表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/175

プロローグ

 師匠は言った、『止めるな』と。

 『辞めるな』ではない事は、解った。


 綾が、退職願と、社長の息子に渡されたルビーのネックレスを会社に郵送してから、数日後の夜だった。チャイムが鳴り玄関のドアを開けると、数日会っていない彼が立っていた。その時に吹き込んだ外気は冷たく、冬の寒さが身に沁みる。綾の家までわざわざ出向いてくれた師匠には自然と頭が下がった。学生時代から、今まで育ててくれたのに…私は恩知らずだと綾は忸怩たる思いだ。

 

 師匠に出会ったのは、綾がとある美術大学のデザイン科の学生をしている頃だった。興味があった講義を履修して、彫金師という職業を知った。ジュエリーデザイナーとしての一面を持ちつつ、職人として制作する姿に感銘を受けたのだ。あっという間にただの金属が、魅力的な宝飾品になる様子に、綾は魔法の様だと思ったのを覚えている。ただデザインだけをするのではなく、それを自らの手で創り出す。そこに大きな魅力を感じてしまった。

 それから、興味の赴くままに技術に関する質問を繰り返し、どうやったら同じような職業につけるのかを熱心に教えてもらう。もう、その時の綾は、彫金師になることを心に決めていた。胸に湧き上がる望みのままに行動し、数回の講義を受けたある日、綾は弟子にしてください!と彼に直談判したのだ。すぐにでもと焦る綾に苦笑いしながら、師匠は『良いよ。でも卒業はちゃんとしなさい』と言った。

 職人として育ててもらったのは学生の頃からだから、六年程の付き合いだ。彼と同じ会社に就職し、技術を磨いてきた。


 コーヒーの香りと湯気が、ゆらゆらと二人の間に漂っている。一人暮らしの部屋は狭い。

 退職願の理由を訊かれたから、なけなしの勇気を振り絞り綾は今までの事を話す。そんな事で辞めるのかと言われる様な気がしたのに、「そうか…」と一言。「戻る気はないか?」と訊かれたけど、首を横に振る。あの時のことを、思い出すだけで鼓動が速くなり、息が浅くなる。自然と手が震えて、「…怖いんです」そう絞り出す様に告げるだけで精一杯だった。

「…気付いてやれなくて、悪かった」

 頭を下げる師匠の顔は悔しそうに歪み、目には涙が滲んでいた。こんな姿は見たくなかった。その原因が自分にある事に、胸が締め付けられる。相談出来なかったのは、今の状態が壊れるのが怖かったから…自分が弱かっただけだ。

 我慢すれば良いと自分に言い聞かせ続けたのは、会社を辞めたくなかったから…。ずっとここにいたいと思っていたから。

「師匠は、悪くないです」

 …だから、そんな顔をしないで欲しい。いつもの様に、自信に溢れた顔で笑って欲しい。あなたは、私が誰よりも尊敬してやまない人なのだから。

「私は大丈夫ですから」

 本当は、不安で仕方ないけれど、何とか綾は笑顔を顔に貼り付ける。これが自分に出来る精一杯の虚勢だから…。

「…止めるな」

 暫くの沈黙の後、そう言って顔を上げた師匠の目には、強い光があった。綾は思わず気圧されそうな強い思いを感じて、息を呑む。

「誰に何を言われても、お前はお前だ。自分だけは見失うな。続けていれば、いつか、日の目を見る日が来る。お前は俺の弟子なんだから…。だから止めるな」

「…はい、私は彫金師ですから」


 師匠は、綾の工具を置いて部屋を出て行った。見送った後も、ぼんやりとドアの前で佇むことをやめられない。自然と頬を伝う温かいものは、別離の寂しさと、自分への情けなさと、師匠の言葉の温かさからくる感謝で溢れ出たものだろう。

 涙が止まったら、前を向こう。

 それまでは…、今だけは…感情の赴くままに泣きたかった。



 『私は彫金師ですから』そうは言ってみたものの、瞬く間に日々は過ぎていく。だけど師匠との約束だけは、守りたい。細々と作品を作ってはネットサイトで売る生活。

 アルバイトをしなくても何とかなったのは、師匠が素材を贈ってくれたから。師匠が綾の部屋に訪れた数日後、『石』と書かれた送り状が貼り付けてある荷物が届いた。これは金額にしたらいくら分なのだろうか…。宝石も石には違いないけれど、郵送でポンと届けて良いものではない筈だ。師匠は現金じゃなければ良いと思っている可能性大だが、現金より高価なものなのに!と慌てて電話をしてしまった。師匠曰く、社長に掛け合って慰謝料がわりにふんだくってやった!との事で、綾は恐縮しつつも感謝しかない。

 宝飾品は、ただ良いものを作れば購入もらえるわけでは無い。凝ったものは時間がかかるし、値段も高くなる。技術を磨くためにそういったものを多く作りたいのに、シンプルなデザインの方が、売れ筋だったりするのだ。そんなジレンマを抱えつつ、仕事に没頭する。買ってくれる人がいないわけではないし、信用を積み重ねていけばいつか凝った作品も多く売れるはず…。一歩ずつゆっくり前を向いて進んでいければ良い。

 そんな日常がこれからも続いていくと綾は思っていた。今日までは。


 シンプルな机は木目こそ美しいが、作業机らしく飾り気がない。手元をLEDライトが照らす中、コンコンと槌を打つ音が響く。サイズ棒で時折サイズの確認をしながら、綾は指輪を作り上げた。

 次に取り掛かろうと金属板を手に取ったところで、突然光の文字らしきものや図形が自分を取り囲み、視界がぐらりと揺れた。

「え、何!?」

 視界が揺らいだのは、自分の身体が椅子ごと床に沈み込んでいるからだと綾は気付く。助けを呼ぼうと口を開くが、困惑と恐怖が入り混じり、喉が張り付いた様に動かない。

 強い光に包まれて思わず、ぎゅっと目を閉じる。そして浮遊感と共に、強引に何かに飲み込まれる感覚がして、綾の意識はそこで暗転した。

 初めましての方も、お久しぶりの方もよろしくお願い致します!

 少し文体を変えましたが、上手くいくでしょうか?ファンタジーは初めてなので、頑張ります!

 読んで頂いて、ありがとうございます♪

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