第五話「月影涼子」
数日にわたって照川のことを調査していた、結局写真の一件については何も進展しなかった。何せ部活以外では、彼女に近づくこと自体が困難に近いのだ。
「あのリア充陽キャ女子に囲まれた生活をしてたらなぁ……」
道を歩けばすれ違う人たちが道を譲るような集団に、俺のような奴が近づけるはずない。
「近づけないと言えば、月影先輩もそうだな……」
『難攻不落の月影城』の異名を取る月影先輩は、普段から一人で行動していることがほとんどらしく、誰かと一緒に居ることの方が珍しいとのこと。休み時間はどこにいるのかも知れないという徹底ぶり。
少し前に先生からの頼まれごとで先輩に用事があって、行方を探しだそうとしたことがあった。しかし先輩の教室へ行っても姿が見えず、メッセージを飛ばしても。
『見つけてみなさい』
と言われて、結局放課後の部活まで見つからないということがあった。
(正直あの人の生態は謎だと言って差し支えないな……)
そんな調子でいられたら、調査すらままならない。何とかして捕まえられればいいんだけど……。
「なーに悩んだ顔をしてるのさ、零斗」
「もうお昼休みだぞっ!」
与一と夢の声で思考の海から現実に戻ってくる。そして二人の言う通り、いつの間にか教室は賑やかになっている。
「ほらっ、食堂に行こう!」
「あ、あぁ」
腕を引っ張られ、教室を後にする。
「あっ、丁度よかった~」
そんな声に振り替えれば、後ろから成瀬先生がやってくる。
「林檎ちゃん?」
「どうしたの、林檎ちゃん?」
「林檎ちゃん言うなっ!」
頬を膨らませてプンプン怒っている。俺らから見るとその姿は可愛いとしか思えない。そんなところが、この先生の人気な理由の一つでもある。
「海野くん、一つお願いがあるの」
「……なんですか? この間みたいなのはナシでお願いしますよ」
「そんな難しいことじゃないって。部活のみんなに知らせておいてほしいことがあるの」
「部活ですか?」
「そうそう。『今日は部室に点検が入るから、部活動はできない』って」
「はい? え、ちょっと待ってください。俺も聞いてないんですけど?」
「今言ったじゃん」
「そういうのはいいですから!」
「大丈夫、別に中を荒らしたりはしないし、私もちゃんと立ち会うから。……面倒臭いけど」
「本音漏れてますけど」
「とにかく、そういう訳だからよろしくね」
言いたいことだけを言って、さっさと行ってしまう。
「そういえば、これから数日使って各部室に業者点検が入るって、委員長が言ってたな」
思い出したように夢が呟く。
「……マジか」
そんな重要なことをなんで今まで黙ってるんだ……。
「どうせいつも通り、面倒だから後でいいやって思って忘れてたんでしょ?」
「与一の言う通りだろうな……」
そしてそれをどうこうすることは俺らにはできない。仕方なくスマホを開いて、グループチャットにメッセージを送っておいた。
*
「与一はこのあと予定あるか?」
「え、どうして?」
「部活無くなったし、久しぶりにゲーセンにでも行かないかって思ったんだけど」
「ん~、今日はパス! この後大事な予定があるんだよね~」
「……そういうことか」
「察しが良くて助かるよ」
与一の言う大事な予定、その大概が女子とのお出かけだ。外見だけはいいから、ちょくちょく女の子に遊びに誘われるのだ。
それに与一でなくとも、男子と遊ぶのと女子と遊ぶのだったら後者を選ぶだろう。
「じゃあまた明日~」
「あぁ」
とっとと荷物をまとめて与一は教室を後にする。
「夢はいつも通り部活監査員会だしな。時間的に家に帰ったら涼香さんあたりに現場に引っ張り出されるかもしれないし。……図書室にでも行くかな」
いくつかラノベを積んだままの状態で、今日も二冊くらい持ち込んでいる。部室の点検のおかげで召使いされる時間もなく、自由な時間が取れるのだから集中できるだろう。
方針が決まって、早速図書室へ向かって移動を始める。
「……あれ、月影先輩?」
図書室の端の席に座ろうと奥に言ったら、ちょうどその席に月影先輩が座っていた。普段どこにいるのか分からない先輩がこんなところにいるとは思わなかった。早速近づいて話しかける。
「月影先輩」
「あら、零斗くん。どうしてここに?」
「先輩と同じ理由です」
先輩の手にも、ブックカバーに包まれた文庫本の大きさの本がある。
「そう」
あまり興味なさげに、すぐに目を本に落とす先輩。
俺も向かいの席に座って、バックからラノベを取り出す。
「零斗くんの読む本は相変わらずね」
気が付くと、先輩が俺の本に視線を向けていた。俺の持つラノベは基本的に透明なブックカバーを付けているから、タイトルとか表紙は一目でわかる。
「先輩はこういう本はあまり好まないですか?」
「人の好き嫌いに口を出すつもりはないわね。でも、そういう本を読んでいる人たちの中で、色々な場面で騒ぎ立てる人たちは好きではないわ」
