第十九話「偶然の出会い」
「はぁ……」
結局照川との仲違い解消の方法が見つからないまま、土曜日になってしまった。部活はもちろん、学校も休みの日だ。当然、照川との接触なんて不可能。
「まぁ、考えても仕方ないか」
また月曜日からどうするべきか考えよう。それよりも今はやるべきことがある。
「それじゃあ、行ってきます」
「はーい、いってらっしゃい~」
偶然その場にいた涼香さんに送り出される。もうすぐナトラエの開店時間でもあるので、若干ドタバタしている。
そんな自宅を尻目にして外出したのには訳がある。
「今日はこれとこれ、あとこっちもか。特典は……」
改めてスマホで今日の目的を確認。それを達成するためのルートを脳内で組み上げて、自転車に跨る。
「よしっ、行くぞ!」
軽快にスタートする。
今日の目的はたった一つ。ここ数日の間に発売されたラノベたちを入手することだ。
平日はもちろん学校があって部活もある。さらには家の家事、場合によってはナトラエの手伝いもあるから、自分の時間なんて無いに等しい。
それに対して土日はまとまって自分の時間を取れるまたとない機会である。もちろん土日にも家事やナトラエの手伝いもあるけれど、学校がない分取れる時間は多い。
だから家事をさっさと済ませてから家を出てきた。ナトラエには明日出ればいいと両親にも言われた。
ちなみにそれに対して一番文句をつけてきそうな絢華は、土曜日はズボラになることがほとんどで昼近くまで寝ている。だからそれまでに家を出てしまえば、文句のつけようが無い。まぁ帰ってきてからごちゃごちゃうるさいだろうけど。
それはともかく、今日は俺にとって待ちに待った日だ。家のことはもちろん、照川のことも一旦忘れて自由で楽しい時間を謳歌したい。
「ふんふんふふ〜」
柄にもなく鼻歌なんて歌ってしまう。それほどに気分が晴れやかなのが自分でもわかる。最近は頭を抱えることばかりだったのだから、これくらいは許して欲しい。
そうして30分の道のりを漕ぎ続けて、ようやく目的地のあるターミナル駅に到着する。
「さて、始めますか」
駅の西から東まで、色々な場所に目的の店舗が配置されている。一秒たりとも無駄にはできない。
「まずはここから」
今日回る必要がある店舗は合計四つ。一店舗目で買う予定のラノベは二冊。その他色々と新作のグッズやら把握しきれていないラノベ・漫画の確認だ。一番目の店だからこそ、一番時間を使う。
「へぇ、こんなグッズ出てたのか」
「あ、やべっ。予約始まってる」
「これは……悩むな……」
購入するグッズの取捨選択、予約の有無、色々な情報を仕入れていく。これが来月、再来月に影響してくるのだ。家事とナトラエの仕事をしている分のバイト代的なものは入ってきているが、それでも何でもかんでも買えるわけじゃないから、特に慎重になる。
「……こんなものかな」
買うラノベは決まっていたから、あとは情報収取のみ。大体30分くらいで片が付く。
(会計して次に行こう)
まだまだ先は長い。為すべきことが終わったら早めに撤退するに限る。
グッズ置き場の合間を通り抜けてレジへと向かう。
(そういえばこの辺に並んでるのって……)
照川が好きだと言ってた、例のゲームのものばかりだ。
女性人気が高いこのゲームのグッズ展開は広く、コーナーも大きく取られている。そしてその空間にも、何人かの女性が……。
「えっ……?」
「ん?」
なんか声が聞こえてくる。その方を向くと、一人の女子がいた。立ち尽くして俺を見つめている。
「……は?」
次の瞬間、思考も身体もフリーズする。
そう、その場所に居る何人かの人たちに混ざって、よく見知った女の子がそのコーナーで大量のグッズを抱えていたのだから。
この間見た時の服装とは正反対、大きめの眼鏡をかけて帽子をかぶっていて、服も目立たない組み合わせ。一言でいえば、地味。普段の様子からは全く考えられない容姿。そのせいで最初は誰だかわからなかった。
