カマルとブランの意思
「あ、そうそう、これ渡しておくね!」
レナードが綾に手渡したのは、シンプルなネックレスだった。銀色のチェーンに、丸いローズクオーツのトップが付いている。
「これは?」
綾が訊ねると、ふふふと意味深にレナードは笑う。
「必要ないかもしれないけど、お守りだと思って身に付けておいてね」
「お守り、ですか?」
綾はネックレスをマジマジと見つめ、鑑定する。その内容に驚いた。
「え、他者からの『鑑定』を阻害する効果があるんですか?このネックレス!」
「そう、お守りだって言ったでしょ?」
「でも、許可なく『鑑定』するのって、マナー違反なんじゃ…」
クロードがそんな話をしていたような…?と綾は思い出しながら首を傾げた。
「あくまで、マナーだからね。マナーを守らない人間もいるんだよ」
大体の貴族や商人はこの付与魔法のアイテムを身に付けているのだとか。弱点を知られるのは商人や貴族にとって、大打撃だからだ。だからこの手の商品は豊富にあり、安価な物から高価なものまで様々だ。
「ああ、あくまで『お守り』ですもんね?」
カマルがマナー違反をするとは思えないが、異世界人だと知られるのは拙いのは確かだ。
「そう、万が一の時の為だから、気軽に身に付けてみてね!」
山の中で身に付けていた、明らかに高価そうなものとは違い、こちらは気軽に身に付けられそうなデザインなので、綾は素直に頭を下げる。
「ありがとうございます!」
綾はレナードに礼を言い、早速身に付ける。
「……今度ヘマしたら、母上の地獄の特訓が待っているかも知れないし…」
今朝の伯父上の特訓も地獄だったが、ボロ雑巾のようになったとは男の沽券に関わるので絶対に綾には秘密なのだとレナードは思う。ちなみに同じメニューをクロードもこなし、これまたボロボロにされても、綾の前では涼しい顔をして一緒に朝食をとっていたりするのだ。
そんな小声で呟かれたレナードの言葉は、綾には届かなかった。
カマルは一人でマーレの屋敷にやって来た。相変わらずエメラルド色の目付きがキツめだが、怖い性格では無いのを綾は手紙のやり取りで知っている。前にも思ったけれど、髪は茶色の髪に白いメッシュが、鷹の羽根の様で強そうで綺麗だった。
執事に案内されて来たカマルを、綾はレナードやソフィア、チェスターと一緒に出迎える。他の皆と違って、綾の服装は庶民のお出かけ着程度のものであるが、着心地の良い可愛いワンピースは綾のお気に入りだ。もちろん、綾はドレスなど持っていないので当たり前なのだが。
「本日は、この場に招いて頂いて光栄です」
まずカマルは、ソフィアやレナードに挨拶して、綾に向き直った。カマルはチェスターと綾にも挨拶してソフィアに勧められたソファに座る。
皆でたわいない歓談をして場が解れた時、カマルは綾の近況を聞きたがった。手紙で大体話していた通りの事しかないのだが、許可を得ていたので綾は養殖真珠の事業の事も話す。
「…その技術の出所を隠せるのですか?」
遠慮がちにカマルは綾や、ソフィア達を見た。
「…隠す?」
なぜ隠さないといけないのかと、綾は首を傾げる。
「だって、異世界の知識でしょう?」
カマルの言葉に綾は思わず息を呑む。
「あら、やっぱり気付いていたのね」
ソフィアの相槌で、真っ白になった綾の頭がようやく動き出した。
「鑑定魔法が使える者が一族に居りますので、宝石を『鑑定』した時に異世界産だと表示されたのです」
「…そうだったのですね」
綾は自分の迂闊さを反省した。だがカマルは、もっと驚く事を口にしたのだ。
「もし、エナリアル王国から逃げ出したい時は、ブランの民が力になりましょう。私達は世界中に拠点を持っておりますし、匿う事も容易です」
カマルの表情は真剣そのものだった。
「どうして、その可能性を考えたの?」
レナードは笑顔でカマルに問いかけた。
「王国は召喚の儀で揺れ動いておりますし、貴族達の意見も分かれているとか?何より王都ではなく、バドレー領に身を寄せておられるのには理由があると考えました」
カマルの口調は冷静で、事実からの推測なのだと綾に思わせた。
「さすが、ブランの次の長だけのことはありますね!」
レナードは手放しでカマルを褒める。
「有難い申し出だけれど、クラデゥス帝国にも話は通っているのよ。陛下直々に保護の約束も取り付けてあるから」
ソフィアはカマルを真っ直ぐに見つめて話す。
「それに、上の様子が変わったのもあって、もうすぐアヤさんの事は王家に届け出るつもりだから」
レナードもソフィアの話を補足する。
「それは、差し出がましい事を申し上げました」
カマルは恥いった様子で頭を下げる。
「気持ちだけ有り難く頂いておくわ。だけど保守的なブランの民は、今まで異世界人との接触を積極的にしてこなかったと認識しているのだけれど、違っていて?」
「そうですね。今まではそうでした。ただそれは、機会が無かったというだけの話なのですが…。ただ、昔に一度だけ異世界人の逃亡の手伝いをした事があるのです。その時は山で遭難しかけていた異世界人を、クラデゥス帝国に送り届けただけでしたが」
「ああ、あの時の事ね!」
ソフィアは、ポンと手を打った。え、当事者なの?と綾は思ったが口を挟める状況ではない。一体ソフィアの年齢は幾つなのだろう?怖くて聞けないので、そこはスルーする綾だった。
「でも王国側と敵対するつもりはありませんでしたので、秘密裏に送り届けただけで終わったのです。彼も我々の事を口外しないと約束してくれましたので、ご存知ないと思います」
「そうだったの…でも反対意見もあったのではない?」
ソフィアは交流のあるブランの民の考え方をよく理解しているのか、質問を繰り返す。
「ええ、不利益に繋がる干渉は避けるべきだとの意見もありました」
「先程あなたが口にしたことは、あなたの一存ではなくブランの民の決定事項なのでしょう?」
「そうです。我々は助けを求められれば応える用意があると、彼女に知らせたかったのです。ブランの民が婚姻の際に花嫁に持たせる装飾品は、いざという時の保険でもあります。だから出来るだけ良い物を持たせてあげたいのが親心でして…特に母親はその用意に何年も年月を掛けて探すのですよ。私の家族は困っていた私達に手を差し伸べてくれた彼女に、恩を感じています」
「私は持っていた物を物々交換しただけで…大した事をしたわけではないですし…」
宝石を交換したぐらいにしか思っていなかった綾は、正直言って戸惑ってしまう。
「それでも、私達の誠意を見せたかった。ただの自己満足なので、アヤはいざという時に思い出してくれるぐらいで良いんだ」
カマルは綾を真っ直ぐに見詰めて答えた。そして懐から鏡を取り出し、綾に渡す。
「これは?」
「何かあった時に、魔力を込めてください。仲間がすぐに駆けつけます」
「え!」
こんな物貰えないよ!!!
また、遅くなってごめんなさい!次の場面ばかり書いていたら、時間が足りなかった!!