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第一話「海野零斗はお人好し?」

「これ、四人の分のノート」



 談笑中のクラスメイトの女子四人組に、ノートを手渡すために近づく。



「ありがと、そこに置いておいて~。それでそれで、……」



 話を邪魔されたくないのか、適当にあしらってすぐに会話の世界に戻っていく。



 別にそれ以上の用事はないので、言われた通りにノートを指定された場所において、その場を後にする。



「ふぅ……。これでようやく終わり」



 最後に自分のノートを手にして、席に戻る。



「お疲れっ、零斗。お勤めご苦労様~」



 一人の男子がこっちにやってきて、空いていた前の席に腰かける。



 彼は去年、今年と同じクラスの山口与一(やまぐちよいち)。少し小柄だが、中性的な見た目とハスキーボイスを持っていて、一部の女子からはかなりの人気を集めている。実際去年の文化祭で行われた人気投票では、三位以内の入選はしなかったもの、最終選考にノミネートされるほどだ。



 そんな人気を持つ与一と、見た目普通で、なおかつ陰キャ眼鏡でオタクな俺がどうして友達になれたかについてはちゃんとした理由がある。



「お勤めってなんだよ……、与一」



「お勤めはお勤めだよ。零斗が誰かにお願いされてそれを受ける、毎日恒例の出来事じゃん。『海野零斗の一日一善』だよ」



「ちょっと待った。なんだその、一日一善って」



「えっ、知らないの?『海野零斗の一日一善』って、結構有名なことだけどな。零斗の自己犠牲精神をみんなも見習おうってね」



「自己犠牲って……」



 別にそんなつもりで頼まれごとを引き受けているんじゃないんだが……。



「今日は偶然、職員室の前を通ったら成瀬先生に頼まれたんだよ」



 食堂からの帰り道に職員室の前を通ったら、クラス担任の成瀬林檎(なるせりんご)先生に出会った。ちょうど職員室から出てきたところだった成瀬先生は俺の姿を見るなり、



「これ、クラス全員分のノート。みんなに返しといてね~」



 とだけ言って、再び職員室に引っ込んでしまったのだ。



 仕方がなく渡されたノートのタワーを教室まで運んで、一つ一つ配りまわっていたというわけだ。



「確かにあの人、基本的に面倒臭がりだからね~」



 与一の言う通り、成瀬先生は超が付くほどの面倒臭がりで、生徒の前でも平気で働くよりも寝ていたいと公言してしまう人だ。でも、なんだかんだ生徒の人気は高い。



「話を戻すけどさ、実際零斗って頼みごとを断らないじゃん。昨日も一昨日も、誰かの頼みごとを引き受けてたし。断ってるところを見たことないよ」



「まぁ……そうだけど」



「ぶっちゃけ『海野零斗の一日一善』っていうのも、あんまりいい意味で使われてるわけじゃないんだよね。この言葉を使う人たちは、『零斗に頼みごとをすれば、断られない』って意味で使う人もいるんだよ。零斗はお人好しすぎるって思うな」



「お人好しではないつもりなんだけどな……」



 けれども、与一の言うことも理解はできる。



「何か理由でもあるの?」



「……特に理由というものはないけど、断った時にされる露骨ながっかり顔というか、雰囲気が苦手なんだよ。断るべき時、断るべきものはちゃんと断ってるよ」



 キャトルミューティレーションされかねない内容だとか、金銭に関わりそうなものは当然断っている。



「れーいーとっ!」



「ぐぇっ!?」



 知ったやつの声がしたと思ったら、いきなり何かが首に飛びついてくる。こんなことをするやつは、世界中でたった一人。



「離れろよ、夢!」



「えー、いいじゃん~。私も話に混ぜろよ~」



「混ざっていいから、頼むから離れてくれっ!」



 色々な意味で耐えられない。特に背中に当たっている、服越しでもわかる柔らかい双山が一番やばい。



 何とか引き剥がして、隣の席に座らせる。



「なんだよ零斗~、恥ずかしがらなくてもいいじゃん」



「普通は女の子の夢の方が恥ずかしがる方だって思うんだけど……」



 そんな能天気なことを言いながらにししっと笑うのは、天野夢(あまのゆめ)。中学の頃からずっと一緒にいる親友で、口調だけでなく中身も男っぽい女の子。だからか、今みたいに男子の俺に平気で飛びついてくる。



「天野さん、お帰り~」



「とりあえずお疲れ様、夢。お勤めご苦労様」



「ありがと~。れーとっ、よいっち」



 与一と二人で夢の労をねぎらう。



 夢は生徒会麾下の部活動監査委員会なる組織に所属している。活動内容は名前の通り、部費の管理や、活動の監視役を一手に担っている。まさに部の生殺与奪を握っている組織だ。



 そのせいでいろいろな部活動からはあまり良くは思われていない、言わば嫌われ役な委員会だが、夢はその中で役割をきっちり果たしている。最近では、『監査役のエース』なんて呼び名をつけられているらしい。



 そんな活動を貴重なお昼休みにも行っているなんて、働き者な夢には頭が上がらない。



「ウチはいっつも人手不足だから、仕方ないんだよね~」



「嫌われ役を進んでやろうって人は、あんまりいないだろうしね」



「だからさ零斗、零斗もウチに来ない? 今なら私が手取り足取り腰取り教えてあげるからさ~!」



 そう言って今度は腕に抱き着いてくる夢。夢はいい友達だけど、男女であることを忘れたスキンシップが多いのはちょっと困る。俺からすればスキンシップの過剰な大型犬を相手にしている気分だ。



