カマルと綾
手渡された鏡をカマルに返す事も出来ず、綾は途方に暮れる。誠意などと言われてしまっては突き返す事など出来ないではないか!
ソフィアは、あら、良いもの貰ったわねと穏やかに笑っている。レナードも興味深そうに手鏡を覗き込んでいた。
それは綾の知っているコンパクトに似ているもので、表面には細かい装飾が施されていた。二枚貝のようにパカッと開くと、一面は鏡、もう一面には魔石が埋め込まれている。ここに魔力を込めれば良いのだと、カマルが説明するのを聞きながら、綾は何かに似ていると…考えて、思わず心の中でプ◯キュアっぽい…と呟いてしまった。もちろん、変身することは無い。
カマルの説明では救難信号みたいな使い方をするらしく、魔石部分に魔力を込めると発信者の位置情報が伝わり、ブランの民の誰かが駆けつけてくれるのだと言う。
「GPSみたいな?」
ぼそっと呟いた綾に、皆が首を傾げる。
「いえ、何でもありません。えっと、迷子になった時とかに使えば便利そうですね?」
これを使う状況が他に思いつかなかった綾は、カマルにどういう状況で使うのか訊いてみた。
「…一番可能性が高いのは、誘拐された時かな?」
カマルからそんな返事が返ってきて、綾は目を丸くする。
「………」
「どうかした?」
一番可能性が高いのが誘拐なの!?という綾の驚きは、平然としているカマルやソフィア、レナード、チェスターを見て飲み込まざるを得なかった。
「…いえ、何でもありません。貴重な物をありがとうございます」
カマルに対して綾は丁寧に礼を言う。最近、ソフィアから回復魔法を習っている綾だったが、攻撃魔法も習った方が良いだろうか…と考えてしまった。
話が一段落した所で、今度は商売の話になっていったのだが、そこからはチェスターの独壇場だった。時折ソフィアやレナードも話すが、綾は口を挟める雰囲気ではない。って言うか、綾が関わったのって本当に最初だけで、もうすでに綾の手を離れてしまっているのだ。
ある程度概要を話したら、ソフィアの転移魔法で、養殖真珠の作業小屋へ。そこではもう既に作業員が雇われ、貝に核を入れる作業をしていた。綾の作業より数段手慣れた様子で、綾は勝手に敗北感を味わう。ここではレナードとソフィアの説明が光っていた。綾は地味に落ち込みながら、貝のように口を閉じているだけだった。
そして海の筏で養殖の様子を見学した後、作業小屋へ戻り、いくらでどの位卸すかの事務的な話をチェスターが行い、カマルと協議し始めた。
綾はもう、自分がいなくても良いんじゃないかな?と今日何度も思った事を、更に思う。
そしてあっという間に、お別れの時間が来た。カマルとあまり話せなかったが、手紙のやり取りをしているので、そこはあまり気にしなくても良いか、と綾は思う。
見送りに出たのは綾とチェスターだけだ。レナードとソフィアの見送りは、カマルが遠慮したのだった。
「気をつけて帰ってくださいね」
綾は向かい合ったカマルを、笑顔で見上げる。
「アヤ、今度は二人だけでも、会ってもらえるだろうか?」
カマルが綾の手をそっと握り、問いかけてきた。エメラルドの瞳に確かな熱を感じながら、綾はそれを見詰め返す。
「え…?」
その言葉の意味を考えていた時、バチン!と何かが弾かれたような音がして、綾は驚く。視線を横に移すと、明るい茶色の髪をした15歳くらいの少女が、赤くなった腕を押さえながら綾を睨みつけていた。
「カダ!!」
カマルは綾を背に庇うように、少女と向き合う。
「お前など、ブランの次の族長であるカマル様に相応しくない!何が異世界人よ!ただの異物のくせに!」
カマルの背中に庇われて少女の姿は見えなかったが、その声は容赦なく綾に届く。
「カダ!アヤに謝れ!」
鋭いカマルの声が、少女に向かって放たれる。
「誰が異世界人なんかに!」
「カダ!!」
「…謝罪は結構です。カマルさん、お気をつけて!では失礼します」
綾は精一杯の笑顔でカマルにそう言うと、踵を返してその場から立ち去った。私は…ちゃんと笑えていただろうか?
いつもお読み頂きありがとうございます!
ちょっと短いのですが、キリが良いのでここまでで。
では、また⭐︎あなたが楽しんでくれていますように♪
ちょい改稿しました。