予想外?
綾が目を覚ましたのは、早朝のこと。昨日の作業をした格好のまま、お風呂も入らずに寝た割には、肌も髪もベタついていない。夕飯を食べ損ねて、空腹で目が覚めるなんて、いつ振りの事だろう?この世界に来てからは、不摂生はしなくなったので、随分と久し振りの事には違いない。
「昨日そのまま寝ちゃったんだ…」
ベッドから起き上がると虹色の蝶が視界に入った。『朝食を一緒にどうか』とクロードからのメッセージに、それも随分と久し振りだと綾は感じた。夕食に誘われる機会は多いが、朝食はこの世界に来て二日目の朝以来だからだ。
「さすがにお風呂に入りたいな…今日は人と会う約束もあるし…」
クロードと会うからとかいう理由からではない、人として一般的な身嗜みの意味だから!と誰に指摘されたわけでもないのに、言い訳している自分に気付く。
「ああ、お風呂入ろう!とその前に何か食べた方が良いかな?」
空腹時にお風呂に入るのは、良くなかったはず…そう思いながらアイテムボックスの中を探り、チョコとマシュマロを口の中に放り込んだ。
共有スペースのラウンジの奥、そこに女性用の風呂場はある。綾はシャンプーや石鹸などのお風呂セットをもって、部屋を出た。
大きさにして二畳ほどの広さのバスタブに湯を張るのは少々時間がかかるが、魔石に魔力を流すだけなので簡単だ。一階にも大きめの風呂場があるが、残念ながら現在は時間外なのでこちらを使う。お湯は何処かの温泉場から魔道具でこの湯船に運ばれてくるのだと、エリスに聞いて驚いた。乳白色の美肌に良いというお湯は、実に綾好みである。
髪を洗った後、以前は誰かに乾かしてもらうのを申し訳なく思っていたが、今の綾は風の魔法を覚えたので手櫛で髪を梳かすだけで、ドライヤーの様に髪が乾くのである。これで気兼ねなく、いつでも髪を洗えるのだ!魔法って本当に凄い!
風呂場で服を脱いでる時に、綾はふと思い出す。
「ああ、クロード様に返事しないと…」
今だったら早すぎるということもないだろうと思い、綾は伝令蝶でクロードに返事を送る。送って間も無く返事が来て、綾は少し驚いた。
「返事早すぎ!」
女子高生か!と脳内で綾は突っ込む。普段から忙しいだろうから、クロードにとっては普通なのかも知れないと、綾は思い直した。
「えっと、前も行ったことがある場所だ」
場所が少し遠いので、早めに出た方が良いだろうか?だが、まだまだ時間はあるのでゆっくりお風呂に入って、着替える時間も取れるだろう。
二日ぶりのお風呂をゆっくり堪能した綾は、クロードと朝食を摂っていた。パンに冷製スープ、サラダ、オムレツ、ウインナーなど、領主といえど、綾達が普段食べている物と、殆ど変わらない内容だ。
「一緒に食事をするのは、久し振りだな?」
クロードは綾より多めの朝食をとっているにも関わらず、綺麗かつ早く食べ進めている。綾の食事が、遅いわけではない!多分…。
「はい、そうですね」
「今日は用事があるのだろう?母上が張り切っているとか?」
「カマルさんが会いに来てくれる様なので、楽しみです」
綾は笑顔で答えた。少し間を置いたクロードは、小さく息を吐く。何故だか少し寂しそうに見えるのは、綾の気のせいだろうか?
「…そうか。アヤは最近忙しかったのだから、楽しんでくると良い」
「ありがとうございます!ブランの民に、真珠を売り込んでおきますね!」
綾は拳を握って、気合いを入れる。これは真珠の作り方を教えた、綾の出番だと思うのだ。
「……は?」
クロードには珍しく、目を丸くしてポカンと呆けた顔をしている。
「チェスターさんが手ぐすね引いて待ってるはずですが、私からも売り込んでおきますね!」
「……………そ、そうか。…うん、よろしく頼む」
ぎこちなくクロードは返事をする。思ってたのと違ったな…とクロードが小さく呟いていたが、綾は全く気付かなかった。
「はい!任せて下さい!!」
綾の気合いの入った返事に、クロードは思わずといった感じで、小さく笑う。さっき綾が感じた、少し寂しそうな雰囲気は、今はもう感じられなかった。
朝食を終えて彫金棟に戻って来た綾は、彫金師仲間にもみくちゃにされたり、ドニやマーサにお土産(お菓子や食事類)をたんまり持たされたりと、予想外の事はあったが、無事に転移陣を使ってレナードとマーレの屋敷に戻って来た。
「まずは、真珠の売り込みですよね?作り方は、どこまで見せて良いものなんでしょう?」
「……友人が遊びに来る感じだと思ってたんだけど、違うの?」
何故かレナードから呆れた視線を向けられ、綾は首を傾げる。
「違いませんが、世界を回ってる商人なんですから、今売り込まずに、いつ売り込むんですか?」
時間は有限なのだと、綾は声を大にして言いたい。
「チェスターにまで根回ししてあるなんてね…」
益々、レナードから残念な子を見る様な視線を感じるが、綾はあえてスルーする。
「あれは、チェスターさんから言って来てくれたんですよ!」
何処から聞きつけたのか、チェスターの商人としての嗅覚は凄まじいと綾は思った。綾自身も、カマルがわざわざ自分に会いに来てくれるのだから、何か得るものを持って帰ってもらいたいのだ。
「母上が、ガッカリしそう…」
レナードが小さな声で呟いた。
ソフィアの計画など知らない綾は、何を話そうかと色々考えて頭を悩ませるのだった。
遅くなってごめんなさい!!