ジェラルドと綾
「アヤ嬢は、この場所に留まることを望んでいるんだね?」
ジェラルドは綾の黒曜石の様な瞳を真っ直ぐに見詰めて、問いかける。ああ、本当にお祖母様に似ている。
「はい。今の環境に満足しています」
綾もしっかりとジェラルドのサファイアの瞳を見詰め返して、しっかりと頷いた。
「今回の召喚の儀は異例なのは聞いているかな?」
「はい。王の承認がなかったと…」
今回の事は、王自身も失態だったと認識していて、それを行なった第一王子と唆したアラバスター公爵を、快くは思っていないだろう。
「その第一王子が主導で召喚の儀が行われ、異世界人の世話役に当たっていたが、異世界人から不評を買ってね…」
「はい、第二王子に担当が変わったと聞いています」
「そう、だから、アヤ嬢自身が異世界人だと、王家に届け出た方が良いと思うんだ」
綾はジェラルドの言葉に、困惑の表情を浮かべた。
「…理由をお聞きしても、良いでしょうか?」
「理由は第二王子の人柄が、無理強いをしないと予測できる事。身内贔屓だと思われるかも知れないけど、私の孫は優秀だよ。今なら一度第一王子が失敗している事で王家は慎重になっているし、アヤ嬢の希望が通りやすいと思うんだ」
おそらく、このままバドレーに留まることも可能だろうとジェラルドは思う。
「…今のままでは、いけないのでしょうか?」
綾はこのままで良いと思っているのだろうが、問題は多い。まず、結婚。平民と結婚も出来るが、魔力の高い女性を平民では守り切れないのだ。そういう女性は貴族に目を付けられてしまうし、魔力の高さを知られるのは時間の問題なので、綾の結婚相手は自然と高位貴族になるだろう。綾に貴族の婚姻を理解出来ないのは仕方ない。だが、何も手を打たなければ、不測の事態が起こる可能性もある。ジェラルドはそういう事を、綾に丁寧に説明していった。
「君が結婚したいと思える相手と、本当に結ばれたいなら身元ははっきりさせておいた方が障害は少ないし、身の安全の為にもなる。それに君の祖国を一番理解しているのは、マヴァールの人間だ。そういう関係性なら、私も堂々とアヤ嬢を支援しやすくなる。少し考えてみてくれないか?」
「…はい」
「私も口添えするつもりだから、悪いようにはしないよ?」
「…あの、バドレーの皆様に迷惑はかかりませんか?」
綾はチラリとクロードを見た。なるほど、守りたいのはクロードか、健気だねぇとジェラルドは甘酸っぱい気分になる。
「やりようはいくらでもあるが、アヤ嬢自身の意思を尊重した形だから問題はないだろう。だけどそれには、アヤ嬢が王家の人の前で意思表示するのが確実だと思う」
そう、それが一番の難所なのだ。
「それが必要なら、やります!」
決意を秘めた黒曜石の瞳は、凛とした光を湛えている。ジェラルドは嬉しくなって、頷いた。
「陛下にはバドレー領主とマヴァール領主の、連盟で奏上しておこう」
「よろしくお願いします!」
綾は丁寧に頭を下げた。
ふぅやれやれと、その場の雰囲気が和んだ。クロードやレナードはあからさまにホッとしている。クリストフは…いつも通りだが…。あれは気にするだけ、無駄である。
「そうそう、必要なら、アヤ嬢をいつでも養女にするからね?」
言葉に含みを持たせて、クロードに声を掛けると僅かに彼の頬に朱がさし、視線を逸らせた。ふふ、表情が変わらなくても、君の心が騒いでいるのは、私のスキルで丸わかりだよ?クロードとは逆に、レナードやクリストフはニヤニヤと笑っている。一人首を傾げている綾は、どうやら意味が分かっていないらしい。
高位貴族と結婚する為には、身分が必要なのだ。魔力の高い平民と貴族が結婚したい場合、そのままでは許可が降りないので裏技を使う。それが別の貴族の養女や養子になる事だ。
異世界人だと綾が名乗り出れば必要ない事だが、ジェラルドは一応その選択肢は示しておきたかったのだ。だって、義理とはいえ、綾が娘になってくれたら、なんて素敵なんだろう?ジェラルドは楽しい想像を膨らませながら、少し温くなった緑茶を飲んだのだった。
短めですみません!