第三話「落とし物は盗撮写真⁉」
「疲れた……」
成瀬先生が俺たちを呼び出した理由は、先生が担当している古典の準備室の整理整頓を任されてしまったためだった。
あの超絶面倒臭がりな先生がどうしてそんなことになってしまったかというと。
「くじ引きさせられた……」
すっごい嫌そうな目をしながらそう答えていた。
そのお手伝いで呼ばれたはいいものの、やはり二人では人数不足で空が暗くなる時間までかかってしまった。
「流石に全員帰ってるよな……」
下校時間はとうに迎えていて、戻ってきた部室の電気は消されている。
電気をつけた部室に、当然三人の姿はない。
「あっ、でも紅茶カップは洗ってある」
普段は俺が片付けまですべてを行っている。最も、自分たちで使ったものなのだから、自分で洗うのが当然と言えば当然なのだけれど。そしてこれも当然のように、俺が使っていた紅茶カップとティーポットなどはそのまま。
「早く片付けて俺も帰ろう」
家の事情から、あまり遅くなるわけにはいかない。すぐにカップとポットを洗って、布巾で水気を拭って棚にしまう。
「……ん?」
気づいたのは、バックを手にした時だった。床に小さな白い紙のようなものが落ちている。
「なんだこれ?」
拾い上げて検める。生徒手帳には冷めるくらいの小さな紙。しかし硬さは普通のプリント用紙以上厚紙未満といった感じ。さっき部室を掃除したときには、こんな紙は落ちていなかったはず。
「誰かが忘れていったのかな?」
そうして裏側を見るべくひっくり返す。
「…………え?」
見間違いだと思って、指で目を擦る。
再び紙に目を凝らす。けれどもそれが一体何なのか、頭が理解しようとしない。
「ええええええええええええっ⁉」
誰もいない部室に響き渡る声。
それは三度目にして、ようやく現実を受け入れた俺の声から漏れた叫び声だった。
*
「こんな朝早くから呼び出してなんなのさ。しかも教室じゃなくて零斗の部室だなんてさ……。ふわあぁ」
大きなあくびをしながら、与一が文句を垂れる。
「今日の昼食は奢るから、それで勘弁してくれ」
「えっ、いいの? ラッキー! なに頼もっかな~」
「……ちゃんと俺の相談に乗ってくれたらな」
「分かってるって。それでどうしたのさ。あっ、もしかして僕を文化探究部に入れてくれるとか?」
「俺が相談するって言ってるのに、なんでそうなるんだよ……」
相変わらずな奴だ。そうでなくとも、与一以外にも入部希望者ならたくさんいるのだ。
そもそも四月に照川と月影先輩を擁することになった時点で、うちの部活の存在は全学年に過たず広まった。
その結果、それまでには考えられないくらいの入部希望者が殺到した。新入生はもちろん、二・三年生の男子が大挙して部室に突撃してきた。
その途方もない数に困った挙句、顧問になりたての成瀬先生が意見を出して、彼女たちが作ったテストに全問正解出来たら入部できるという条件で試験が行われた。
しかしその試験の難易度があまりにも鬼畜すぎて、満点はおろかマトモに正解出来た人がほとんどいないという結果になってしまった。その頃から仲が悪かった照川と月影先輩が、その時だけ揃って悪い顔をして試験作りに勤しんでいたのだから、それも仕方ないのだけど。
ちなみに俺も問題を見てみたが、全くさっぱり訳が分からなかったということはここだけの秘密。
その中で唯一、戦史に関わるものをパーフェクトで解いた星井さんだけが唯一入部を認められたというわけだ。そうして出来上がったのが現在の文化探究部と『文化部の三大美女』というわけだ。
そしてその中で唯一試験を受けることなく部員となった俺は、誰の目にも触れることなく存在を忘れられた挙句に、その部長に成り上がったというわけだ。ただし、部内で一番立場が低い部長ではあるものの。
「そもそも文化探究に興味なんてないだろ?」
「うん、まったく興味ないよ」
「コイツ……」
まぁこれがいつも通りの与一ではあるが。
「それで、相談ってなんなのさ」
「とりあえず、これを見て欲しい」
昨日この場所で拾った紙―――写真を与一に見せる。
「うわっ、なにこれ⁉ ……これって零斗、だよね?」
「……多分」
そう、昨晩この場所で拾った小さな紙、もとい一枚の写真は、俺のことを映した盗撮写真だったのだ。
なぜそんなものがここにあったのか、そもそもなんで俺のことを盗撮なんてしたのか。昨日の帰宅後、自室でこの写真とにらめっこしながら考えたものの、結局何一つわかることはなかった。
だから仕方なく与一に相談を頼んだのだが……。
「これって零斗の振り返り写真だよね。良く撮れてるな~。本物の零斗はザ・普通な顔だけど、これで見るとなかなかどうしてカッコよく見えるね。振り返り美人図ならぬ、見返り零斗図かな? ……なんかあんまりいい語呂じゃないね」
「相談する相手、間違えたか……」
