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ソフィアの愛ある教育的指導

 ソフィアの教育的指導は、そう、一言で言うなら地獄だった。容赦なく放たれる攻撃魔法、当たれば即死レベルのそれを、必死で躱しながらクロードとレナードはソフィアに攻撃を繰り返す。ソフィアのそれは、蹂躙と言っても差し支えない一方的なものだった。クロードとレナードが反撃するも、全て弾かれる鉄壁の防御魔法になす術もなく魔力だけが減っていく。物理攻撃も魔法攻撃も効かないのは、魔法レベルの差によるものだ。普段は負ける事などないバドレー家の三兄弟であっても敵わない相手、それがソフィアだった。

 力の差は歴然で、正に赤子の手を捻るかの如く、クロードとレナードをあしらうソフィアは息すら乱していない。

「そろそろ良いかしら?」

 ソフィアがそう呟いたと思ったら、二人の目の前から消えた。一瞬にして音もなく二人の背後に近づき、その身体を蹴り上げる。何とか反応して防御したクロードとは対照的に、レナードはまともに蹴りを喰らい、吹き飛ばされた。地面に転がったレナードには目もくれず、クロードに狙いを定めたソフィアは、尋常ではない速さで手刀を繰り出し、蹴りを間に挟みながら、真剣を持ったクロードを追い詰める。防戦一方のクロードは、反撃に魔法を放つものの、ソフィアにあえなく相殺されてジリジリと追い詰められた。

「あ、アヤさん」

 ソフィアが屋敷に向けて視線を送る。殆ど無意識に屋敷の方にチラリと目を向けたクロードの喉元には、ソフィアの手刀が迫っていた。

「ぐっ!かはっ!!」

 クロードはソフィアに喉を突かれて、うずくまる。

「ふふふ、注意力散漫ね!」

「けほっ…アヤの名前を出すなんて、卑怯ですよ!」

 綾のいる部屋は、カーテンすら開いていなかった。単純な作戦に引っかかってしまった自分に対して、クロードは今情けなさを感じている。

「目の間の敵に、正々堂々した態度を求めるなんて、甘すぎるわね!卑怯上等!勝てば良いのよ!勝てば!!敗者の戯言に耳を傾ける者など、いないのよ!」

 ソフィアの言っている事は、騎士道としては邪道だ。だが、バドレーの騎士道はソフィアの教えに似ている。戦争では正々堂々とか卑怯とか関係なく、勝つ事が正義なのだ。戦いのいうものは、綺麗なものではない。そこは結果が全てなのである。父や伯父からも、同じ様に教えられているので、そこは納得出来るのだが、綾の名前を出されたのは腹立たしいクロードだ。

「弱点を教えてあげた私に、感謝しなさい!」

 クロードは正論過ぎるソフィアの言葉に、反論出来なかった。


「…母上、僕まで訓練に付き合わされるのは、何故ですか?」

 地面に座り込み、息を乱しながらレナードがソフィアを見上げる。

「あら、レナード、あなた理解していないのね?」

「兄上の、とばっちりでしょう?」

 レナードは不満そうにクロードを見る。クロードはレナードが知らずに墓穴を掘っているのに気付いたが、教えてやらない。下手に庇うと、ソフィアの逆鱗に触れるからだ。

「違うわ!これは、教育的指導だって言ったでしょう?」

「僕には心当たりがありませんよ!?」

 あー言っちゃった…とクロードは憐憫の眼差しで、レナードを見詰めるがレナードはそれに気付いていない。

「クリストフから聞いたわ。アヤさんを助手としてこき使った挙句、回復魔法すら掛けてあげずに放置したんですって?」

 ソフィアの冷ややかな声音で放たれた言葉に、レナードの身体が金縛りにあったかの様に凍り付いた。

「………ちょっと…失念していただけで…悪気はなく…」

 レナードはバツが悪そうに、ソフィアから視線を逸らした。

「そうね。私の指導が足りなかったのよね…常に紳士であれと骨の髄まで叩き込んで指導したつもりだったのだけど、まだ……足りなかったのよね?」

 ふぅ、と悩ましげにソフィアは憂い顔を作る。こうなると言い訳する事すら難しいので、レナードは口を噤んだ。

「………申し訳ありません」 

 土下座する勢いで、レナードが頭を下げる。

「今度は忘れない様に、指導するわね」

 にっこりと満足そうに笑うソフィアだが、邪気のない笑顔が逆に怖いのは何故だろう?

 本当に骨の髄まで叩き込む様に指導するソフィアの未来が見えて、クロードとレナードは背筋がぞくりと震え上がった。

「………はい」

 レナードが返事をする。ソフィアの前で、了承以外に答えられる言葉はない。

「クロードもね」

「………はい」

 油断した昨日の自分を恨みつつ、綾の安眠の為なら仕方ない事だったと腹を括るクロードだった。



 更にボロボロになり、立つ事さえ出来なくなった二人に、ソフィアは回復魔法を掛けた。その処置は単純に、この後の業務に支障が出ない為である。

「クロードも朝食、一緒に食べるでしょう?」

 良い運動した後の様に、爽やかな笑顔でソフィアはクロードに話し掛ける。何故肌がツヤツヤと輝いているのだろうか…ストレス発散して気持ち良かったのか?とクロードは考えながらも、それを口に出す愚かな真似はしない。

「はい。アヤの様子も気になりますし…」

「僕は遠慮しようかな…」

 レナードが辞退しようとしたが、ソフィアはすかさず圧のある笑顔を向ける。

「運動の後のタンパク質が、筋肉を作るのよ?」

 今日の自分達に拒否権など無いのだと、レナードも悟った様だ。

「……一緒に頂きます」

 肩を落としたレナードを見て、ソフィアは笑顔で頷いた。



 心配していた綾の様子はいつもと変わりなく、時おり笑顔もあってクロードは心から安心した。朝食の席は終始和やかだったが、レナードの元気がない様子に綾は首を傾げている。

 ソフィアのレナードへの視線が怖い。多分、表情ぐらい取り繕えと、圧のある笑顔が語っている。………また、教育的指導が待っているかも知れない。クロードは今朝の指導を思い出して、背筋が震えた。

 ……紳士の道は厳しく険しい。

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