第八話「一難去ってまた一難」
「だから、今回のメインは私のが一番いいの! 何せこの間が命日なんだから!」
「人の命日をそういう風に利用するのはどうかと思うわね。それに日本人なのだから、日本史について深く見直す方がいいはずよ。だから私の書く日本史の見直し記事の方がいいに決まっているわ」
「日本史だけが歴史ではないですよ~。世界のこともちゃんと見て初めて、史学の意味があるのですから~。ですから、私の語る史が一番いいですよ~」
「…………」
胃が痛い。全員が始まってから約一時間、ずっとこの調子である。
文化探究部が発足して初めて出す広報誌。その栄えある第一号の記事を書きたいという気持ちはよく分かる。三人ともそれだけ自身の研究が好きで、打ち込んでいるのだから。
だがその気持ちが先行しすぎて、ずっと喧嘩状態になっていてはいつまでも進展しない。
そうしているうちに時間は刻一刻とすぎていって、もう締め切りまで一週間を切ってしまったというのに。そのせいで全員まとめて一挙に出すということができなくなってしまったのだから、これ以上この争いを放置しておくわけにはいかない。
「そんなに決まらないのなら、いっそ間を取って俺の書いた記事を出すのは?」
「却下」
「却下ね」
「却下です~」
「えぇ……」
けれども俺が出すと言ったら大体こうやって三人一致で却下される。
「だってアンタが書くのって、どうせラノベかなんかの二次元コンテンツ紹介記事みたいなものでしょ?」
「うっ……」
「それじゃあ見向きもされないのが目に見えているわ」
「そ、それは……」
「広報誌の出発として、それはよくないんじゃないですか~?」
「…………」
もうやめて、俺のHPはゼロよ。
……冗談はともかく、認めるのは些か癪ではあるが、彼女たちの言うことは最もだ。俺の書いた記事などは見向きもされないというのは、残念ながら事実だろう。
それはまず、内容という面において。照川の言う通り、俺が書くとしたらもちろんサブカルチャーに関連したものになるけれど、ただでさえオタクコンテンツ、二次元文化に否定的な世の中なのだ。一部の男子には手に取ってもらえるだろうけど、果たして十部と持っていかれるだろうか? それでは文化探究部の創刊号のスタートとしてはよろしくない。
そしてもう一つは、知名度の問題。俺という人間には、知名度というものはまるでない。一部では『海野零斗の一日一善』なんてものがあるらしいが、そんなものはあってないようなものだ。広報誌の頒布においては何ら効果をもたらすものではない。
それに対して、彼女たちの持つ『文化部の三大美女』というネームバリューには圧倒的な効果がある。彼女たちが書く記事が、無視されるわけがない。中身がどうであろうと関係なく、男子を中心に飛ぶように売れるだろう。中身をお構いなしにというのは彼女たちには不本意かもしれないが、ネームバリューというものはそれだけ偉大であり、威力がある。
そう考えると、この場所での俺の存在価値というのは、本当に召使いだけなのかもしれない……?
(いや、弱気になっちゃダメだ)
その状況を逆転するための鍵を手に入れたんだ。その鍵を開けずに諦めるなんてもってのほかだ。それに、それはサブカル研の先輩たちにも申し訳が立たない。
(だから……)
目下の課題は、この不毛な言い争いを何とかすること。
「私!」
「私よ」
「私ですよ~」
それにそろそろ、この言い争いも聞き飽きた。さて、どうするか……。
「……と?」
「…………」
「……くん?」
「……………………」
「……先輩?」
「………………………………」
「ちょっと、零斗‼」
「っ⁉」
大声で呼ばれる。気が付くと、三人とも俺のことをじっと見つめている。
「な、なにさ?」
「アンタは何か意見ないのかって聞いてるの」
「は?」
「このまま私たちが言い争っていても、恐らく決着を見ることはないわ」
「だから先輩に意見を求めてみるのはどうかと思ったのですよ~」
「あぁ、そういう……。じゃあやっぱ……」
「あ、あんたの記事を出すって意見以外ね。あんたの記事が売れないことは周知だから」
「…………」
そう言われることはなんとなく分かっていた。さっきも完全に拒否されたし。
(さて……)
「……もういっそ、何かで勝負でもして順番を決めればいいんじゃないか?」
「勝負?」
「出したいって気持ちはみんな同じなんだから、もうそれくらいしか納得できないだろう?」