さっきから写真を見ては腹を抱えて笑っているだけだった。
「それで、この写真が一体どうしたんだい?」
「いや、だってさ……」
正直この写真を見たときは、とうとうプライバシーもなくなったのかと思ってしまった。何せ犯人候補が、
「この部室に放置されてたってことは、やっぱり犯人はあの三人の誰かだと思ってるのかな?」
「……そうだと思う」
俺のことを召使い扱いするあの三人だから。
昨日部室に来てすぐに掃除をした。その時にこんな写真は落ちていなかった。その後に成瀬先生に呼び出されて部室を出て、戻ってきたときにこの写真を拾った。
状況証拠を見て、この写真を落としたのはあの三人の誰かということになる。
彼女たちがわざわざ俺なんかの写真を撮る理由、それは俺の弱みを握るため以外に考えられない。
背景を見れば分かるが、少なくともこの写真はこの部室で撮られたものではない。つまり彼女たちが何らかの意図をもって俺の後をつけて、撮影したということになる。
きっとこの写真はその中の失敗作の一つで、いざという時に備えて本命の写真があるに違いない。
俺が見たら卒倒してしまうような、流出を促されたら土下座して忠誠を誓ってしまいかねない一枚を握っているに違いない。……そんなのどうすりゃいいんだよマジで。
「零斗って、時々馬鹿になるよね~」
「は……?」
「深読みのし過ぎ、考えすぎだって僕は思うな」
「深読み……?」
「そう。もっと単純で分かりやすいって思うよ」
「ちょ、ちょっと待った」
いったいどういう理由でこの写真を撮ったのか、与一には分かるのか?
「分かるも何も、簡単だよ。多分僕じゃなくても分かるって思うけどな」
「もったいぶらないで教えてくれよ、どういうことなのか」
「それはだね、きっと零斗に気があるんだよ。端的に言えば、零斗のことが好きだってこと」
「…………ほへ?」
我ながら素っ頓狂な声を上げてしまった。
いや、それも仕方がない。与一の口から出た言葉は青天の霹靂、考えることさえもないことだったから。
「いや、いやいやいやいや! ありえないだろ、『文化部の三大美女』の誰かが、俺のことを、す、好き、だなんて⁉」
だってあの美女三人だぞ? その気になればイケメンを選り取り見取りできるあの三人が、俺のことを好きになる理由なんてなければ、俺が好かれる理由もないだろ?
「……分かってはいたけど、零斗ってやっぱり鈍感野郎だよね~」
「誰が鈍感野郎か」
「いいかい、零斗?」
ため息をつきながら俺への説明を始める名(迷)探偵与一。
「まずこの写真だけど、見ただけで零斗って分かるくらいに精巧に撮られているよね?」
「……あぁ、確かに」
「もしこれが失敗作なら、こんな精巧な写真に仕上がると思う?」
「つまり、この写真も狙って撮ったものだと?」
「その通り。この小ささでも零斗って分かるんだからね。そして何よりも、この小ささに一番の重要なポイントがあるのさ」
「ポイント?」
「それはこの小ささ、僕らの生徒手帳に入れられるくらいの小ささに現像されてるってところだよ」
「?」
「今のご時世、写真は全てスマホで管理する時代だよ? わざわざ現像なんてしないでしょ」
「……あっ!」
「スマホに入れておけば充分なものを、わざわざこんな風に現像しているってことは、そうしてでも手元に置いておきたい一枚だからってこと。つまり、撮影者はこの写真がお気に入りで、つまりそこに映ってる零斗を好きだって結論になる。分かった?」
「……マジで?」
「マジマジ」
与一の説明は的を得ていて、何一つ反論する余地がない。でも、それでも信じきれない部分がある。
なぜなら、普段俺のことを道具扱い、執事扱い、犬扱いしてくる三人なんだ。その三人の誰かが、俺のことを、好き、だなんて……。
……。
……もし。もしだ、もし本当にそうだとしたら。
「なぁ与一」
「ん、どうしたの?」
「恋愛って、好きになった方が負けってよく言うよな」
「確かにそういうこともあるけど、なにどうしたの?」
「じゃあ……。ふふ、ふふふふふっ!」
「えっ、なになにっ⁉ 突然不気味な笑い方しないでよ?」
これは利用できる!
好きになった方が負けなら、この写真を撮影した真犯人を見つけることができれば。
俺は今の召使い扱いから脱却できるはず!
「決めたぞ与一! 召使い扱い脱却のためにも、この写真を撮った真犯人を見つけてやる‼」
やってやる、この状況を打破できるチャンスなのだから!
「そこは普通彼女をゲットするためにって言うべきじゃないかな? 零斗って基本ハイスペックなのに、これだから残念なんだよね~」
さぁ、物語が動き始めますよ!
果たして写真を落としていったのは誰なのか?
是非皆さんも考えてみてくださいね〜!
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