「やらないっての。そもそも俺は、監査される側の人間なんだから」



「え~、いいじゃんか~。監査される側だからこそ見えるものもあるって。それをウチで役立てようぜ!」



「やらない!」



 腕にくっついて離れない夢を再び引き剥がそうとするも、なかなか上手くいかない。



 夢の胸が今度は腕にたっぷりと押し付けられているこの状況を早く何とかしたいのに、ギュっとくっついて離れない。



「相変わらず仲がいいね~。うらやましいな~」



 そんな様子をニヤニヤしながら見ている与一。



「そのニヤニヤ顔をやめろ!」



「酷いな~。いいじゃない、女の子に抱き着かれるとかいう羨ましいことを、笑って眺めてるだけなんだし」



 確かに与一はこの状況を見ても眺めているだけだから良心的だと言える。中には殺人者を思わせるような、恐ろしい嫉妬の目線を送ってくるような人もいるのだから。



 別に夢とはただの親友で、それ以上でもそれ以下でもないというのに。



「っ!」



 与一の言葉で顔を赤くして、すぐさま離れる夢。与一、グッジョブ。



「あら、残念だったね零斗」



「残念じゃない」



「そ、それで! いったいなんの話をしてたの?」



 俺たち二人の言葉を遮るように強引に話題を変える夢。……与一に指摘されて、久しぶりに羞恥心が勝ったのだろうな。



「零斗のお人好しは、女の子の好感度を上げておいてあわよくば彼女をゲットしようっていう理由だって話だよ~」



「与一⁉」



 とんでもないことを口走る与一。さっきほんの少し上がった株を、一瞬で下落させたよコイツ。



「あれっ、違った?」



「違うって!」



そんな邪な気持ちは一切持ってない。



「じゃあ、人にこき使われて興奮しちゃう、ドMな性的嗜好を持ってるとか?」



「ありえないから!」



「だったら……」



「もういいって。とにかく違うから」



 こんなことで彼女がゲットできていれば、彼女いない歴=年齢にはなっていないだろし、与一の言う特殊な性癖も持っていない。



「その話ってことは……。零斗、また何か頼みごとを引き受けたの?」



「そうそう。今回は林檎ちゃんに頼まれて、さっきまでクラス全員分のノートを返却してたよ」



「そういえば私の机にも置いてあった。あれ、やっぱり零斗だったんだ。他の人だったら教卓に置いておくだけで終わりだしね。さっすが零斗、ありがと」



「はいはい、どういたしまして」



 わざわざ教卓に取りに行くのも面倒だろうという配慮をしただけで、そこまで手間というほどでもなかった。



「でも、とにかく今日は運がなかった」



 職員室の前を通るルートを採用していなければこんなことにはならなかっただろう。



「俺にとっての唯一の希望は、画面の中だけだよ……」



 おもむろにポケットから取り出して、ゲームを起動する。



 三次元で求められないものは二次元で求めるに限る。可愛い女の子たちが画面の向こうに居て、俺のことを求めてくれる。やはり現代における癒しとは、二次元の世界にしかない。



「うわっ、出たよ。オタク零斗が」



「うわっ、とか言うな! ちゃんと面白いんだぞ? やってみればわかる」



「いーや、やめとく~」



 首を横に思いきり降る夢。そんなに拒否らなくてもいいのに……。



「そりゃあ、零斗は部活動にすべての運を持っていかれてるからでしょ」



「部活動に?」



 今度は与一が何か言い始める。



「だって零斗は、『文化部の三大美女』と同じ部活じゃん! これ以上の幸運はなかなかないよ! あんな可愛い人たちに囲まれてさ、毎日キャッキャウフフし放題じゃん! ともすればアレでナニな関係にだってなれるかもしれないし! 僕も入ればよかったぁ……‼」



 本気で悔しがる与一。



 そう、見た目純粋無垢で一部の女子に大人気な与一の中身は、ただの色欲まみれな健全(?)男子なのである。きっと一部の信奉者がこのことを知ったら卒倒してしまうだろう。



 最も、その中身があったからこそ与一とは友人になることか出来たのだと思うけれど。



「よいっちは相変わらずだなぁ……。でも、そういえば他の部活動からも猛抗議があったなぁ。なんでうちの部活動と合併してくれなかったんだよってさ。相変わらずの人気だよな~」



 部活監査委員会の夢はもちろんうちの部活にも視察にやってくる。(視察と言ってうちの部に置いてあるゲームをしに来ることも多々あるのだけれど。)夢自体が校内でもそこそこ有名な存在でもあるし、お互い顔なじみのような関係になっているから、夢も彼女たちのことはよく知っている。



「『文化部の三大美女』ねぇ……」



「なに遠い目をしてるのさ、零斗」



「いや……」



 知らぬが仏という言葉があるように、きっと与一には知らせない方がいいだろう。『文化部の三大美女』が所属する、我が文化探究部の真実を……。


おバカなお友達の与一、唯一無二の親友夢の登場です!

二人も積極的に零斗に関わってきますよ!


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