第二話「文化探究部の悲しき真実」
文化探究部。
俺が所属するこの部活は、今年に入って新しく新設された部活動だ。ただし新設と言っても、四つあった部活動が統廃合した結果生まれたというもの。
『勉強は大切だ。しかし、生徒が自ら学びたいもの、伸ばしたいものを否定しては教育機関の意味がない』
それがこの高校の校風。勉強をちゃんとしていれば、常識の範囲内でやりたいことをやっていいという大らかな校風の元、非常に多くの部活が存在していた。
しかしそれは今年に入って校長が変わり、ある程度見直しされることとなった。近年広がる脱ゆとりの流れによって、その第一弾として部活の縮小が行われた。他にも予算が足りないだとか、市からの財源が減少したとか、部室が足りないだとか様々な理由が重なり合った結果だと、夢から聞いた。
そしてその部活縮小は文化部系の部活を中心に行われ、俺の所属していたサブカルチャー研究部もその渦中に呑まれることとなった。
サブカルチャー研究部は俺が一年生の頃に、三年生の先輩たち四人と一緒に活動していた部活だった。その名の通り、自分を含めていわゆるオタクな人たちが集まっていた。ゲームをしたり、漫画やアニメを見て共有したりと、ゆるーく活動している部活動だった。ただ活動記録を残すために、毎クールのアニメや気になるゲームなどを紹介する広報誌を毎月作成したり、文化祭で製作を行ったりと、やるべきことはちゃんとやっていた。
そんなサブカルチャー研究部は、今年に入って三年生の先輩たちが卒業して俺一人になってしまった。部活動を存続するためには四人以上の部員が必要であり、かつ部活数縮小の影響で、同じような状況に置かれたほか三つの部活と統廃合することとなった。
その結果出来上がったのが、文化探究部だ。
*
「遅い!」
部室に入るなり、罵倒の一言。
「……ホームルームが長引いたんだよ」
「理由はどうでもいいから、早く掃除と給仕をやって!」
「……はいはい」
「『はい』は一回!」
「……はい」
「全く、これだから……」
なんてブツブツと文句を言っているのは照川陽里。『文化部の三大美女』の一人にして、文化探究部の部員の一員。
彼女は昨年まで西洋文化部に所属していた。俺のいたサブカルチャー研究部と同じように、昨年の三年生だった人たちが卒業したことによって彼女一人となってしまった結果、統廃合の対象になった。
女子高生らしく少し着崩した格好と整えられた髪や顔に加えて、ツンデレなキャラクター性が人気を集めていると与一から聞いた。
けれどもその本質は、
「もうちょっと静かに箒掛けして!」
「ちょっと! ホコリが舞ってる!」
「ここ、まだ汚れてる!」
ことあるごとに文句をつけてきては人を道具扱いしてくる女王様だ。どこがツンデレキャラなのか、俺に言わせればツンデレのツンの部分しか持っていないように思えてならない。なかなかデレの部分を魅せないのがいいんじゃないかなんて与一が言っていたが、
「……この現実を知ったら、絶対もてはやされないだろうに」
「何か言った?」
「いや、なにも」
大抵の男子が幻滅すること間違いなしだ。
「掃除は終わったかしら?」
次に部屋に入ってきたのは月影涼子先輩。『文化部の三大美女』の一人で、『難攻不落の月影城』の異名を持つ、クールな見た目の先輩。
この先輩は元々日本史研究部に所属していて、俺や照川と同じように部員数の問題で同じ部活所属になることとなった。
普段から凛とした孤高の存在であり、その冷やかさが評価大だと与一から聞かされた。
しかしその本性は、
「お疲れ様です、月影先輩。すみません、あと床を履くだけです」
「それなら早く終わらせなさい。雇い主が来るまでに雑務を終わらせておくのが執事たるものの基本でしょう?」
「……はいはい」
「ちゃんと返事をしなさい?」
「……はい、承知いたしました」
と、人を使い勝手の良い執事のようにアレコレ注文をつけてくる女君だ。クーデレのデレの部分がないのに加えて、クールを通り越して絶対零度の氷の女王だ。と言ってもいい。
「……この事実を知ったら、みんな寄り付かないだろうに」
この絶対零度の女王様に惹かれる理由をぜひ聞かせてほしいくらいだ。
「何か言ったかしら?」
「いえ、なにも」
適当に誤魔化しつつ、二人の言うようにとっとと掃除を進める。
「遅くなりました~」
ちょうど掃除が終わったころ、この部活に所属している最後の部員が入室してきた。
今年入学してきた一年生にして、このわずかな時間で既に『文化部の三大美女』に数えられている星井弥美。
