第四話「照川陽里」
そうして、俺の俺による俺のための『文化部の三大美女』についての調査が始まった。
(……でも改めて考えてみると、あの三人のことはほとんど何にも知らないな)
部活が発足して早一か月、召使い扱いの日々を過ごしてはいても、彼女たちと普通に言葉を交わす時間はそう多くなかった。
(単純に部活の仲間としても、それはまずいよな)
きっと彼女たちは俺のことを部活の仲間だとは思ってはいないだろう。むしろ下僕くらいにしか思ってないだろうな。けれども俺から見たら部活の仲間。その仲間たちのことを知るという意味においても、この行動は必要不可欠だ。
(でも、やってることはストーカーと変わらないよな……)
ああでも言って自分を鼓舞しなければ、罪悪感で圧し潰されてしまいそうだった。
「さて、一人目は一番やりやすい照川からだな」
学年が同じであることから、追跡しやすいと踏んで最初のターゲットを照川にした。同じ階にいるし、照川はそもそも目立つから調べやすいと思ったのだ。
そうしてバレないように彼女のことを追跡し続けてみて、分かったことがある。
(……やっぱり、カースト最上位だよなぁ)
部活以外での学校生活において、行動を共にしている彼女の友達らしき女子たち。照川ほどではなくても、10人中10人が可愛いと言うであろう人たちと常に一緒にいる。
彼女たちはいわゆる、学園カースト最上位。そのカーストにも入ることができない、陰キャ眼鏡オタクの俺のような人間は、決して関わることのない部類の女子たちだ。
まぁそもそも、興味なんてこれっぽっちもないんだけど。
休み時間や昼食の時間はもちろん、放課後もたまに一緒に出かけているらしい。
(そんな照川が、なんで……)
「何してんの、零斗?」
「うわぁ⁉︎ ……って、ゆ、夢か」
「なに驚いてるのさ?」
「そりゃ、考え事の真っ最中にいきなり後ろから話しかけられたら、誰だって驚くっての……」
「だからって、そんなに驚くことないでしょうに……。それで、なにしてたの?」
「何かしてたってわけじゃないよ。前の集団を抜けないからゆっくり歩いてただけ」
「あ〜、相変わらずだね」
夢のいう通り、照川を含めた集団は大体いつもあんな感じで一緒に行動している。他の人たちからしたら既に見慣れた光景。なんなら、すれ違う人は端に避けて彼女たちに道を譲るまである。
そんな彼女と同じ部活に所属しているというのは、今考えても奇妙だなと思う。最もそれは、照川以外の二人も同じだけれど。
*
「……まだ照川一人だけか?」
放課後に部室を訪れると、いつもの席で読書している照川が一人だけだった。
「そうだけど、それが?」
「いや、別に」
そのうち二人も来るだろうと思いながら、床を掃除するために箒を手にしたとき、
『『ピロンッ』』
二人分のスマホが通知音を出す。お互い見合って首を傾げながら、それぞれのスマホを取り出して、メッセージを確認する。
「月影先輩からだ。……用事があるから休み?」
『『ピロンッ』』
「今度は星井さんから? ……って、星井さんも用事で欠席?」
スマホから顔を上げて、再度お互いの顔を見合う。今度はお互い困惑と驚嘆の表情を浮かべている。
「……ってことは、今日は」
「零斗と二人ってこと?」
それだけを言って、彼女はすぐに目を逸らしてしまう。
「まぁ、用事があるなら仕方がないか」
「……そうね。それに、あんたと一緒だからって何かあるわけでもないけど」
「……ま、そうだな」
けれども、そんな照川の言葉とか表情だとかは一切頭になかった。
(……チャンス!)
頭に浮かんでいたのは、こんな又とないチャンスが巡ってきたということただ一点。まさかこんなタイミングで二人きりになれるなんて思ってもいなかった。照川のことを調べるのに、こんな機会は二度とないだろう。
「なにボーッと突っ立ってるの? 早く掃除して! あんたは私の道具なんだから、私の思い描く通りに動きなさい!」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「……はい」
彼女のことを聞いていくうえで、機嫌を損ねるのが一番まずい。もちろん道具扱い、手足扱いはゴメンだが、ひとまずは言われた通りに動いておくことにする。
(……でも、なにから聞いていけばいいんだ?)