「それについては同意します」
「あなたがそれを言うの?」
「確かに俺もオタクですけど、最近増えつつある、自制を忘れた人たちはあまり好きではないですね」
楽しむことについてはいいことだと思う。けれどもそれが過ぎて、人に迷惑をかけるような、一線を超えてしまった人たちはどうしても好きにはなれない。
「そういうあなたも、たまにうるさくなることがあるでしょう?」
「えっ?」
「たまにブツブツ何かを呟いてたり、大きな声を上げたりしているのは、誰だったかしら?」
「……ごもっともです」
ゲームをプレイしてて、考え事がそのまま口から出てたり、いいことがあった時につい声を上げてしまうことがある。しかもそれは大抵無自覚に出るもので、指摘されて気づくことがほとんど。部活の時もそれをやって、毎度毎度三人に怒られてる。
「もっと私に相応しい執事になるために、自制と穏やかさを身に付けるために精進しなさい」
「それは御免です」
今の召使い扱いが今後も続くなんて勘弁願いたい。それを自ら求めるなんて絶対にありえないし、そうなったら生きてられない。誰かの奴隷なんてまっぴらごめんだ。
それを脱却すべく今努力しているのだし、その可能性を見出しつつあるのだから、そのお願いは余計に聞けない。
「……そう」
それを最後に、先輩は再び本に目を戻す。話は終わったということのようだ。
先輩に倣って、俺も本に目を戻す。久しぶりのまとまった時間、先輩のことを知るための会話もいいが、普通に本の内容に没頭したい。
「武蔵坊弁慶に牛若丸って……。今度は戦国武将じゃないのか」
今読んでいるVRMMORPGを題材にしたラノベには、作中の重要人物のゲーム名に戦国武将の名前が使われている。だが今回、その法則が初めて崩された。しかもパッと読んだところ、ラスボスクラスには重要人物そうだ。
「その二人がどうかしたの?」
「うわっ⁉︎」
突然隣から顔を覗かせてくる先輩。いつの間にか隣にいるし顔も近かった。
「そんな声を上げなくてもいいじゃない」
「す、すみません……」
図書館では静かに、コレ基本。俺の声に顔を上げた周囲の人たちに頭を下げつつ、先輩との話に戻る。
「それで、武蔵坊弁慶と牛若丸がどうしたのかしら?」
「いや、単にこのラノベに出てきたってだけですよ」
「そういうこと。……小説の中とはいえ、彼らの名前を名乗るとは、恐れ知らずな人たちね。彼らとは違い、何かを成し遂げたわけでもないのに」
なんだかちょっと声のトーンが怖い。……そうだった、この人は大の日本史好きで歴史的偉人たちを尊敬すらしているんだった。
先輩の言い分は理解できるけれど、少し狭量な意見でもある。そう思った時、口が勝手に動いていた。
「……名前が残っているのは何かを成し遂げたからであって、何かを成し遂げたからその名前になったわけではないじゃないでしょう」
「……どういうこと?」
その指摘に対する先輩の声はかなり低い。怒っているとは違うけれども、理解しかねると言った感じだ。これではもう後には引けないだろう、そのまま思った事を続ける。
「何かを成し遂げたから歴史に名が残る。それにあやかって、何かを成し遂げたいからあえてその名を名乗るのではないかって思ったんですよ」
どんな偉人達も、後世に名前を残すために何かをしていたわけではないだろう。いや、後世のことなんて、本当はどうでもよかったのではないだろうか。
その時代に名を成さしめる、その時を必死に生きていこうとしただけなのかもしれない。
けれどもそんな強い意志があったからこそ、何かを成すことができたのではないか。
そういう歴史に生きた人たちの意志を倣い、学ぶからこそ、その名を口にして自信を鼓舞しているのではないだろうか。
「……先輩?」
一通り自分の考えを言い終わった時、さっきまでと違って先輩の眼は見開かれていて、驚いたような表情に変わっていた。
「……そういう見方も、できるのかもしれないわね」
バツが悪そうにしている先輩。流石にフォローしないとダメか。
「先輩の考えも間違っているとは思わないですけどね。かつて生きた人たちからしたら、こうやってもてはやされるのは不本意なことなのかもしれませんね」
「…………」
「先輩?」
「いえ、何でもないわ……。今日はもう帰るから」
「そうですか、お疲れ様でした」
颯爽と荷物をまとめて出ていってしまった先輩。
「……って、結局何もわからなかったし」
あの秘密多き先輩の雰囲気に呑まれてしまった。
(……まだまだ調査が必要そうだな)
調査はまだ始まったばかり。これからもじっくりやって行く必要がありそうだ。
「……零斗くんは本当、天然で朴念仁ね」
ミステリアス涼子先輩でした。
本当この人に関しては、謎です。そんな謎が融けていく日は来るのか?
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