俺だっていつまでも言い争いをして決まらないなら、いっそ何かで勝負でもしたほうが決着するだろう。
「……まぁ、確かにね」
「それで、勝負っていうのはなにをするのかしら?」
「そうですね、俺が出題してもいいですが公平性を疑われかねないし……」
「話は聞かせてもらったぁ‼︎」
「「「「⁉︎」」」」
突然大声と共に部室のドアが勢いよく開かれる。全員で驚いてドアの方を見れば、そこにいたのは、
「夢か、びっくりさせるなよ!」
「にゃはは、ごみんごみん」
いつも通りの笑顔で部室に入ってくる。
「監査委員はどうしたんだ?」
「今日の私は会議だけで非番なの。だから零斗の部室に行けば何かで遊べるかなと思ってやってきてみた」
「お前な……」
「って、そんなことよりも、話は聞かせてもらった‼︎」
「いや、二度言わなくてもいいから……」
「えっ? とにかく、これで決着をつけよう!」
そうして夢が取り出したのは、
「俺が貸したやつか?」
夢が俺に負けまくって、修行するから貸してくれと懇願されてついこの間貸し出したレースゲームのカセットだ。
「私も同じやつ買ったから、返そうかなって。そのついでに零斗と戦おうかなって思ったんだけど。ちょうど勝負だとか何だとかって話が聞こえてきたから、良いかなって思ってさ〜」
夢の家は正真正銘のお金持ちなので、すぐに手に入れるだろうとは思っていたけれど、こんなタイミングだとは思っていなかった。というか、
「何で教室で返してくれなかったんだよ」
「忘れてた。てへっ」
「やれやれ……」
こういう部分は夢らしいというか。
「まぁいいや。これで決めるってことに異論ある人は?」
このゲームに関して三人とも実力はほとんど同じ。同じコントローラーが三つあるから、公平性という意味でもちょうどいいだろう。
三人もそれを分かっているから、特に異論は出なかった。
「それじゃあ決まり! 早速始めよう〜‼︎」
いつの間にか夢がゲーム機とモニターを起動していた夢が、三人にコントローラーを渡している。
かくして、三人の戦いが始まったわけだが。
「ちょっと! 爆弾おいたの誰⁉︎」
「そういう先輩は私にばっかり赤を狙い撃ちしないでくださいよ〜!」
「そういう星井さんは雷を落としたわね……?」
それぞれによる足の引っ張り合いが繰り広げられていて、三人の誰一人上位を取ることができない戦いになっていた。
「……なんだこれ」
「揃って足を引っ張りあってるし。なんかバカみたいな戦いしてておもしれ〜」
「夢、それ以上はいけない」
レースに集中してて三人の誰の耳にも入ってないが、聞かれたら間違いなく怒るだろう。
そんな低次元で醜い争いが続き、最終的に。
「な、なんとか勝った……」
どんぐりの背比べではあるものの、勝者は照川となった。
「とりあえず創刊号の記事は照川が描くってことで決定だな」
来月以降については、またその時になって決めればいいだろう。
「……不本意だけど、仕方ないわね」
「はぁ〜い……」
月影先輩と星井さんは不満顔だが、しかしルールはルールなので納得したといった様子。
「はぁ、やれやれ……」
椅子について、紅茶を一杯口に含む。ようやくここ数日の悩みが解決して、少し脱力。これで彼女たちは自分の記事に真剣になって、俺を召使い扱いする時間的余裕もなくなるだろう。
「で、あんたは?」
「は?」
「あんたはこの間なにしてるのかって聞いてるの!」
「いや、別に俺が記事書くわけじゃないんだけど……?」
「だって私も、来月以降には月影先輩も星井さんも記事を書くのよ。なのに零斗は書かない。そんなの不公平じゃない」
「いやいや、二学期になれば俺も書く……」
「けれども一学期の間は、零斗くんは暇よね?」
「えっ?」
「先輩だけ楽をしようだなんて、そんなことが許されると思いますか〜?」
「ちょ、ちょっと?」
なんだか話がおかしな方向に変わってきたぞ?
「だからあんたはこれから、私たちの記事を書くにあたっての秘書として働いてもらうから!」
「はい⁉︎」
「照川さんの意見に賛成ね」
「先輩⁉︎」
「弥美もです~」
「星井さんも⁉︎」
「満場一致、もう決定事項だから、逆らわないこと!」
「ええええ~……」
そうして俺は、彼女たちの書く記事の助手役になることになってしまった。
結局、三人の圧制からの解放は、今しばらく先のようだ。
「零斗って、相変わらず受難だよね」
「うるさい夢」
文化探究部の活動が本格スタート!
でも、零斗くんに安寧の時間は訪れませんね笑
評価やブックマーク、感想等よろしくお願いします!