「なっ、なっ、なっ……⁉」
見る見るうちに顔が真っ赤になっていく。開いた口がふさがらず、言葉を紡ぎだせないと言った感じだ。最もそれは俺も同じなのだが。
「っ!」
急に立ち上がって、その場から立ち去ろうとする照川。だがその拍子に棚にぶつかって、手に持っていたものを含め地面にっグッズが転がり落ちてしまう。
「~~~!」
「何やってんだよ……」
ぶつかった箇所を抑えて動けない照川の代わりに、散乱したものを拾い集める。
「はい、これ」
最後に彼女が手にしていたものを渡す。
「……ありがと」
気まずそうにそれらを受け取る照川。
「…………」
「…………」
お互い気まずい雰囲気が流れる。簡単にはあの空気は壊せない。
「……なんであんたはここにいるの?」
先に口を開いたのは照川の方だった。
「……俺はコレ」
彼女の想いを無碍にしないためにも、返事を返す。
「それって、ラノベ?」
「あぁ」
「そんなにたくさん?」
「これでもまだ一部なんだけどな……」
この間俺にかなりの数の本を押し付けてきたということを思えば、5冊程度でたくさんと言われるのは心外だ。
「一部?」
「ここで買うのはこれだけ。他にもいくつか回らないといけないの」
特典を集めるために。
「他にはどこに行くの?」
「あとは……」
スマホをポケットからとりだして、予定表を彼女に見せる。
「だったら丁度いいわ。なら私にも付き合いなさい!」
「……は?」
「ほらっ、早く行くよっ!」
「ちょ、ちょっと待てって! まだ会計が……」
「あっ、私もだ。ならまず会計して、そしたら次に行くよっ!」
「ちょっ!?」
急に元気になりだした照川が、まるで女の子とは思えないような力で俺を引っ張っていく。そんな彼女に全く抵抗できない俺。
(急になんなんだ?)
……これだから女の子って人種は分からないんだ。
*
「は~、楽しかった」
満足げな照川。何店舗も回って、気が済むまで商品を見続けたのだから。
「…………」
「ちょっと零斗、遅い!」
「……こんだけ荷物持ってるんだから、仕方ないだろ!」
そして彼女が購入したすべての荷物は、今俺の手元にある。もちろん俺が自分で買ったラノベたちもいるから、荷物の重さは言うまでもない。
というかその身を見ればぬいぐるみやらクッションやら、やたらとでかいものまで買っているし。金額を合計すれば俺よりもはるかに使っている。一体この財源はどこから出ているんだろうか?
「はぁ……」
ため息は尽きない。
「何でため息なんてついてるの」
「そりゃね……」
本来行く予定がない場所まで行かされるし。荷物持ちはさせられるし。そのせいでラノベを読む時間は少しずつ削られていくし。スマホを見れば帰って来いという催促の連絡は尽きないし(これは完全に無視してるからいいけど)。
「私みたいな可愛い女の子と一緒に、オタク趣味全開の店をハシゴできるんだから、泣いて喜ぶところだって思うんだけど?」
「実質召使い扱いされてるってのに、喜べるかよ……」
熱心な照川狂信者でもない限りは。少なくとも俺はそうではない。
「…………」
そんな俺の言葉を聞いた照川が急に振り替えってきて、俺の顔をじっと見つめてくる。
「なっ、何だよ……」
その可愛さは通りすがる男子が一瞥するくらいのものだ。そんな容姿の彼女に見つめられたら、ドギマギするのも仕方ない。
「……はぁ、分かった。じゃあついてきて」
「は……?」
「いいから、ついてくる」
そのまま再び歩き出す照川。
(何なんだマジで)
さっきまで気まずい空気が流れてたっていうのに、唐突に自分の買い物につき合わせる。そう思えばいきなりこちらの顔色を窺ってくる。
本当に、一体何を考えているんだ?
そんな答えの出ない思考が頭の中を巡る。
「何してるの! 早く来る‼」
(……考えても仕方ない、とにかくついていこう)
無視するわけにもいかず、そのままついていくことになるのだった。