いきなり『写真の落とし物をしていないか?』なんて聞いても多分正直に答えてはくれないだろう。
だから別の切り口から、ちょっとずつ彼女のことを切り崩していく必要がある。
(……そうだ。アレからいこう)
ちょうど一つ、聞きたいことがあったんだ。
「なぁ、一ついいか?」
「……なに?」
「照川って、なんでうちの部活にいるんだ?」
「……は?」
段々と彼女の顔が不機嫌に変わっていくのが分かる。けれどもこちらもそれに怯むつもりはない。
「正確には、なんで西洋文化研究部にいたんだって意味で」
普段の生活の中で関わっている彼女の友人は、誰一人この部活にいない。さらに言えば、その半数は部活に所属していない帰宅部だ。
学園カースト最上位で、俗な言い方をすれば陽キャな照川が、なんでこんな地味な部活に入っているのか。彼女のことを今日一日中つけ回してみてすごい疑問に思ったのだ。
今にしても、部員の半数がいない時点で帰るかその友達を誘ってどこかに遊びに行くかしてもいいと思う。けれどもそんな素振りは一切見せない。
だからこそ、照川の真意がよく分からない。彼女のことを知るという意味でも、一度聞いてみたいと思ったのだ。
「答える義務、ないでしょ?」
「それはまぁそうだけど。少しは部員の事を知りたいって思うのは必然だろ?」
「……別に。ここが心休まる場所ってだけ」
「はぁ? 心が休まる?」
それじゃあ普段あんな楽しそうにしているのが、まるで嘘みたいな言いようじゃないか。
「どうでもいいでしょ! そんなことよりも、紅茶淹れて!」
怒ってそっぽを向いてしまう。気にはなるが、これ以上は答えてくれなそうだ。
(……あんまり触れちゃいけない部分だったか?)
怒らせるつもりはなかったのだが。あんな返答が返ってくるなんて思いもしなかった。
これ以上機嫌を損ねないためにも、彼女の要求通り、紅茶を淹れてから、一旦自分のやりたいことに着手することのした。
モニターとゲーム機の電源を入れる。部室に普段から備え付けている、私物のゲーム機。たまに女子たち三人も一緒に遊んでいることがあるから、彼女たちも置いておく事については賛同している。
元サブカルチャー研究部とは言っても、俺自身はゲームエンジョイ勢である。eSportsに出るようなプロゲーマーになろうとは思ってはいない。あくまでも、楽しさ第一主義だ。だから広く浅く、色々なゲームを触っている。残念なのは、オンラインを敷く環境がここにはないから、スマホゲーム以外はここではオフラインでできるもののみになってしまうことくらい。
音を出さないために、ヘッドホンを装着してゲームの世界に飛び込む。
「ちょっと!」
「……なに?」
しばらく集中していたら、いつの間にか目の前に照川が仁王立ちしている。ヘッドホンを外して要件を尋ねる。
「かちゃかちゃうるさい。こっちは読書中!」
そう言って、ゲーム機のコントローラーを取り上げてくる照川。どうやら操作音がお気に召さなかったらしい。
「はいはい」
そもそも学園カースト最上位な彼女的には、俺のようなオタクやオタクコンテンツは好むところではないのだろう。仕方なくゲーム機でのゲームはいったん終了にする。音ゲー以外のスマホゲーなら怒られる心配もないだろう。
早速ポケットからスマホを取り出して、目に留まったゲームを開く。
「ちょっと久しぶりだな……。ピックアップは……ナポレオン?」
「ナポレオン⁉︎」
「⁉︎」
椅子から飛び上がる照川。……あぁ、そうだ。そういえば照川は。
「っ、な、なんでもない!」
すぐに椅子に座って本に目を向ける。だったら、ちょっとくらい悪戯を仕掛けてやろう。
「なるほど、今回は西洋系の偉人がピックアップか〜」
「……」
顔を赤くしながら頬を膨らましている。なんとわかりやすいことか。
「で、ナポレオンがその最上位だと」
「……ぐむむむむ……」
顔の赤さはそのままに、こっちを睨んできている。ちょっと楽しくなってきた。
「ステータスはなかなか……。それでもってスキル名が、『我輩の辞書に不可能という文字はない』か。最もらしいな」
「バカじゃないの?」
また椅子から飛び上がっている照川。しかしてその顔は、先ほどまでとは違い怒りに満ち溢れている。
「何のゲームかは知らないけど、不勉強この上ないわね、あんたも含めて」
「はぁ?」
なんでそれが不勉強になるのか。ナポレオンの名言としては、最たる例ではないのか?
「そもそもナポレオンがそのセリフを一字一句、そのままに言ったという確たる証拠はないの。別の言葉が変化して伝わったという説が最も有力ね。その中で一番有力なのは、『不可能という言葉はフランス語にはない』。彼が戦いを控える将兵の前でそうやって鼓舞したという話があるの。それ以外にも……」
語りが止まらない照川。
そう、彼女は大の西洋史好きで、特にナポレオンのことを信奉している。だからナポレオンのことになると、オタク特有の早口で語りだす。
「最も、それはどんな歴史上の人物においても似たようなものだけれど。現代とは違って録画機器も録音機器もないのだから、仕方がないことなんだけれどね」
「…………」
「……って、私は何でこんなことをあんたなんかに語ってるの⁉」
「いろいろと教えてくれて、ありがとう」
さっき言ってたことはともかく、彼女がナポレオンのことが、西洋史が大好きだということはよく分かった。
「ふんっ! ……零斗のバカ」
THE☆ツンデレな陽里でした。
オタク特有の早口スキルを持つ陽里の動向に注目してください!
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