彼女は去年まであった戦史研究部に入部志望だったらしい。しかしそれが統廃合して文化探究部となったため、この部活に入部することになった。
まだ中学を卒業したばかりの、幼さが残りつつも現代っ子らしい可愛さが合わさった、守ってあげたくなる感じが男子の中で人気を集めている。けれども同時に、年下の彼女にちょっとヤンデレっぽく束縛してほしいって意見が大半を占めてると与一が熱弁していた。……与一の頭内が少し心配になるな。
それはともかくとして、彼女の正体は、
「掃除は終わってるみたいですね~。それじゃあ早く、私のためにいつもの紅茶を準備してくださいな~」
「……はいはい」
「返事はちゃんと『ワンッ』ってしてください? 先輩は私の犬なんですから~」
「…………」
事あるごとに人を犬扱いしてくる女帝だ。いったい彼女のどこに守りたくなる要素があるのか。それに与一が言っていたように、本当に束縛しようとしてくる彼女を目の当たりにしてる俺からすれば、そういう評価をする連中が心の底からそう思っているのか怪しく思える。
「遅かったわね、一体何をしていたのかしら?」
「え、ちょっと先輩?」
「それには同意。後輩のくせに先輩より遅く来るなんて、どういうこと?」
「照川もなんでそんな……」
二人揃って後輩を責め立てる。この三人、理由は分からないがやたらに仲が悪い。普段からこんな風に、なにかと火種をまき散らす。……この三人、なんでこんなに仲が悪いのか。
「ごめんなさい~。でも、先生に呼ばれてのことなので、仕方がないですよね? それとも、それすら許さないほど、先輩たちは狭量なのですか~?」
「っ、それなら仕方がないわね」
「……なら、さっさと席について」
今回は星井さんの勝ちのようだ。事実を言いつつ二人を皮肉る対応はなかなかのものだ。
「ボーっとしてないで、さっさと紅茶を淹れて!」
「そうね、結構待たされているのだけれど」
「先輩の唯一の取柄ですからね~、早くしてください~?」
「……少々お待ちを」
言われるがまま自前のティーセット一式を準備して、部室に備え付けのミニキッチンでお湯を沸かし始める。
この部屋は元々荷物置き場になっていた部屋を片付けた、比較的狭い部屋だ。そのさらに前は職員用給湯室だったらしく、今使っているミニキッチンはその名残らしい。使えないようになっていたが、頼み込んで再生してもらった。顧問の先生がいないのにも関わらず使えるのは、俺が食品衛生責任者と防火管理・防災管理の資格を持っていて、特別の許可をもらっているから。
なんでそんな資格を持っているかについては……。
「ちょっと、まだ?」
「もうすぐ」
催促の声が聞こえてきたところで、茶葉の広がりに集中する。
紅茶を淹れるにあたって、この時間が一番大事であり、そのタイミングを外してはいけない。
「お待たせしました」
ティーカップに注いだ紅茶を各人の前に置いていく。最後に自分の分を淹れ、口をつけようとしたとき。
『『『『ピロンッ』』』』
四人のスマホが一斉に鳴る。
「……ついてない」
四人同時に鳴ったということは部活動専用のグループチャットへの書き込みあり、その書き込み主は分かりきっている。
「成瀬先生が、お手伝いを求めてるみたいですね~」
星井さんが送られてきたメッセージを要約する。うちのクラス担任の成瀬先生は、我が文化探究部の顧問でもある。
『ここの顧問なら楽できそうだったから』
と言って顧問になったとかなんとか。実際初日に部室に来て以降は一度たりとも顔を見せていない。たまにこうやって、部活動専用のグループチャットで俺たちを呼び出したりする程度だ。
「「「……」」」
三人の視線が一斉に俺に集まる。その意図するところは、俺に行けということ。
「……はいはい、俺が行きますよ」
「当然でしょ」
「だってこの部活の部長は零斗くんなのだからね」
「先生の呼び出しに応じるのは当然ですよね~」
そして、この“文化部の三大美女”に囲まれた俺の立場は、文化探究部の部長ということになっている。
しかし実情は“文化部の三大美女”の召使いも同然だ。部長職も三人が、
「「「面倒そうだから」」」
と、口をそろえた結果の人選であって、本意でもなければ拒否権もなかった。
(なんで俺を召使い扱いするときだけ、三人の息がぴったり合うんだろうな……)
そんな疑問をため息にして吐き出しつつ、成瀬先生の呼び出しに向かった。
誰も知らない文化部の三大美女の素顔。女の子って怖い……。
でもそれを知っているって、実は幸福なことなのかもしれませんね
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