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伝令蝶とクロード

 執務室の休憩スペースには前領主のクリストフと三男のレナードが座っていた。そして執務机から絶望に打ちひしがれた声が聞こえてきて、二人は視線を声を発した人物に向ける。

「アヤから返事が来ない!」

 真顔でそんな事を言うのは、バドレー領主のクロードだった。表情からは伝わりにくいが、家族であるレナードやクリストフには焦っているのが丸わかりだろう。しかし今のクロードに、取り繕う余裕はなかった。

「久し振りに一緒に晩餐を、と考えていたのに…」

 顔には出ないが、ガックリと項垂れているのも二人にはバレているだろう。

 しかし、無視は辛い!三回伝令蝶を出したのに返事がないと言うことは、もしかして知らないうちに、何か怒らせる様な事でもしたのだろうか?数時間前は普通だったのに!?

 伝令蝶は受け取る側の視線を感じると文字になる性質を持っている。しかし開封されたかどうかは分からない、一方通行の伝達手段だった。だから相手から返事が来ないと、伝わったか分からないのだ。

「あー兄上?ちょっと僕に心当たりが…」

 バツが悪そうな顔の弟をクロードが訝しげに見つめると、レナードは視線を逸らした。

「…心当たり?」

「今日アヤは魔道具設置の為に、昼過ぎまで山を歩き回ってたんだ。こっちに来てマヴァール前公爵との面会もあったし、疲れて寝てるかも?僕もうっかり、回復魔法かけてあげるの忘れちゃったし?」

 えへへと笑って誤魔化すレナードは、チラチラとクロードの様子を窺っている。

「はぁ?体力のない女性になんて事を!」

 クロードは目を見開く。クロードの女性への配慮は、ソフィアの教育の賜物である。

「おいおい、我々の体力と一般女性の体力を比べたらいかんだろ?ソフィアにバレたら、二時間の説教コースだぞ?」

 クリストフまで、珍しくまともな事を言っている。

「あー、昨日も疲れてグッタリさせちゃったんだよね。アヤは魔力高いから、あまり魔法が使えないのを失念しちゃうんだよ!その後ちゃんと回復魔法かけたけど!母上には内緒でお願いします!!」

 レナードも反省しているのか、殊勝に頭を下げている。

「助手への配慮が足りないぞ!母上に報告されたくなければ、今後は気をつけろ!罰は明日メルヴィル伯父上の稽古を一緒に受けること!覚悟しておけよ?」

「兄上の鬼!」

「母上の説教と、伯父上の鬼特訓、どっちが良いか選べ」

「どっちも嫌だ!!だけど伯父上の訓練の方がマシかな…?」

 レナードはうんうん唸りながら、考えている。

 ソフィアの説教も身体に教え込む方法なので、攻撃魔法がバンバン飛んでくるのだ。伯父上もソフィアも容赦ないので、レナードはフルボッコ確定なのだが、叔父の方が魔法攻撃が少ない分だけマシに思えたのだろう。どっちもどっちな気がするが、精神的なダメージが少ない分、やっぱり伯父上の方がマシであるから、クロードもどっちかを選ぶなら伯父上を選ぶだろう。それだけソフィアは色々な意味で三兄弟から恐れられているのである。

 でも、レナードは詰めが甘い。ここにクリストフがいるのだから、母上に隠し事など出来ようはずがない事を失念しているのだから。でもクロードは教えてやるつもりはなかった。やはりアヤを取られたみたいで、悔しかったからだが、これくらいの意趣返しなら許されても良いだろう。

「ちょっと見てくる」

 クロードはアルフィに告げると、転移魔法を使って彫金棟の寮に向かったのだった。


 転移魔法を使って現れたクロードに、マーサが声を掛けた。

「クロード様、何か御用ですか?エメリックなら工房の方に居ますよ?」

 マーサが厨房から食堂までやって来た。手を煩わせて申し訳ないと思いつつ、クロードは答える。

「いや、エメリックに用事じゃない。レナードがアヤに回復魔法を掛けるのを忘れたようだから、疲れて寝ているんじゃないかと思って」

「ああ、そうですか。マーサと一緒に3階へどうぞ?」

 ドニは厨房から顔を覗かせて、階段を指し示す。

「夕食の支度中だったのだろう?手間をかけてすまない」

 階段を上りながらクロードはマーサに謝る。

「いえいえ、仕込みは大体終わってて、折角久し振りにアヤちゃんが帰って来たものだから、ドニが張り切ってお菓子を焼こうとしてただけですよ!」

 マーサは朗らかに笑いながら、強面寡黙なドニの浮かれぶりを話している。

 綾が帰って来て嬉しかったのは、クロードだけではなかったのだと感じて、晩餐に誘おうとしていた自分が、少し恥ずかしくなった。ドニ達も綾に料理を食べて欲しいだろうに、その機会を自分が奪おうとしていたのだと少し反省してしまう。

「ああ、アヤが喜びそうだ」

 そう言いながら、晩餐はドニ達彫金棟に皆に譲ろうと思った。でも朝食は譲りたくないので、そっちを誘おうと決めたクロードである。レナードに言われるまでもなく、我ながら心が狭いと自覚したのだった。

 

 クロードはマーサに見守られながら綾の部屋の戸をノックするが、反応がない。マーサと顔を見合わせながら、扉に手をつき、そっと解錠して綾の部屋に入った。窓辺にあるベッドには男装したままベッドに横たわる綾が居た。規則正しく胸が動いていて、綾の周りに虹色の三つの伝令蝶がふわふわと漂うように舞っていた。

「あ、クロード様!ここで靴を脱ぐのですよ!」

 綾を起こさないように小声で、マーサがクロードに教えてくれた。何でも、綾の国は家の中で靴を脱ぐらしいのだとか。そう言えば前に聞いた覚えがあるな…とクロードは思いながら、了承の意味を込めて頷いた。

 マットの上で靴を脱ぎ、綾に近寄る。ふわふわ漂う伝令蝶達を回収してから、全身に回復魔法を掛けた。

「よほど疲れていたのだろうな…」

 触れたい気持ちを理性で抑えつけて、クロードは綾の顔を覗き込む。マーサがタオルケットを綾にかけてそっと頭を撫でている様子を微笑ましいと思いながらも、羨ましく感じてしまう。朝食に誘う新たな伝令蝶を置き土産にして、クロード達は綾の部屋を出たのだった。

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