でクリストフはソフィアに骨抜きにされているし、それはこれからも変わらないだろう。長命な魔族である母の姿は麗しく、新しい弟や妹が出来たとしてもクロードは驚かない。


「前回の召喚で恩恵を受けた領地は遠慮されよと言われては、我が領は何も言えぬ」

 公爵は苦笑いを浮かべながら、さして残念がっていない表情でそう言った。

「閣下の曽祖母様が、異世界人でございましたね。マヴァール領は、染物技術の他にも色々伝えられているのでしょう?我が領特産の螺鈿細工も、元々は彼女のもたらした物だと伝えられております。そう考えると、恩恵を受けていない領地の方が少ないのでは?」

「私もそう思うのだがね…」

 マヴァール公爵は肩をすくめて見せた。

「ですが、身柄云々の話は時期尚早でしょう?まだ我が国に来たばかりの者達に、求めるものが多過ぎるのではと、思わずにはいられません」

「気が早過ぎると、私も思うよ。気が早過ぎると言えば、べリスフォード殿下なのだが…」

 公爵はここだけの話として、クロードの耳元で囁いた。第一王子は召喚されたばかりのまだ14歳の少女を保護と称して、自分の側室に取り込もうとしたのだと言う。それを察知した第二王子が、兄を説得して思い留まらせた。嫌悪感がクロードの表情に少し出てしまったようで、公爵は苦笑した。

「こちらに都合の良い情報だけ与えて、相手を従わせるやり方は卑怯だと思わないかね?」

 それはほんの一瞬、瞬きしていれば見逃したかも知れない程の僅かな時間、射抜く様な視線が、クロードを貫いた。

「そうですね、平等に情報を与えて、それから選んでもらうのが筋だと思います」

 クロードは真っ直ぐに、公爵の琥珀色の瞳を見つめ返す。それは紛れもないクロードの本心で、同時に綾への思いそのものの言葉だった。

 次の瞬間、目に見えない何かが、クロードへの拘束を解いた様な、不思議な気分を味わった。…気の所為か?

「ふむ」

 何か納得した様な相槌を打ち、公爵は頷きながら表情を緩めた。先ほどより感じていた、探るような視線が和らいだ気がする。

 もしかして、クロードは何か試されていたのだろうか…。若干の居心地の悪さを感じながらも、それを表情には出さず話を続ける。

「マヴァール公爵閣下がいてくだされば、彼らも不当な扱いを受ける事はないでしょう」

「善処するよ、期待に応えるためにも」

 にっこりと笑顔で答えながら、公爵は言い切った。


「話は変わるが、お父上は息災かな?」

 いかにも雑談といった風情で、公爵は明るい声を出す。

「はい、父は毎日仕事に励んでおります」

「それはそれは…」

「と言っても趣味を兼ねておりますから、ご心配には及びません」

 毎日楽しそうに趣味を満喫しているクリストフが、クロードには恨めしい。本来なら隠居する様な年齢ではないのに、クロードに家督を譲り渡したのは趣味の為だ。

「我が父が、クリストフ様に会いたがっているのだ」

 公爵は苦笑いしながら、話を切り出す。

「ジェラルド様がですか?ああ、私が爵位を継いでから、両親は夜会にも顔を出しませんからね」

 螺鈿細工の技術がもたらされたのはマヴァール領からなので、領地が近い訳でも無いのに何かと交流があるのだった。その関係から、父クリストフとジェラルド前マヴァール公爵は親交が厚い。ただ単に、気が合うだけかも知れないが。

「フレデリック殿下が、レナード君に会いたがっているし、我が妻もソフィア様に会いたがっているよ」

「それは光栄です」

 弟のレナードは、第二王子フレデリック殿下と学園の学年が同じで、友人関係でもあるのだった。22歳と若いが性格も良く、容姿淡麗で、更に優秀だと誉めそやされでいる第二王子と、研究しか頭にない弟のレナードのどこに共通点があるのか、クロードには謎である。

 母ソフィアは社交界の華だった。男性のみならず女性からの支持も厚く、クロードが爵位を継いでから、夜会にも全く姿を現さなくなったのを惜しむ声は多い。クロードが出席すると、明らかに落胆されたことが両手で数えきれないくらいあった。


「そうそう、父が是非クリストフ様に依頼したい事があるらしいんだ。装飾品の修復なのだがね」

「いつでもお預かり致しますが、修復なら地元の職人でもよろしいのでは?」

「それが、ちょっとした理由ありでね。直接会って依頼したいそうなので、領地を訪ねても良いだろうか?」

 直接渡す理由は分からないが、面会も兼ねているなら納得出来た。

「父に伝えておきましょう。お返事はお手紙でお知らせ致します」

「こちらからも、正式に依頼の手紙を送ろう。手間取らせて悪かったね」

「いえ」

「では、失礼するよ」

 にこやかな笑顔で暇を告げる公爵。

「はい、私も失礼致します」

 頭を下げてその後ろ姿を見送っていた時、自分が拳を握りしめていた事に気付く。手を開くと、しっとりと汗をかいていた。クロードは自分が思っていたよりも、緊張していたらしい。関われば関わるほど、得体の知れないお方だと思う。王城は魔窟だと改めて認識したクロードだった。

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